劇作家・文筆家│佐野語郎(さのごろう)

演劇・オペラ・文学活動に取り組む佐野語郎(さのごろう)の活動紹介

「無」から「有」へ~線と面~①

2008年08月31日 | 創作活動
 2年前(2006年)の初秋、女優の甲斐田裕子と銀座のトリコロールで、コーヒーを飲んでいた。銅版画展のオープニング・イヴェントの打ち合わせだった。『声優の仕事が忙しいようだけど、舞台をやってみる気はない?』と問いかけると、彼女は『朗読ですか?』と聞き返した。『ううん、舞台。一人芝居。死後のオフィーリア。』と返事すると、『面白そう。やってみたい。』と応えた。全ては、そこから始まった。
 その「オープニング・イヴェント」でお手伝いを依頼したのが、甲斐田さんの出身校の後輩、久保田佑だった。久保田さんは、音楽演劇「冥界の三人姉妹」(2005年11月)でオーリガ役を演じていた。「イヴェント」を終えて、佐野・甲斐田・久保田の三人は、小雨の中を小走りに近くのおでん屋へ飛び込んだ。大根やはんぺんを肴に一杯やっていると、久保田がぽつりとつぶやいた。『私も、やりたい…』正直驚いた。周囲のサポートがなければ、とても芝居などやれる状況でないことを知っていたからである。その「状況」をなんとか作り出そうとしている彼女の覚悟を感じて、『…そう、じゃぁ、やろうか』残っていた杯の酒をグッと呑み干した。「一人芝居」から、「本格芝居」へ企画が変わった瞬間だった。いつの日か、海に到達する川の源流。その一滴に、別のもう一滴が加わって、小さな流れを生み出したのである。

*写真は、「オフィーリアのかけら」、うだるような暑さの稽古場。久保田佑さん(左)と甲斐田裕子さん(右)。


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忙中閑あり、浅草。

2008年08月04日 | 創作活動
7月28日(月)
 午前10時から始まった稽古が午後4時に終わった。「第一回・通し稽古」に備えての実寸稽古。広い体育館の床面に、舞台装置に基づく演技エリアが明示され、役者がその空間の中で演技し、演出スタッフはその位置やバランス、演技空間全体を確認する。猛暑であるため、役者たちの顔からは汗が吹き出ていた。
 「全員撤収」となり、仲間たちは日本橋女学館高校玄関前で三々五々と散って行った。私は音楽助監督M君と連れ立って、名だたる厨房道具の商店街「合羽橋」へ向かった。調理道具の鍋や釜を物色するためではなく、「打楽器」の掘り出し物を見つけるためだ。M君は東京藝術大学の学生だが、既製の打楽器はもちろんのこと、金物・木片・石片など、いい音が出ると知ればどんなものでも収集する、その道の練達者なのである。この日は、ステンレス製の円筒を二つ手に入れ、満足げであった。
 さて、合羽橋商店街から浅草は目と鼻の先である。稽古後の爽やかな疲れもあって喉を潤したくなった私は、『浅草の風情に触れてみるかい?』とM君を誘った。純朴な青年は『はい、ぜひ』と応えてくれた。雷門が近づくと、下町浅草は人の賑わいの中にあった。浴衣姿の若者、初老男女の小グループ、カメラ片手の外国人たち…。私たち二人は、連日の多忙さから一瞬抜け出し、別世界に入り込んだたような気分になった。
 浅草といえば、「神谷バー」。私にとっても思い出のたくさんある大衆料理店だ。入口で、電車の切符のような食券を買う。生ビールに名物電気ブラン、つまみは、生ハム・鮪のカルパッチョ・串焼き鳥・煮込み…。店内のテーブルはほとんど満席だ。ただ、この店にはルールがあって、椅子が空いていれば「相席」が常識。私たちは、常連の雰囲気が漂っている一人の年配者の前の空席に座った。制服に身を包んだ女店員が食券の半券を切り、注文した飲み物や料理を運んでくる。飲むのはもっぱら私。M君は、料理に舌鼓を打ちながら、『こうした店の雰囲気、ボク、好きです』と言う。『そう、それはよかった。連れてきた甲斐があったよ』と冷えた電気ブランを口に含む私。そうしたやり取りをじっと見ておられた向かいの席の常連さんが話しかけてこられた。「電気ブランは、アルコール度数30度。ひんやりして口当たりがいいが、後から効いてくる」と一席ぶたれた。「常連の年配者」は、本所にお住まいのTさん。初老の「先生」と若い「孫弟子」の二人組みに胸襟を開かれたようだ。
 「神谷バー」を出た私はM君と別れて、雷門をくぐり、仲見世通りをぶらぶらした。「雷おこし」を一つ買い、久しぶりに浅草寺にお参りした。賽銭箱に小銭入れの中身を全て…、初めてのことだ。東京ドラマポケット本公演「音楽演劇 オフィーリアのかけら」の成功を祈願してのことである。
 まさに、「忙中閑あり」のひとときであった。


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