10月26日に仙台地裁は、石巻市の大川小学校津波被害訴訟は、原告勝訴の判決を下した。しかし、石巻市と宮城県は控訴した。
私が、この問題で一番知りたいのは、裁判に訴えた遺族がいた一方、同じ被害にあった51人の遺族は、訴えていないことである。訴えた遺族と訴えなかった遺族にどういう違いがったのか、そこをメディアは報道していない。
今朝の東京新聞「本音のコラム」欄で、看護師の宮子あずさ氏は、「51人の遺族」見だして書いている。
氏は次のように書いている。
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原告勝訴の以後、連日報じられる原告の声は学校側を糾弾し、さらなる原因究明を求めている。
その悲痛な声に胸をいためつつ、同じ現場で子どもを失いながら、訴訟を起こさなかった、児童51人の遺族に気持ちが向いてしまう。
医療現場で働き、変化する状況で判断を迫られる難しさは、常に身に染みている。人間の能力に限界があると、しばし痛感させられる。結果として、学校の責任を強く問うとも思えない。葛藤しつつも、結局は仕方がないと諦めるのではないか。
51人の遺族が訴えないと選ぶまでには、それぞれに複雑な気持ちがあったと推察する。皆が本意の選択ではないかもしれない。いずれにせよ、その人たちの気持ちを聞いてみたいと思う。
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私も、実は、訴えた23人の遺族と訴えなかった51人の遺族に、どのような違いがあったのか、知りたかった。宮子氏のように、その気持ちを公にすることもできなかった。宮子氏の勇気に感謝したい。
私が、この問題で一番知りたいのは、裁判に訴えた遺族がいた一方、同じ被害にあった51人の遺族は、訴えていないことである。訴えた遺族と訴えなかった遺族にどういう違いがったのか、そこをメディアは報道していない。
今朝の東京新聞「本音のコラム」欄で、看護師の宮子あずさ氏は、「51人の遺族」見だして書いている。
氏は次のように書いている。
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原告勝訴の以後、連日報じられる原告の声は学校側を糾弾し、さらなる原因究明を求めている。
その悲痛な声に胸をいためつつ、同じ現場で子どもを失いながら、訴訟を起こさなかった、児童51人の遺族に気持ちが向いてしまう。
医療現場で働き、変化する状況で判断を迫られる難しさは、常に身に染みている。人間の能力に限界があると、しばし痛感させられる。結果として、学校の責任を強く問うとも思えない。葛藤しつつも、結局は仕方がないと諦めるのではないか。
51人の遺族が訴えないと選ぶまでには、それぞれに複雑な気持ちがあったと推察する。皆が本意の選択ではないかもしれない。いずれにせよ、その人たちの気持ちを聞いてみたいと思う。
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私も、実は、訴えた23人の遺族と訴えなかった51人の遺族に、どのような違いがあったのか、知りたかった。宮子氏のように、その気持ちを公にすることもできなかった。宮子氏の勇気に感謝したい。