イスカ 真説邪気眼電波伝・05
罠はバネ仕掛けの網だ。
獣道に仕掛けた畳二畳ほどの大きさで、十キロ以上の重さの獲物が載るとセンサーが働いて頭上の木に掛けられたツタが引っ張り上げられ、ネット入りのスイカのように吊るされる。
「もー、何時間待ったと思ってんのよ!」
スイカが文句を言う。
「……なんで人間がかかってんだよ」
ピーボアの罠にかかった人間というのはひどく間が抜けたものだ。体がU字型に畳まれ、四本の手足が、それぞれアサッテの方角に絡んで、ピカソっぽいオブジェのようだ。こういうオブジェになってしまうには罠の中でかなりもがいたからなんだろうけど、絡まり方にも個性があるもので、そうとう短気なオッチョコチョイに思えた。これがしおらしい女の子、佐伯さんのような子なら「ごめん、すぐ下ろすから」になるんだけど、こいつのツンツンぶりなあがきは、ついからかいたくなる。オレはアンコウの品定めをするように、そいつの周りを一周する。
「ちょっと、ニヤニヤしてないで下ろしなさいよ、あんたが仕掛けた罠なんでしょーが!?」
「ジタバタすんなって、揺らしたら下ろすものも下ろせないだろーが」
「さっさと……!」
暴れるもんだからクルンと半回転してしまい、ツタを外そうとしているオレの方に尻が向いてしまった。
「こ、こらー! 見るんじゃない!」
「だって、ここを外さなきゃ下ろせないじゃないか」
「グヌヌ、こっち見ないでやれー!」
「だって、結び目はそっちの方なんだから」
「そこをなんとかしろ!」
「ゆ、揺するなって! ゲホ!」
突き出た足がオレの頭をヒットする。
「お、おまえが悪い!」
「んだよ……」
「ちょ、どこいくのよ?」
「もう、これしかねえ」
オレは五メートルほど離れてツールバーを開き弓矢を出した。
「動くんじゃねえぞ」
「あ、ちょ、それは……」
弓を引き絞ると間をおかずに放った。
キャーーー!!
ドテ!
悲鳴の後に鈍い落下音がして、そいつは落ちた。
「いったあああああああああ」
「……ほらよ、これで出られるだろ」
腕に絡まった網だけを切って放置する。下手に手を出すと、きっとセクハラとかなんとか騒ぐに違いない。
「あーーーーーやっと自由になったーーーーー」
そいつは、網からにじり出ると、うつ伏せのままノビてしまう。
身なりはハンターでも魔導士でもなく、最下層は始りの街であるメレンブルクの商人の娘のようなナリをしている。
栗色の髪は魔女の箒のようにザンバラだが、乱れたザンバラの間からのぞく横顔はけっこう可愛い。
しかし見かけの可愛さというものはゲームの中では当てにならない。なんせプレイヤーが作ったアバターだ、容貌や年齢はおろか性別だって当てにならない。去年ミスコンでグランプリを獲ったのは大阪のオッサンだったしな。
「なあ、あんた……」
そこまで言って言葉が継げなかった。
そいつの頭の上には、プレイヤーだったら誰でも表示されているIDバーが見当たらなかったのだ。