私は愛犬あんを亡くし、未だ哀しみに暮れている。
いつまでこの哀しみが続くのか、いつかこの哀しみが晴れのか、私には到底分からない。
私にとっては人生最大のピンチを過ごしている。
私のこの意味を知る必要があるのだろうと思う。
先週の山谷のことを少し書こう。
炊き出しの二回目のカレーを配っている時だった。
最後の一つになった時、目の前のおじさんを追い抜いて、その後ろにいたおじさんが何食わぬ顔をしてカレーに手を差し伸べた。
カレーを配っていたボランティアは横入りに気づき、一瞬迷っていたが手を差し出したおじさんにカレーを渡した。
私もその一部始終をみていたが、あえて何も言わなかった。
横入りをされ、二個目のカレーをもらえなかったおじさんは何も言わなかった。
私は見て見ぬふりをした罪悪感からか、彼に声を掛けずにはいられず、カレーを食べていた彼のそばに行き、隣に座った。
「ごめんね、横入りされて、カレーもらえなくて・・・」
彼は何も言わなかった。
嫌悪を見せるでもなく、愚痴や嫌味を何も言わず、ただカレーを食べていた。
台風で大変だったかを聞くと、普通に答えてくれた。
彼と少し会話をして、その場を離れた。
カレーの列に並ぶすべての者は空腹を知っている。
横入りすることが悪いことだと誰もが知っている。
時にそれがとても危険なことになることさえあることを知っている。
カレーを最後にもらう人が、もらえなかった人の空腹のため息を一番感じる。
それは天国と地獄の境かのようにすら思える。
彼は自ら主張すれば、カレーはもらえた。
だが、それをしなかった。
悪いことをした人に譲った。
そして、そのことに愚痴をこぼしたりはしなかった。
私は内心彼を「すごいな、すごいな」と眺めた。
山谷の帰り道、おじさんが私に声を掛けてきてくれた。
私は彼が持っていたカレーを見て、「暑いから、なるべく早く食べてね」と言った。
彼は「がんになったよ。大腸がんにさ。ステージ4だった」と苦笑いを見せながら言った。
「いつ診断されたの?」
「二月・・・」
「そうか、半年生きれたんだね」
「うん、半年たったよ」少し笑みを浮かべて言った。
この暑さのなか、30分くらい歩いて、彼はカレーをもらいに来ている。
死の恐怖を乗り越えて来ている。
「すごいな、すごいな・・・」