大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『赤いクーペ』

2021-06-16 07:08:42 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『赤いクーペ』 




 業界用語では『現説』という。

 古墳などが発見されたときに、一般に向けて公開の現地での説明会をやることである。

 真崎は、久々に、現説に参加することが出来た。

 百舌鳥古墳群の端にある、七世紀頃の上円下方墳で、珍しく盗掘にあっておらず、被葬者の石棺や副葬品などもしっかり残っていた。丸半日をかけて、それらをゆっくり見られたのも、一年早めに早期退職したおかげだ。現職なら、この時期、校内人事や分掌のシラバス、そして留年生への対応などに追われ、こんなゆっくりと古墳の現説などには来られない。

 珍しく舶載鏡(外国製)が多く、副葬品も多かった。

 被葬者の身分の高さと趣味の良さを現していた。

 真崎は、現説のあと、泉州の友人の家を訪ねることにしていた。

 友人は一つ年上で、去年無事に定年退職になり、地元近くの博物館の案内係を非常勤でやっている。

 大阪南部の道路は整備が遅れていて、旧集落や畑の中の道など、自動車一台がなんとか通れるぐらいの幅しかなかった。

 大回りして産業道路を走れば早いことは分かっていたが、古い南河内や泉州の旧道を走ってみるのも悪くないと思い、国道○号線の案内板を無視して林の中の道に入っていった。

「信田の森いうのは、こんな感じかも知れへんなあ……」

 気楽な独り言を言いながらハンドルを握った。

 林を抜けると、どうしたことだろう、夕闇の中は靄っていて、視界が百メートルほどしか利かない。

「こら、狐かなんかのしわざかな……」

 そんな呑気なことを思っていると、前から自動車のヘッドライトが滲み出してきた。近くに来ると、赤いクーペの外車であることが分かった。

 こちらは、軽のボックスカー、相手は小さなクーペではあるが、とてもすれ違うほどの道幅がない。
 どうしようかと思っていると、クーペから若い女が降りてきた。

「お困りのようですね」

 他人事のように言う。

「あたし地元だし、運転には自信あるから、おたくの車をバックで林の出口まで戻させていただきます。どうでしょう、ほんの二三分で済みますけど?」

「ああ、ほんなら頼みますわ」

 真崎は車を降りて運転を女と代わった。

 すれ違うときにいい香水の匂いがした。

「じゃ、出口のところで。すみません、わたしの車運転して付いてきてくださいます?」

「は、はい」

 クーペとは言え外車である。真崎は慎重にハンドルを握った。

 女は、バックとは思えない速さで車を動かし、ヘッドライトは夕闇に溶けてしまった。

 十秒ほどの遅れで付いていったつもりであったが、林の近くまで来ても真崎の車は見えなかった。

 いよいよ林の出口まできたが、いよいよ我が車の姿は見えなかった。

 真崎は車を降りて、少し林の中まで入ってみたがダメだった。

「あんな車、乗り逃げするわけないしなあ……」

 どう見ても、真崎のと女の車とでは値段がゼロ一個は違う。

 途方に暮れて、林の出口に戻ると、クーペが反対方向を向いて停まっていた。

「ウソやろ……」

 エンジン音もしなかったし、出口付近は、車を切り返しても反対に向けるほどの道幅が無い。

「しゃあないなあ……」

 真崎は、そのままクーペに乗り、友人の家まで行った。

「そんな記紀神話みたいな話あるかいな」

 友人は信じてくれず、ただ車の凄さに驚いていた。

「コルベットみたいやけど、エンブレムが違うしなあ」

 車に詳しい友人の息子にも分からなかった。

「まあ、こういう自慢の仕方もあるわなあ」

「なんでやねん」

 と、ドガチャガになってしまい、その夜は友人宅に泊まった。

 朝起きてびっくりした。車が無くなっており、代わりに赤茶色の馬の埴輪が鎮座していた。

 スマホで、カミサンに車が戻っていないか確認したが、家の駐車場は空のままだった。

「おい、テレビで、こんなこと言うてるで」

 友人がテレビを指し示した。

 あの古墳の被葬者は二十代の若い女性で、副葬品に関東地方のものが多く含まれていることから、関東から、なんらかの事情で迎えられた族長の妻であろうと言っている。

 そう言えば、あの女、地元と言いながら、きれいな東京弁を喋っていた。

 そして、決定的なことが。

 古墳脇の草地に、真崎のボックスカーがあった。
 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コッペリア・25『水分咲月』 | トップ | 誤訳怪訳日本の神話・45『... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ライトノベルベスト」カテゴリの最新記事