Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

観客が目を瞑るとき

2012-09-25 | Weblog
すべてが終って、何もない浜辺に戻った。私たちも犬島を離れる。
……『内海のクジラ』には、観客に目を瞑ってもらうよう促すシーンがある。
多くの、おそらく八割以上の観客が、じっさいに目を瞑ってくれた。東京から観に来てくれた伊藤裕作さんが、「そりゃ瞑るよ」と言ってくれた。
ありがたいことである。

旅人 ……私は海を怖れますが、それは海を知っているからです。
歌歌い ホンモノの海を知らないんじゃなかったの?
旅人 私が産まれる前の記憶です。
歌歌い 物覚えいいんだね。
旅人 聞こえています。クジラが私を呼ぶ声も。
歌歌い どこから呼んでいる。
旅人 闇の奥。
歌歌い 闇の奥の、そのまた奥から呼ばわる声。
旅人 闇の奥の、また奥の、その向こうに辿り着くには。
歌歌い 辿り着くには。
旅人 闇の力が必要です。
島の女2 闇の。
島の女4 闇の。
島の女3 闇の力。
歌歌い 闇の力。
旅人 海底と宇宙は似ています。……昼間の海中は意外と明るい。しかし深海の底深く沈めば、ましてや夜ならば、その漆黒は、夜空より深い。
歌歌い (歌う)深海に宇宙を発見せり。
旅人 闇の力が引き寄せる。
歌歌い (歌う)いつかそんな夢を見た。
旅人 夢じゃありません。
歌歌い (歌う)夢は正夢、醒めぬなら。
旅人 私は呼ばれてきたのです、その海底の闇のクジラに。
歌歌い (歌う)導く先に闇クジラ。
島の女1 (目を瞑り)会ってみたい、闇クジラ。
島の女2 (目を瞑り)耳を澄ませて、闇クジラ。
島の女3 (目を瞑り)触れてこそ知る、闇クジラ。
歌歌い (歌う)そうやって目を閉じ、深い海の闇の底に旅立て。
島の女4 あなたも。
島の女1 あなたも。
島の女2 あなたも。
歌歌い 目をつむってもらう?
旅人 どうか。
島の女3 目を閉じて。
島の女4 どうか。
旅人 どうか。
島の女2 目を閉じて。
島の女3 立ち会われる皆さんも。
歌歌い (歌う)皆さん、目を閉じてください。

        人々、口々に「目を閉じてください」と語りかける。
        この場に立ち会う者たち全員に、目を閉じさせる。
        放送の声も……。

放送 皆さん。目を閉じて下さい。目を閉じるのです。
旅人 ……闇はそこにあります。この昼日中、灼きつく太陽の下、闇を手に入れる方法は、それだけです。
歌歌い (歌う)目を閉じて。私を信じて。
島の女1 目を閉じれば、
島の女2 瞼の裏には、
島の女3 深き海に沈みこむ、渦巻く残像。
旅人 瞼の裏のその映像が消えた時、あなたは真の闇の中にいます。
島の女4 闇。
島の女1 暗闇。
島の女2 真の闇。
歌歌い (歌う)……夜の暗闇は、ほんとうの闇じゃない。
旅人 何も見えない、純然たる暗黒は、自然界にはありません。
島の女3 太陽の届かぬ深い海にこそ、ほんとうの闇がある。
島の女1 あなたは潜行しています、夜のしじまに沈みきった、海底(うなぞこ)を。
島の女4 何も見えないけれど、水の中を滑っている。
島の女2 闇。
島の女3 暗闇。
旅人 どこに向かっているのでしょう。
歌歌い (歌う)行き先は知れずとも、導かれる。
島の女1 誰かが呼んでいます。
島の女4 あなたを求める声。
島の女2 誘う心。
旅人 この身の奥に届く信号。
歌歌い (歌う)あなたはもう、迷うことはない。

そして、クジラが現れるのである。
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