『藤原さんのドライブ』 パンフレット掲載文
私がハンセン病について考えるようになったきっかけは、『カウラの班長会議』の創作時である。戦時中の1944年、オーストラリアのカウラで起きた日本兵捕虜の集団脱走暴動「カウラ事件」を描いた作品だ。自らも捕虜の一人でありながら、ハンセン病罹患のため一人用のテントに隔離され、脱走暴動に加わることなく事件を体験した、立花誠一郎さんの存在を知ったのだ。
立花さんは帰国後、岡山県瀬戸内市長島の国立ハンセン病療養所に入った。『カウラの班長会議』の御縁で、いろいろお話をうかがう機会があった。立花さんは手先が器用なため、入所直後は所内で理髪の仕事を担っていたほか、運転免許を取得し、他の入所者の里帰りやこだわりの場所への遠出のさい、自分のクルマを運転してあげていたと聞いた。立花さんの運転歴は四十三年に及び、最後に乗っていたクルマはエルグランデだったという。『藤原さんのドライブ』にはスカイラインが登場するが、立花さんが購入した二台目のクルマが、スカイラインだった。クルマの話をされるとき、とてもいきいきとされていたことを思い出す。
七年前、渡辺美佐子さんをお招きして『お召し列車』という劇を作った。長島にあったハンセン病罹患者のための全国で唯一の公立高校「新良田教室」について、そして入学するため全国各地の「新入生」が「お召し列車」と呼ばれる特別車輌で移動した旅について、実際に体験された元患者の皆さんに取材した。
本作の戯曲執筆にあたって、あらためて療養所での「運転」について調べた。療養所にいながら運転免許をお取りになった常念さんとも、お話できた。現在はコロナ禍下ゆえ、Zoomでのインタビューだったが、療養者の皆さんにとって、クルマで外出できる「自由」を獲得したことがいかに大切だったか、あらためて知ることができた。
物語の構成や登場人物は、純然たるフィクションであるが、「新良田教室」研究の第一人者である丹羽弘子さんからも、あらためてお話を聞いた。卒業生の島外での就職のためにも、免許取得が奨励されていたのだ。
また、今回のスタッフ・キャストで、映画『NAGASHIMA~“かくり”の証言』を鑑賞させていただいたが、その映像のみならず、監督である宮崎賢氏の著述も、戯曲執筆の参考にさせていただいた。
死への決起である「カウラ事件」の要因は、戦時下に兵士たちを縛った「戦陣訓」の教えである。戦死せず捕虜になることは「恥」であり、日本に残した家族たちも非難されると考え、多くの捕虜たちは偽名を使い、所属していた部隊、階級等についても、偽った。そして、ハンセン病療養所でも、ほとんどの人たちが、感染者を出したことで差別される可能性のある家族への影響を考え、偽名を使った。捕虜として、また、隔離を余儀なくされる患者として、二つの場所で「偽名」を使わざるをえなかった立花誠一郎さんは、五年前、96歳で亡くなられた。
立花さんに『カウラの班長会議』神戸公演を観ていただけたことは幸いだった。戦友たちを思って目頭が熱くなりました、とおっしゃった。
そして、もしも立花さんがご存命だったら、コロナ禍下の現在、日本のみならず世界各地での、新たな「感染症」に対するさまざまな対応を見て、どう思われただろうと思った。
歴史は繰り返すわけではない。差別と疎外は形を変えて続いてしまっている。「ミサイル射撃」の報道に惑わされ、国境近辺の離島に自衛隊基地を置くことを正当化しようとする現実がある。カウラ事件の悲劇とハンセン病隔離政策の不条理を、決して忘れることなく、それを乗り越えた立花さんのような先人の努力と苦難の歴史から学び、今後の私たちの糧にしなければならないのだ。
本作『藤原さんのドライブ』では、「歴史上の感染症療養所の島」に、現代の世界を襲った「新たな感染症の罹患者たち」が連れてこられて、「二つの感染症の人々が出会う」姿が、描かれる。
過去の名前を捨て、新たな名前を選び、外の世界と一切の関係を断つことを強制され、監視されていることが当然であるという日常。そんな場所に連れて行かれたとき、現代の私たちは、過去の教訓に学ぶしかないはずなのである。
坂手洋二
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『藤原さんのドライブ』 東京公演、後半戦。
残すステージは、
10日(木) 14:00〜(アフタートークゲスト 五野井 郁夫)
11日(金) 19:00〜(アフタートークゲスト 有田 芳生)
12日(土) 14:00〜 19:00〜
13日(日) 14:00〜
という日程です。
ご来場お待ちしています。
写真 猪熊恒和、尾形可耶子、三浦知之、円城寺あや
撮影・姫田蘭
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まもなく創設四十周年を迎える燐光群は、主宰・坂手洋二の待望の新作『藤原さんのドライブ』を、11月4日より座・高円寺にて上演、その後国内4都市ツアーを行います。
