徒然草 第四十五段
公世の二位のせうと(兄弟)に、良覚僧正と聞えしは、極めて腹あしき(気短な)人なりけり。
坊の傍に、大きなる榎の木のありければ、人、「榎木僧正」とぞ言ひける。この名然るべからずとて、かの木を伐られにけり。その根のありければ、「きりくひの僧正」と言ひけり。いよいよ腹立ちて、きりくひを掘り捨てたりければ、その跡大きなる堀にてありければ、「堀池僧正」とぞ言ひける。
これはあだ名の話です。公世(きんよ)の二位という人の兄弟で、良覚僧正という気短な坊主がいたのですが、この坊主の住まいの近くに大きな榎の木があって、世間のみなさんは「榎木僧正」と呼んでいました。
ところが、御本人は気に入らず、この木を切ってしまいました。で、根っこだけ残ったので「きりくひの僧正」と呼び変えました。
で、この坊さんは、その根っこも掘り返して、そこには大きな穴が開いてしまいました。世間の人たちは坊さんを「堀池僧正」と呼ぶようになりました。
ここには、三つのあだ名が出てきます。その変わり具合と、良覚僧正の気短な反応が面白くて、兼好さんは書いたのであります。特に感想は書かれていません。
しかし、よく読むと、最初のあだ名と、あとの二つではニュアンスが違います。
「榎木僧正」は、ただ榎木の近くに住んでいる坊さんというだけで、坊さん自体への皮肉や批判めいたニュアンスはありません。
しかし「きりくひの僧正」「堀池僧正」には、坊さんがやったことへの皮肉がこもっているように思います。
要は、つまらないことに腹を立てて、皮肉めいたあだ名になったことの面白さを書いたのだろうと思います。兼好の人の可笑しさを見る目と温もりを感じさせる段ですね。
現場を離れて十年以上になりますので、今の高校生を始め、若い人たちが身の回りの人たちにどんなあだ名を付けているかは、よくは分かりません。わたしの経験では、たいてい氏名の上か下か、またはそのモジリで済ませてしまうことが多かったように思います。カヤナ、カリン、ユノキなどで、おおむね生徒同士だと名前。先生には苗字の呼び捨て、ただし、下に「ちゃん」「センセイ」がつくと親近感と敬意がこめられています。
AKB48でも、トモチン、アッチャン、タカミナ、マリコ様など、名前を転訛させたものが多いですね。しかしよく調べるとガチャピン(見た感じから) アイドルサイボーグ(あまりのラシサから)などというものもありやや工夫が感じられます。
わたしが高校生だったころに、あだ名付けの名人が何人かいました。
トンボコーロギ……見た目の印象。しかし、曰く言い難い印象はトンボコーロギはぴったりでした。
国防婦人会……押し出しと、声のはり方、決めつけ、思いこみの強さから。
チョ-ビゲンタム……原田武という名前の先生だったがチョビ髭を生やしていたので、チョビ髭と名前を音読みしてくっつけ、メンソレータムの音にあやかった。
八重桜……雅やかなあだ名ですが、これは凝っています。八重桜はハナより先にメが出る。で、お分かりいただけるでしょうか。ただし、後年、このあだ名はさる文学作品からの盗用であることが分かりましたが、その作品を読んでいただけでも名付け名人を尊敬しました。
わたしは、子どものころは睦夫のモジリでムッチャンでした。ムッチャンというのは、睦子とか睦美とか、女の子の名前のニックネームである場合がほとんどで、男の子がムッチャンとよばれることは希で、正直、気恥ずかしかった。
明治天皇の諱が睦仁です。大人になってから気づきました。明治大帝をムッチャンとは畏れ多いのですが(^_^;)。生前の父に聞いたところ明治天皇の諱に関係があるらしいのですが、長くなるので、別の機会に書きたいと思います。
長じて、大橋さんと、ごく当たり前によばれるようになったが、大阪弁では、これが縮まってオハッサン。さらに縮まるとオッサンになります。
しかし、大橋さんが縮まったオッサンと、ただのオッサンでは微妙に響きが違うのは、言われた本人にしか分かりません(^_^;)。
先日、新聞で『あだ名禁止』の中学校が現れたという記事がありました。
差別的なあだ名が人を傷つけるからというのが理由です。
間違っていますね。問題は差別的な意識なのです。たとえ『大橋さん』とか『大橋君』とか呼んでも、侮蔑的な意識があればあだ名で呼ぶよりも差別です。さっき書いた『オッサン』などがそれですね。
教員採用試験の面接で聞かれたのが、履歴に「非常勤講師」とあったせいでしょうか「生徒からあだ名をつけられていますか?」でした。面接の先生は、そのへんの機微をご承知だったのかもしれません。