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業界用語では『現説』という。
古墳などが発見されたときに、一般に向けて公開の現地での説明会をやることである。
真崎は、久々に、現説に参加することが出来た。
百舌鳥古墳群の端にある、七世紀頃の上円下方墳で、珍しく盗掘にあっておらず、被葬者の石棺や副葬品などもしっかり残っていた。丸半日をかけて、それらをゆっくり見られたのも、一年早めに早期退職したおかげだ。現職なら、この時期、校内人事や分掌のシラバス、そして留年生への対応などに追われ、こんなゆっくりと古墳の現説などには来られない。
珍しく舶載鏡(外国製)が多く、副葬品も多かった。
被葬者の身分の高さと趣味の良さを現していた。
真崎は、現説のあと、泉州の友人の家を訪ねることにしていた。
友人は一つ年上で、去年無事に定年退職になり、地元近くの博物館の案内係を非常勤でやっている。
大阪南部の道路は整備が遅れていて、旧集落や畑の中の道など、自動車一台がなんとか通れるぐらいの幅しかなかった。
大回りして産業道路を走れば早いことは分かっていたが、古い南河内や泉州の旧道を走ってみるのも悪くないと思い、国道○号線の案内板を無視して林の中の道に入っていった。
「信田の森いうのは、こんな感じかも知れへんなあ……」
気楽な独り言を言いながらハンドルを握った。
林を抜けると、どうしたことだろう、夕闇の中は靄っていて、視界が百メートルほどしか利かない。
「こら、狐かなんかのしわざかな……」
そんな呑気なことを思っていると、前から自動車のヘッドライトが滲み出してきた。近くに来ると、赤いクーペの外車であることが分かった。
こちらは、軽のボックスカー、相手は小さなクーペではあるが、とてもすれ違うほどの道幅がない。
どうしようかと思っていると、クーペから若い女が降りてきた。
「お困りのようですね」
他人事のように言う。
「あたし地元だし、運転には自信あるから、おたくの車をバックで林の出口まで戻させていただきます。どうでしょう、ほんの二三分で済みますけど?」
「ああ、ほんなら頼みますわ」
真崎は車を降りて運転を女と代わった。
すれ違うときにいい香水の匂いがした。
「じゃ、出口のところで。すみません、わたしの車運転して付いてきてくださいます?」
「は、はい」
クーペとは言え外車である。真崎は慎重にハンドルを握った。
女は、バックとは思えない速さで車を動かし、ヘッドライトは夕闇に溶けてしまった。
十秒ほどの遅れで付いていったつもりであったが、林の近くまで来ても真崎の車は見えなかった。
いよいよ林の出口まできたが、いよいよ我が車の姿は見えなかった。
真崎は車を降りて、少し林の中まで入ってみたがダメだった。
「あんな車、乗り逃げするわけないしなあ……」
どう見ても、真崎のと女の車とでは値段がゼロ一個は違う。
途方に暮れて、林の出口に戻ると、クーペが反対方向を向いて停まっていた。
「ウソやろ……」
エンジン音もしなかったし、出口付近は、車を切り返しても反対に向けるほどの道幅が無い。
「しゃあないなあ……」
真崎は、そのままクーペに乗り、友人の家まで行った。
「そんな記紀神話みたいな話あるかいな」
友人は信じてくれず、ただ車の凄さに驚いていた。
「コルベットみたいやけど、エンブレムが違うしなあ」
車に詳しい友人の息子にも分からなかった。
「まあ、こういう自慢の仕方もあるわなあ」
「なんでやねん」
と、ドガチャガになってしまい、その夜は友人宅に泊まった。
朝起きてびっくりした。車が無くなっており、代わりに赤茶色の馬の埴輪が鎮座していた。
スマホで、カミサンに車が戻っていないか確認したが、家の駐車場は空のままだった。
「おい、テレビで、こんなこと言うてるで」
友人がテレビを指し示した。
あの古墳の被葬者は二十代の若い女性で、副葬品に関東地方のものが多く含まれていることから、関東から、なんらかの事情で迎えられた族長の妻であろうと言っている。
そう言えば、あの女、地元と言いながら、きれいな東京弁を喋っていた。
そして、決定的なことが。
古墳脇の草地に、真崎のボックスカーがあった。