「オレ、マリアが好きなんです」と話してくれたのは、昨年クリスマス頃、10ヶ月間の刑期を終えて山谷に帰って来た頭と顔を含め全身に刺青を入れた40ぐらいの男性であった。
彼は今年になって土曜日の白髭橋の炊き出しにまた顔を出すようになった。
先週土曜日、炊き出しの後、私がMC{マザーテレサの修道会の略}ブラザーの施設に戻ろうと歩いていると、白髭橋の信号の所で彼は警察の職務質問を受けていた。
赤信号に捕まった私は道路越しにその光景を見ていた、何か困ったことになっていたら話しをしに行こうと思ったが、青信号になり、その場に近づくと、二人居た警官も穏やかな表情で「すいません、見た目で引き留めてしまって」と彼に謝っていた。
私は警官二人に会釈をし、彼を向か入れるように彼の肩に手を伸ばし、一緒に歩き出だした。
私は以前彼がMCの前の道路で行きかう人すべてにケンカを売っているのを見たことがあった、それは常軌を逸していた。
だが、今はその気配は彼には見当たらなかった。
彼はアル中だったが、もう酒は止めたことや仕事をどうにか探そうとしていることを話してくれた。
その口調はまだどこかぎこちなく落ち着きがない感じを私に与えたが、彼としては他人と関わることの違和感を必死に超えようとしていたのかも知れない。
彼の眉間には十字架の刺青がある、聖書も好きで若い時から読んでいたと言う、そして、やはりマリア様が好きで両手を広げたマリア様の刺青も身体に入れたらしい。
彼がマリア様が好きなことはブラザーたちも知っていて、一週間前のロザリオの祈りの時には、彼にロザリオをあげようと用意してあることをブラザートーマスは話していたので、私は彼に「ブラザーからロザリオをもらった?」と聞いた。
「いえ、もらっていません。オレ、ロザリオは首にしないんです」
「うん、そうだよね」
「マリアのペンダントみたいのがあったら欲しくて。なかったら作ってもらおうと思っているんです」
「そうか、それは良いね」
私は彼の話しを聞きながら、彼がなぜマリア様を好きなのかを聞こうとはしなかった、それはきっと言葉を超えるものであるに違いないと思えたし、彼の心の深いところにまだ深く介入してはいけないのではないかとも思ったからだ。
しかし何よりマリア様は確実に彼を癒い救っているのだと思った。
比べるものではないことを承知しているが、彼の方が私よりもマリア様を切実に愛しているのではないかと思ったくらいだった。
{つづく}
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