Eさんは約束通り、100円ショップの時計を買って来てくれた。
時間を合わせてから、彼に渡しくれた。
私はそれを少し離れたところで見ていた。
後で、彼に「時計良かったね」と言うと、彼は小さくうなずいた。
これで彼もEさんもお互いにお互いのことを気にすることだろう。
それが二人にとって、良いものになることを祈り、期待した。
次の週、私は彼に話しかけた。
「時計はちゃんと動いているかな?」
「はい、ありがとうございます。正確に動いています」
「それは良かった」
「はい、どこの炊き出しも遅れたりしていません。まったく違う世界です」
「そうか、それは良かった」
まったく違う世界か、私はその言葉に囚われた。
彼の世界はどの世界からどの世界に変わったのだろうか。
まったくとは、その意味はどう言ったものなのか。
常に炊き出しに遅れるかも知れない不安からの解放があるのか。
落ち着いた足取りで自分のペースで炊き出しに行けるゆとりなのか。
現在、時計を持たない大人は居ないだろう。
しかし、彼は時計を長い間、持っていなかった世界で過ごしてきた。
時計があると言うことは、それだけでまったく違う世界に、彼の場合、なり得るのだろう。
たかが100円ショップの時計ではあるが、彼にとってはかけがえのないものになっているのだろう。
彼が少しでもより良い世界で生きれるように、私は私の心と身体を使いたい、その資格があれるように祈り続ける。