パペッティア
『そのまま前に進みなさい』
親父の声が言うので、夏子は予防注射の順番が迫ってきたようにオズオズと前に出る。
すると、前のモニターに親父の上半身が現れた。背景はビデチャをやる時のようにボカシが入っていてよく分からない。
「この部屋に居るんじゃないの?」
『居るとも言えるし居ないとも言える』
「えと……なぞなぞ?」
『いや、そこが一番よく聞こえる。三つのメインスピーカーから等距離なんだ』
「あ、ああ、そういう意味……ここがベストね」
5センチほど微調整、ちょうど、目の前に親父が立って喋っているような感じになる。
『ハハ、夏子は賢い。わたしが言ったポイントでは近すぎるか』
「ハハ、頭の中で声がする感じだから。で、リアルお父さんはどこにいるの?」
『ちょっと訳があって、今は、この画面を通してしか話ができない』
「そうなんだ……」
『すまんな、時間が許せば3Dホログラムに出来たんだが、そういう時間も惜しくてな……と言って、少しは説明しなければ納得もいかんか』
「うん」
『第二アクト(ヨミの第二次攻撃)で負傷してリアルボディーは使い物にならなくなってな。今は、脳みその中身だけをベースのマザーコンピューターの中に収めてある。まあ、マザーコンピューターとはリアルタイムで交流できるから、作戦指揮や研究には便利なんだがな。しかし、これでは物理的な移動ができんし、部下たちに戸惑いもある。近々物理的なアバターが出来て、そこに移し替える予定だから、しばらくの間辛抱してくれ』
「うん、そういうことなら、分かったよ」
『すまん、で、夏子を呼び出した用件なんだが……部下たちが休暇の時間を使って、やっと夏子の居場所を突き止めてくれてな。いろいろ手続きも済ませてくれて、やっとのことで、引き取ることができたという次第なんだ。長い間、本当に済まなかった』
画面の中の親父が頭を下げる、下げた瞬間微かに照明が落ちて、下げたって感じがする。この姿での指揮も長いだけあって工夫はされている感じだ。
『ここに居れば、衣食住に困ることも無い。学校も直ぐに手配する。いっしょに住んでいるという実感は希薄だろうが、ベースに居てくれれば、わたしも安心だ』
「う、うん。あたしも、そのつもりで出てきたから」
『ベースは軍人か軍属でなければ居住できないから、一応少尉の階級を与えてある』
「あ、うん。徳川さんて曹長さんに聞いた」
『階級を与えたからには、少しは仕事もしてもらわなきゃならない。いいか?』
「うん、ずっと働いてきたから、その方が嬉しい。あ、あんまり頭使う仕事はできないけど」
『なにか希望はあるか?』
「あ、新聞配達やっててから、なにか、それ的なデリバリーの仕事がいい。体動かしてるの好きだし(^▽^)」
『………………』
「お父さん?」
『すまん、そういう前向きな明るさは、お母さんソックリで、ちょっと感動した』
「アハハ……ちょっと嬉しいかも」
『お前の世話は、高山大尉が中心に見てくれる。ただ、あれも忙しい奴だから、普段の事は徳川曹長に聞くといい。主計科だから仕事も早い』
―― 司令、北部管区から警備計画調整の要請が入っています ――
『分かった、一分だけ待ってくれ』
―― 了解しました、一分待機指示します ――
「忙しいんだ、お父さん」
『なにか思いつくことがあったら言ってくれ、できることは善処する』
「えと、小さくていいんだけど、お仏壇あるかなあ」
『あ、お母さんと晋三だな……』
「うん、剥き出しの過去帳だけっていうのはね(^_^;)」
『分かった、一両日中には手配しよう。じゃあ、すまんが、今日のところはこれで。元気な顔を見られて嬉しかった』
「うん、あたしも……」
もう一言言おうとしたら、CICのあれこれに数値や画像が現れ、外していた人たちも戻ってきた。
そっと一礼してCICを出ると、みなみ大尉が立っていて、こっちこっちと手招きしている。
「すみません、待ってくれていたんですね」
「ドンマイドンマイ、それよりも、いいニュースだぞ(^▽^)」
「え、なんですか?」
「ナッツの住処は、わたしの隣に決定したぞぉ~」
「え、そうなんですか!?」
「うんうん。女子に二言は無いぞよ~♪」
「よかったぁ♪」
しかし、その時のあたしは、よく分かってはいなかった(-_-;)。
☆彡 主な登場人物
- 舵 夏子 高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
- 舵 晋三 夏子の兄
- 舵 研一 特務旅団司令 夏子と晋三の父
- 井上 幸子 夏子のバイトともだち
- 高安みなみ 特務旅団大尉
- 徳川曹長 主計科の下士官