コロナ禍下の現在、日本のみならず世界各地で、感染症に罹患したため隔離され、外の世界と音信不通にさせられる人たち、いわれのない偏見に晒される事例、大切な人の死や葬儀に立ち会えない場面等が、散見されています。イギリスの劇作家デビッド・ヘアはコロナ禍下の状況を描いた新作『悪魔をやっつけろ』でこう言っています。「まるで中世だ」。その通りです。
閉ざされた島という閉塞状態に置かれた人々を起点に描く本作ですが、過去に燐光群では、『お召し列車』『カウラの班長会議』という、ハンセン氏病の患者となった方々を描くオリジナル作品を作りました。本作もそのような感染症の患者の皆さんが入所する島の存在を背景にしている部分はありますが、舞台は架空であり、物語の構成や登場人物は、純然たるフィクションです。
そこに生きる人たち。歴史の「被害者」として、突きつけられる現実の残酷さ。それでも、時に明るい昂揚を勝ち取り、逞しく生きていく姿を、描きます。
そんな状況で明るい事例があるのか、という声があるかもしれませんが、例えば、坂手が幾度か取材し交流を持った実在のTさん(インスピレーションは得ましたが、本作のモデルというわけではありません)はじめ、ハンセン氏病患者の収容施設のある島で、治癒しても出て行かず、そこで暮らし続けた人たちには、それぞれの生き生きとした姿が、あります。
本作では、そんな「元患者」の一人「藤原さん」が、園内の女性と結婚し暮らしています。結婚と同時に、法で定められた去勢手術を施され、子どもはできません。多くの人が親族との縁を絶ちました。機会があって自動車の運転を覚えた「藤原さん」は、施設で暮らす人々を島外の故郷やこだわりの場所へ、自動車に乗せて連れて行くことを思いつき、居住者たちの「再会」をお膳立てし、そこに立ち会うことになります。これが劇中で描かれる象徴的なエピソードとなります。
今年7月、『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』下北沢ザ・スズナリ公演では公演初日に関係者にコロナ陽性者が発出、全20ステージのうち12ステージを中止せざるを得ませんでした。8月、坂手洋二もコロナに罹患し一次的に入院、このコロナ禍下の状況で、執筆中だった本作の構想を、大幅に変化させることになりました。
『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』で劇団の底力を見せた劇団俳優陣に加え、カンヌ映画祭で話題となった話題作『PLAN75』に出演した中山マリも復帰。劇団外では、最近ではNHK朝ドラ『ちむどんどん』波子役で話題の円城寺あや、『僕らの城』で今年前半期小劇場の注目を集め『ブレスレス』に続いて出演する三浦知之も加わります。芳醇なアンサンブルにご期待ください。
来年で四十周年を迎える劇団の、新たなる一歩となる作品となるよう、準備中です。
皆様お誘い合わせの上、ぜひご観劇くださいますようお願い申し上げます。
若いお客様への割引が充実しています。
U-25/学生 2,000円 高校生以下 1,000円 という設定です。要証明書提示、燐光群でのみ取り扱い。「U-25」は二十五歳以下という枠です。
東京公演
【高 円 寺】 11月4日(金)〜13日(日) 座高円寺
http://rinkogun.com/Fujiwara_Drive.html
伊丹公演
【伊 丹】 11月18日(金)〜20日(日) AI・HALL
http://rinkogun.com/Fjiwara_itami_nagoya.html
長門公演
【長 門】 11月23日(水・祝) ルネッサながと
https://www.renaissa-nagato.jp/events/rinkougun
名古屋公演
【名 古 屋】 11月26日(土)・27日(日)愛知県芸術劇場
http://rinkogun.com/Fjiwara_itami_nagoya.html
岡山公演
【岡 山】 11月29日(火)岡山市市民文化ホール
http://rinkogun.com/Fjiwara_Okayama.html
<CAST>
鴨川てんし 川中健次郎 猪熊恒和 大西孝洋
円城寺あや 中山マリ 樋尾麻衣子 尾形可耶子
三浦知之 武山尚史 山村秀勝 西村順子
坂下可甫子 遠藤いち花 宅間脩起
<STAFF>
照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所) 音響○島猛(ステージオフィス) 音響操作○中川綾乃
舞台監督◯大山慎一 三津久 舞台協力○森下紀彦 美術◯じょん万次郎 演出助手○山田真実
衣裳○ぴんくぱんだー 燐光群衣裳部
擬闘◯山村秀勝 進行助手○中山美里 文芸助手○清水弥生 久保志乃ぶ
撮影○姫田蘭 宣伝意匠○高崎勝也
協力○浅井企画 オフィスにしむら
制作○Caco 尾形可耶子 島藤昌代