通学道中膝栗毛・23
改札を出て一瞬迷ってタタラを踏んだ、夏鈴もわたしも。
アハハハ
そろって迷ったのがおかしくて笑い出す。
わたしたちの年頃って、すぐに笑っちゃう。いわゆる箸が転んでもおかしい年ごろ。
「で、どっち通って帰る?」
「う~んと、商店街にしよっか」
風光る季節、たんなる下校中でも、ついあれこれ寄り道したくなる。
おりしも気象庁から東京の桜の開花宣言が出された。電車の吊革につかまっていても、窓外の春霞の中、わずかに咲きだした桜が目についた。
だから、改札出たら神社と公園に寄ってほころび始めた桜を愛でてみようかという気持ちになったんだ。
でも、エスカレーター下りて改札に向かっていると、商店街の方角から焼き芋の匂い。それで、どっちにしようかという迷いがタタラを踏ませたんだ。
「とりあえず焼き芋だね!」
そう決めると、ふたりでスキップしながら商店街を目指した。
焼き芋屋さんは商店街入って五軒目くらいのところにある間口一間ほどの小さなお店。屋号は『芋清』冬場は焼き芋、春からはたこ焼き、夏になると冷やし飴と冷やしコーヒーが加わる。お爺さんとお婆さんでやっていて繁盛というほどではないけど、そこそこにお客さんは付いている。
その焼き芋屋さんが正月の松が取れたころから閉まっていた。
――暫らく休みます――の張り紙がずっとしてあって、ひょっとしたら、もうお店を畳むのかなあと心配していた。
その焼き芋の匂いがしたものだから、スキップにもなるわけよ。
「おいちゃん、ひとつください」
お爺さんだけど「おいちゃん」と呼ぶのは常連客のしきたりだ。
「今日はお祝いだから、サービスしとくよ」
「わあ、ありがとう。駅で匂いがしだしたらたまらなくなっちゃった」
「へへ、じゃ、食べやすいように分けてあげるね、おい、婆さん」
「はいよ」
お婆ちゃんが手際よく大きいのを二つに切ってくれて、別々に持たせてくれる。
二人でハフハフ頬張りながら商店街を帰り道。
「お客さんの相手してる時の笑顔がいいよね、焼き芋屋さん」
「うん、いちど病院の待合で見かけたんだけど、ちょっと暗かったもんね」
「そりゃ、病院でニコニコしてる人ってあんまりいないと思うよ」
それには応えないで、鈴夏はつづけた。
「ああいう笑顔がピュアでもできなきゃね」
「ピュア?」
名詞を副詞と取り違えて鈴夏が?顔になる。
「やだ、新しいバイト先でしょ」
「あ、ああ。わたしも栞もメイドさんだもんね!」
「うん、そのピュアのマニュアル。とりあえず笑顔と元気な挨拶って書いてたよね」
「よし、がんばるか!」
プルルルル プルルルル
唇をアヒルみたくして息を吐きだしながら震わせる。マニュアルに示されていた滑舌訓練法なんだ。
他にも舌を上あごに触れるようにして震わせるトゥルルルル~ってのもある。一人でやってるとバカみたいなんだけど、芋清で元気が出てきたんで期せずしてやってしまう。
「ちょっと、焼き芋吹き出してるよ!」
「あ、あはは、いっけなーい!」
そういう鈴夏のホッペにも焼き芋の皮がくっついていて、笑ってしまうわたしでした。