やくもあやかし物語 2
「わたしのことは詮索しないで欲しいんだけど……」
間人皇女(はしひとのひめみこ)が薄く口を開けて言ったよ。
ズチャ
アニメで戦士が身構えるようなエフェクトをさせてネルが前に出る。
「こいつ、なにか詠唱している!」
「あ、べつにゾルトラークって言ってるわけじゃないから」
「そうなのか(;'∀')?」
わたしの言うことだから疑っているわけじゃないんだろうけど、間人さんから放射される気は禍々しくて、ネルは警戒の姿勢を一ミリも緩めないよ。
「ぞ、ぞるとらーくって何よ!?」
間人さんもネルの威圧に圧されて、言葉が尖がっている。
「あ、最近流行の一般攻撃魔法。だいじょうぶ、なんにもしないから」
「でも、あなたたちは、わたしのことを間人皇女と分かって警戒してるんでしょ!」
「あ、ちょっと怖いけど、戦おうとかは思ってないし」
「でも、そちらの耳長は敵意剥き出しだしぃ」
「もう、ネル!」
「あ、ああ、すまん」
「わ、わたしはね、孝徳天皇の皇后なのよ。中大兄は実のお兄ちゃんだし、あなたたちが考えているようなことは、いっさい無いんだからね!」
「え、あ、そうだよね(^_^;)」
「そりやぁ、お兄ちゃんはずいぶん心配してくれたし面倒も見てくれたわよ。叔父さんと結婚する時も……」
「叔父と結婚したのか( ゚Д゚)!?」
「そんなの普通ヨ!」
「あ、ネルは黙ってて、話は最後まで聞こうよ」
「すまん」
「叔父さんはね、わたしを皇后に迎えるにあたって都を難波の宮に移してくれて、分かる難波の宮? 近鉄もJRも無い時代に生駒山の向こう側に都を移したのよ。大兄のお兄さんも察してくれたし、分かってくれたし!」
「そ、そうなんだ」
「すまん、そうなんだな。いや、わたしの両親も周囲に喜んでもらえない結婚をしたんでな、つい自分と重ねてしまって」
「ちょ、なにを聞いてるの、わたしはね、そんなんじゃないんだから! お兄ちゃんはあくまでもお兄ちゃんで! 叔父さんはわたしの夫で! だから皇后で、ぜんぜん、全くノープロブレムでぇ(゙◇゙) 」
間人皇女は顔を真っ赤にし、唇を震わせ、手をブンブン振って抗議する。
しかし、言えば言うほど彼女の体から黒い煤のようなのが噴き出て、煤はあちこちで渦を巻いて、やがてつり上がった目と口の煤お化けになった!
「間人さん、しゃべっちゃダメよ!」
「え……えええ( ゚Д゚)!?」
「こいつは退治しなきゃ!」
言うが早いか、ネルは杖を構えて煤に討ちかかっていった。わたしも敵わぬながらもミチビキ鉛筆を構えたよ!
「こ、これはわたしじゃない! わたしじゃないから! 知らないから!」
グルンと回ったかと思うと、間人さんは竜巻のようになって草原の向こうに行ってしまった。
「やくも、こっちのは来るぞ!」
煤お化けが一斉にかかって来て、ネルとわたしも負けじとお化けどもに討ちかかっていった!
セイ! セイ! トリャー! ビシ! バシ! ズコ!
オリャー! トォ! キエーー!
ドゲシ! ズコン! バキ! グチャ!
ズガガガ! ピュイーーン! ズキューーン!
ボキャ貧で、掛け声と擬音でしか表現できないけど、ネルと二人で煤お化けたちをブチノメシていく!
入学以来あちこちで戦ってきたので、わりとカッコよく片づけられているような気がするよ。
ネルは杖で打撃を加えるだけじゃなくて、「嵐の一撃!」とか「稲妻の閃光!」とか短い詠唱も加えて魔法でも煤お化けどもを退治していく!
ズビッシュ!
二人で左右同時に突きかかって最後の一匹を成敗!
ハーハー ゼーゼー
野原の真ん中で盛大に息をつく。
こないだ退治した食わせものや、義手義足のお化けよりも厳しかったかもしれないよ。
二三分ネルといしょにゼーゼー言って気が付いた……御息所が額田王からもらった花ごとポケットから消えている。
「あれ、どこに行っちゃたんだろ? 落したのかなあ!?」
「あ、頭の上!」
「ええ?」
ゴチン
見上げたとたんに御息所が落ちてきてオデコに当ってから膝の上に乗った。
「ごめん、こっちもちょっと大変だった」
「もう、どこに行ってたのよ!」
「間人も我を忘れてトチ狂ってたから、ちょっと意見してきた」
「意見だけぇ? ちょっと手を見せて」
「な、なにをする!」
御息所の目は、ちょっと血走ってるし、開かせた手は真っ赤だし。
「ちょっと、乱暴にしたんじゃないのぉ?」
「少しはね……なによ、ブチギレた女を諌めるのよ、多少のことはあるわよ(-_-;)」
御息所は正しくは六条の御息所だ。源氏物語じゃ生霊になっていっぱい人を殺して茨木童子の腕に封印された鬼だよ。
「気が付いたら、あいつの首を絞めてたんだけどね……」
「やっぱり」
「でもね、額田王がくれた花がパッと散ると、わらわも間人も冷静になって、少し話ができたのよ」
膝の上でそっくり返っていたのが、しおらしく立膝に座って話を続ける。
「孝徳天皇は間人皇女を皇后にしたけど、指一本触れなかったらしい……」
「え、それって……」
「真人を皇后にしてしまえば、さすがの中大兄も手が出せない。天皇の皇子の有間皇子は小足姫(おたらしひめ)の子だしね。叔父さんが不肖の甥と姪の尻ぬぐいをしたというところじゃないかしら……もうくたびれた、すこし眠るぞよ……」
ポケットに潜り込み、今度はミチビキ鉛筆を支えにして寝てしまった。
「やっぱり、望まれぬ結婚というのは、いろいろ禍根を残すんだなぁ……」
「そうだね、でも、事情はいろいろだし、悪いことだらけというわけでもないと思うわよ」
「そうか、あたしのルームメイトは優しいなあ(^・^)」
「あれ、ネル、ちょっと影が薄くなってきてない?」
「あ……どうやら交代の時間みたいだな」
「うん、ありがとう、キーストーンは必ず取り返してくるからね」
「ごめん、最後まで付き合えなくて、また順番が回ってきたらがんば……」
最後までは言えずにネルは消えてしまって、野原を名残りの風が吹いていったよ……。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王 織姫 間人皇女