魔法少女マヂカ・227
もう千年以上も魔法少女をやっている。
これだけやっていれば、さぞかし強くて万能のように思われるだろうけど、そうでもない。
戦いで相手にする妖たちにも千年クラスは珍しくない。
いま、この手で抱き起している天城という少女も、オーラを感じた時から分かっている。
天城は、千年を経た時の匂いと、打ちあがったばかりの新刀の鉄の匂いの両方がする。
「わたし、戦艦天城の船霊なんです……」
痛みに耐えながら天城は正体を明らかにした。
「戦艦?」
「天城……?」
霧子もわたしも訝しんだ。
霧子は、女生徒の外見と戦艦という属性が結びつかない。
わたしは、船霊には驚かない。つい最近も三笠の船霊に助けられたとこだし。
ただ、戦艦天城というのが分からない。
帝国海軍に天城という戦艦は存在しない。終戦の年に未完成のまま放置された改造空母に天城というのがあったが、それの本性は巡洋艦だ。
「八八艦隊の長女です、赤城は二番艦の妹で……」
「あ」
「思い出していただけましたか?」
大正時代はシベリア出兵にともなって、満州やシベリアを飛び回っていて、内地の事に関わることが無かったが、ワシントン軍縮会議で日本は計画中、建造中の戦艦を廃棄している。
「もう、船霊が宿るところまでできていたんだ」
「はい、船台にキールが据えられ、艦名が決まったときに船霊は宿るのです……三番艦以下の子たちは、まだ艦名も決まっていませんから」
「妹さんは、どこに?」
霧子は、もう助けてやる気になって腰を浮かしている。
「この山の麓に……」
「ここは、いったい……」
「横須賀の山の中だろう、その麓と言えば横須賀海軍工廠だ、行くよ!」
「天城さんは?」
霧子は魔法少女ではないが、この数か月の付き合いで霊的な素養が芽生えている。
漠然としてだろうけど、起こっていることの半分ほどは分かっているようだ。
「天城さんを看ていて」
「うん、分かった」
霧子は分かっている、天城の魂が消えかかっているのを、そして、だれかが寄り添っていてやらなければならないことを。
「頼んだよ!」
山を駆け下りる。
百歩駆けるうちに風切丸を抜き放つ。
二百歩駆け下りたところで一閃!
アルミ缶を切ったほどの手ごたえがあって、ロシア海軍の艦娘がもんどりうって後方に消える。
水兵帽に駆逐艦の名前があったようだが巡洋艦かもしれない。
令和の世界で、ロシアバルチック艦隊の化け物と戦ったのを思い出す。
日露戦争から、まだ二十年余りしか経っていない大正時代。
油断はならない。
トウ! オリャー! セイ!
立て続けに三体を切る。二体は駆逐艦、一体は水雷艇、次も小艦艇かと浅く振りかぶる。
小艦艇は水雷戦隊を構成している、足が速くて数が多い。タメを大きくしていては打ち漏らすし、隙を突かれかねない。
ガシ! ガシ! ガシ!
アルミ缶の手ごたえが続く。
カ! カ! カ!
駆逐艦よりも軽い手応え、これは水雷艇でも、より小さい艦載水雷艇。
カシーーーン!
水雷艇と振り下ろした風切丸がはじき返される!
ウワーー!
反動で、空中を数回転させられる。
その回転のさ中、瞬間視野に飛び込んできたのは、腰高なロシア戦艦の艦娘だ。
逆方向に風切丸を振って回転を止める。
「貴様は!?」
「やっと会えたな」
混乱した。
目の前で腕組みしてふんぞり返っているのは、秋田沖で激闘の末に撃滅した戦艦アレクサンドル三世だ。
「なんで、ここに、この時代にいるんだ!?」
「フフフ、時空を超えるのは、魔法少女のおまえたちだけではないんだぞ」
不敵に笑うと、両手をグイッと突き出す。
突き出した両手の先には、二連装の三十サンチ砲が構えられていた……。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査