イスカ 真説邪気眼電波伝・02
「堕天使イスカ」
四メートルも落ちると佐伯さんはコンクリートに激突し、真下にした頭はザクロのように破裂してしまう!
その無残さを自覚しているのか佐伯さんの両眼は閉じている。ひょっとしたら気絶しているのかもしれない。
髪は後ろにたなびいて形のいいオデコが露出している。
オデコが露出すると、ちょっと子どもっぽく、整った顔と相まって、いつもの美少女顔よりは可愛いというイメージになる。
眉間に力が入って眉が緩い逆さへの字になって苦悶の表情、まつ毛の端には光るものが……たぶん泣いている。
そんな佐伯さんを美しいと思ってしまう。
佐伯さんの顔をこんなにマジマジと見たことは無い。
こんなに観察ができるのは、佐伯さんが空中で静止しているからだ。
佐伯さんだけじゃない、見える限りの世界が静止している。動いているのは、ゆっくりと佐伯さんに手を伸ばしながら近づいている西田さん……そして、それを見ているオレだけだ。
なぜ、オレには見えている? というよりは見えていることがヤバい気がして静止しているふりをする。
距離はほんの五メートルほどだけど、二人の死角になっているので気づかれることはないだろう。
コーラスの指揮をするように西田さんの手が動くと、佐伯さんはゆっくり降りてきて、背の高さほどになるとクルリンと回って静かに足から着地した。
「わ、わたし……」
「不本意かもしれないけど、目の前で死なれるのヤダから助けたの……」
「……西田さんが?」
「われは堕天使イスカ。この時空の堕天使たちの束ねにして暗黒魔王サタンの娘。故あって、この地上にあれども、そは時が満つるまで。この学校には結界が張ってある。結界の内を血で穢されては綻びとなる。そのために助けたの、もう馬鹿な真似はしないで……だめか、文化祭の芝居に行き詰まっているのね。下らないことだけど、このために人の心が歪むのは見過ごせない……心の歪は結界の障りになる……」
サタンの娘? それならビーデルじゃないか。オタクのオレはドラゴンボールのビーデルを思い出した。
いや、あれはサタンではなくミスターサタン……だったよな。
「わたしが特別に教示してやろう。よいか、いや、いい……」
そう言うと、西田さんは体を七三に構え、右手を……なんと言うか遠くを見る時に手で庇を作るように、いや、それよりやや高く右手を構え、左手を胸の高さにして右手の肘あたりに添える。そうそう『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の黒猫というか、『ラブライブ!サンシャイン!!』のヨハネこと津島善子の邪気眼決めポーズをとる。
「われはクィーンオブナイトメア、みだりに我が名を口にするものは、堕天使の電撃に触れて、ただの一つしかない命を落とすであろう。さもなくば、我が名をあがめ恐怖とともに讃えよ、さすれば雨後の蚊柱のごときそなたたちにも堕天使の天啓が下りるやもしれぬぞ、さあ、諸手を挙げ天の奥つ城にこそあれかしと我が名を讃えるのだ!」
「す、すごい! 本当の堕天使みたい!」
佐伯さんが感極まって拍手する。ついさっきまで思い詰めて飛び降り自殺をやった人間とは思えない。ま、たしかに西田さんの決めポーズと決め台詞は真に迫っている。
「みたいじゃなくて本物の堕天使よ。さ、やってみて」
「は、はい……」
見本を示したのが本物の堕天使なので、佐伯さんは三回目にはすっかりマスターしてしまった。
オレは見とれてしまったが、この状況はおかしい、説明がつかない、有りえない!
だが、俺が催眠術にかかっていたり、知らぬ間に超高性能なVR体験をしているのでなければ、堕天使系ファンタジーが実際に起ころうとしているんだ。ますます目が離せないぞ、これは。
「それでは時の流れを呼び戻すことにするは、時が戻れば、あなたが自殺しかけたことは無かったことになる。あなたも、いま静止している者たちも、その記憶は忘れてしまう。いま会得した決めポーズと台詞は残るから……では、わたしが校門を出たところで全てが戻る。それじゃ」
「あ、ありがとう西田さん!」
西田さんが振り返らないまま校門を出ると、バグが回復したように喧騒が戻ってきて、再び学校は動き始めた。
「あ、えと……そうだ、先生と門田くんに見てもらわなきゃ!」
西田さんは小気味よく回れ右をして校舎の中に戻っていった。
で、俺の記憶は消えていないんだけど……いいのかよ!?