三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!
胸のポケットでゴニョゴニョするものを感じて、思わず笑ってしまった。
「どうしたの、鈴木さん?」
ノッキー先生が、チョ-クの手も休めずに聞いた。ノッキー先生は篠田麻里子と同い年だが、しっかりもので、笑い声だけで生徒個人を特定できる。
「すみません、思い出し笑いです」
とっさに、そう言いつくろうと、みんなもクスクス笑い出した。
「みんな、だいぶ鈴木さんの『思いだし』に興味がありそうね?」
「はい!」
まっさきに妙子が応え、みんなも表情で同意を示した。
「じゃ、差し支えがなかったら、鈴木さん。その『思いだし』手短に説明してくれる?」
「え、あ、はい……」
今さら胸ポケットでゴニョゴニョなんて言えないので、ゆうべ見た夢の話をした。
義体である友子は、夜の間は最低のセキュリティーを残して、CPUをスリープにする。すると、その日の体験やら、今までに経験したメモリーが整理され、モノによっては頭の中で、こんがらがったまま再生されることもあり、それが夢のようになる。
「夢なんです。夕べ見た」
「ホー、どんな夢?」
ノッキー先生まで、興味を持ち始めた。
「まさか、Z指定の夢だったりして」
コーラの炭酸のように刺激的な突っ込みを麻衣が入れる。悪気はないので、一瞬クラスを爆笑にしてしまうが、後に引くことはない。真面目な純子までが目を輝かせている。このまま放っておくと、お調子者の亮介がいらないことを言って、笑いモノにされるだけだ。
「一寸法師の夢をみたんです」
吹き出す者、身を乗り出す者、さまざまな反応があったけど、ますます興味を持ったことは確かである。半分は、思わず頭のテッペンから声が出たせいだろう。
「一寸法師って、茶碗の舟に箸の櫂?」
「ええ、そうなんですけど、ちょっと違うんです……」
で、友子は語り始めた。
夢の中の友子は中年のオバサンだった。それが小川のほとりを歩いていて一寸法師に出会ってしまう。お約束の鬼退治を、一寸法師がやると、鬼たちは打ち出の小槌を残して去っていく。
「まあ、打ち出の小槌。これであなたを普通の人間の大きさにしてあげられるわ」
ところが、一寸法師は、こう言った。
「そりゃ、偏見だ。オイラは、この大きさで十分だと思っている。使うんなら自分のために使いなよ」
「わたしのため?」
「そうだよ。あんたは、お姫さまとは名ばかりで、こんなオバサンになってしまったじゃないか。だから、もう一回若くなるように願ってごらんよ」
そうして……。
「どうなったの?」
ノッキー先生が、みんなの好奇心を代表するように聞いてきた。
「あ……それで、おしまいなんです」
みんながズッコケた。
「すみません。今夜夢の続き見ておきますから」
すまなさそうに言ったので、また、みんなに笑われてしまった。
胸ポケットのゴニョゴニョは、なぜか義体である友子にも分からなかった。こんなことは初めてだった。
――なにかあったの?――
紀香の思念が飛び込んできた。
――ちょっとCPUの中で解析しきれないものがあって。大したことないから――
――……とても大切なことみたい。でも、一人で決断して――
滝川コウからは、こんな思念が届いた。同じ義体同士として心配してくれている。
トイレの個室に入ってポケットをまさぐってみた。
一寸法師のキーホルダーが出てきた。
「いつのまに……」
メモリーを検索した。修学旅行に行った京都の鴨川、その岸辺に何かが浮き沈みしていて、友子は、それを拾い上げた。
それが、何であったかという記憶が抜け落ちている。こんなことは始めてだ。
無意識に一寸法師を握って開いてみると、ホルダーに古い鍵がぶら下がっていた。
「なんの鍵だろう……?」
不思議に思って、トイレを出て、しばらくいくと左に折れる廊下があった。学校の施設は全てCPUの中に入っている。理事長先生以外しらない戦時中の防空壕の跡まで知っている。
でも、この廊下は無い。他の生徒には見えないようで、誰も、その廊下に行かないし、廊下からやってくる者もいなかった。
「行ってみようか……」
そう呟いて、友子は、角を曲がって、その廊下に進んだ。
「友子!」
紀香は小さく叫んで、壁の中に消えていった友子に声をかけた。
「追いかけちゃいけない!」
コウが紀香の手を取った。
「だって、あんな解析もできないところに」
「よく分からないけど、友子にとっていいことなような気がする」
コウは男のような言い方をした……もともと退役した義体が、なりゆきで女子高生のナリをしているだけだが。
友子は廊下の突き当たりまで来た。
そこには古めかしいドアがあり、一寸法師の鍵で解錠すると、軋みながらドアが開いた。
ドアから出ると、そこは自分の街だった。振り返ると、そこには電話ボックスがあった。どうやら、そこから出てきたらしい。電話ボックスを開けると、あたりまえだが公衆電話があった。
「あ、鍵……」
廊下のドアに差し込んだままであることを思い出した。
トントンと電話ボックスの戸が叩かれた。
「え……」
予想の三十センチ下に顔が見えた。
弟の一郎だ。三歳年下の小学六年生。四十二才のオッサンではない。
「姉ちゃん、どこに電話するつもりだったんだよ?」
ボックスを出ると、ベタベタしながら一郎が聞いてきた。
「あ、ちょっとね」
「あ、どこかのオトコだろ。高校に受かったと思ったら、もうこれだもんな。近頃の……」
「うるさい」
「イテ!」
懐かしいやりかたで、弟の頭を張り倒した。
そして、家の前にはもっと懐かしい父と母がカメラを構えて待っていた。
「どうだ、友子、新しい制服の感触は!?」
友子は、制服が新品の匂いをさせていることに気が付いた。
そして、直感した。自分は義体ではなく、ここでは、あの忌まわしい事件は起こらないことを。
友子は、やっと……戻ってきた。
トモコパラドクス 完