劇作家・文筆家│佐野語郎(さのごろう)

演劇・オペラ・文学活動に取り組む佐野語郎(さのごろう)の活動紹介

シャンプーハット~愛息から慈母へ~

2009年06月23日 | 随想
 ある日、私はシャンプーハットを求めて新宿や渋谷の街を歩き回っていた。入浴時の洗髪の際、シャンプーが目に入らないように被るウレタン性の「輪っか帽子」だ。近代小説の祖ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラが書いた世界的名作の主人公名を冠したふとどきな安売り店をまず覗いたが、「輪っか帽子」は無かった。次に、コーポレートカラーが黄色地に黒、店名が英語で‘屋根裏部屋’を意味する大型店にも寄ってみたが、やはり無かった。『今の時代、幼児を風呂に入れる際、シャンプーハットは使わないのか、いやきっと需要はあるはずだろ』などとブツブツ呟いた瞬間、『あっ、百貨店だ!』とちょっと閃いて、渋谷駅直結の老舗のデパートに行ってみた。あった!それも大人用の「輪っか帽子」があったのだ!値段は900円くらいで安くはなかったが、お目当ての品物を入手できた満足感に浸りながら山手線に乗り込んだのであった。
 母は97歳になる明治の女性で、激動の昭和を生き抜いてきた名もない日本人の一人である。当時としては晩婚(29歳)だったため、一粒種の私を慈しみながら育ててくれた。数々の苦労に遭遇しても、本質的に楽天的な性格のためか、暗く落ち込むようなことはなかった。その明るさを見つめることで、私は生きていくことへの安心感と人生に対する肯定観を得ることが出来た。70、80になっても、大好きなテレビを見る時間以外は、じっとしていることはなく立ち働く毎日だったが、さすがにこの数年は様子が変わった。腰を痛めてから歩行も困難になり、トイレに立つのがやっとである。それでも、介護のヘルパーさんたちは、口をそろえて、『このお歳で受け答えもしっかりしているし、英(ひで)さんは立派ですよ』と言ってくれる。
 私は「二粒種」に恵まれた。二人の息子は、今は成人し社会人となっていて、時折、一席設けて酒を酌み交わしながら音楽・ダンス・演劇の話をしたりしているのだが、そんな時にも、私の脳裡には彼らが幼い時の映像が浮かんでいる。夕暮れ時、団地の狭い浴室、湯船ではしゃぐ幼い兄弟、…30代初めの父親は声を掛ける。『スイカは?←ウォーターメロン!』『リンゴは?←アップル』。親バカもいいところである。兄にシャンプーハットを被せ、シャンプーを垂らして泡立てる。ザバーッと湯をかけて洗い流す。『はい、交代!』弟がニコニコしながらシャンプーハットを自分で被る。幸せな思い出である。
 あれから30数年が経ち、今は老いた母がシャンプーハットを被っている。子供用から大人用へ、わが子からわが母へと代わったが、洗髪される方にとっても、洗髪をする側にとっても、この「輪っか帽子」はなかなかいいものなのである。


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映像資料に出会える場

2009年06月06日 | 演劇
 新作の劇構想を練る段階では、関連書籍に目を通す必要があり、自宅の書棚やダンボールの中の蔵書はもちろんのこと、大型書店や古書店を覗いてみたり、大学図書館や国立国会図書館を回ったりする場合もある。やがて、その劇構想が具体化し始めると、演出を兼ねる私の場合、映像資料に当たる必要も出てくる。舞台の展開を想定しながら劇の構成を立てるため、作品内容に関連する過去の上演の実際を知っておかなければならないからだ。
 今回も、第2期東京ドラマポケット公演(2010年8月)の脚本作りのため、歌舞伎舞踊の実際に触れておくことが急務となった。新作のある場面に「歌舞伎の名場面」の演出を取り入れたいのである。対象の出し物は決まっている。さて、その映像資料は、どこで見られるのだろう。
 私は、まず、母校の‘演博’へ電話した。『「○○」についてのビデオはありますか?見られますか?』返事は、OK。予約した日時に「AVブース」へ向かい、「日本舞踊の心得と表現(第八巻)」のDVDを視聴することが出来た。
【早稲田大学坪内博士記念 演劇博物館 別棟6号館3F・AVブース(音声・映像資料の視聴)入場無料 03-5286-1829◇本館1F 閲覧室では、日本演劇・外国演劇・映画などの図書・雑誌の閲覧ができる】
 次に、千代田区三宅坂にある伝統演劇の殿堂、国立劇場の関連施設「伝統芸能情報館」へ電話した。‘演博’とは別の映像資料を求めていたからだ。『「○○」についてのビデオはありますか?見られますか?』返事は、OK。予約した日時に「視聴室」へ向かい、『松竹梅雪曙』の上演ビデオを視聴することが出来た。
【伝統芸能情報館 視聴室(別棟 国立劇場事務所で入館証を受けて3Fへ上がる)利用料30分50円 03-3265-7411(国立劇場調査養成部デジタル情報課)◇本館 には、1F情報展示室・2F図書閲覧室・3Fレクチャー室がある】

 ※写真左は、早稲田大学坪内博士記念 演劇博物館の案内パンフレット。写真右は、伝統芸能情報館と視聴室がある国立劇場事務所入口付近。


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