劇作家・文筆家│佐野語郎(さのごろう)

演劇・オペラ・文学活動に取り組む佐野語郎(さのごろう)の活動紹介

「マリア・カラス 伝説のオペラ座ライブ」を観て(前)

2021年06月30日 | オペラ
「マリア・カラス 伝説のオペラ座ライブ 1958年 絶世の歌姫、絶頂期のパリ・デビュー! リマスター音声 完全版によるスクリーン上映!」

 記録映像は今から63年前のパリ・オペラ座をゆっくりと映し出す。夜の街並みからこぼれ出る明かり、劇場前の石畳は小雨に濡れて光っている。政府関係者が大統領公用車の到着を待っている。モノクロームならではの気品がスクリーンから伝わるとともに、このコンサートがヨーロッパ各国にテレビ中継され100万人が見たという…当時としては画期的なイベントだったにちがいない。
 劇場内にはテレビカメラが何台も置かれていて、「実況放送」のレポートおよび映像が流される。貴賓席から1・2階の聴衆に手を振る大統領。オーケストラが「ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)」のイントロを響かせると、それまでにこやかだった大統領の顔がキリっと引き締まる。当代の俳優・歌手・詩人たちも列席しており、映画女優ブリジット・バルドーの姿が捉えられる。カメラは舞台下手の高い所にも設置されていて、コンサートの準備など幕内の様子も紹介する。

「唯一残る貴重なオペラ上演映像/「トスカ」第二幕を含む、パリ・オペラ座における伝説的なガラ・コンサートのすべて。」
 チラシには、当夜のプログラムの目玉となる演目がクローズアップされている。

 『トスカ』(Tosca)はオペラ史に燦然と輝く歌劇だが、その原作はV.サルドゥの戯曲である。パリで評判をとっていたこの劇がミラノで上演され(1889年)、大女優サラ・ベルナールの演技に感動した作曲家G. プッチーニがオペラ化を思い立ち、その実現に向けてスタートが切られた。しかし、原作をめぐる権利問題などで作曲に取り掛かったのは1896年、さらに、原作者と二人の台本作者(ジャコーザとイッリカ)との共同作業に3年を要し、作品が完成したのは1899年だった。サラ・ベルナールが演じるトスカをプッチーニが観てから10年の歳月が経っていた。
 初演は1900年1月14日、ローマを舞台にした作品だけに同市内のコンスタンツィ劇場で幕を開けた。当時の一流の出演者・総監督による制作に加えて、客席には王妃・首相・多数の名士や作曲家が詰めかけていた。
 時は移り、その初演から58年後、1958(昭和33)年12月19日、絶世の歌姫マリア・カラスがパリ・オペラ座にデビューする。
 58年前の場合は、19世紀を代表する女優サラ・ベルナール主演で評判をとった舞台劇『ラ・トスカ』を売れっ子作曲家のプッチーニが新作オペラとして完成させた。しかも初演だということで、王妃・首相・名士たちがこぞって劇場に詰めかけたのは当然とも言えるが、今回はガラ・コンサート(レジオン・ドヌール勲章受章者祝賀音楽会)とはいえ、一人のオペラ歌手のコンサートのために大統領をはじめ各界のセレブリティが客席を埋めているのだ。絶頂期のマリア・カラスの存在の大きさが偲ばれよう。
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