大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『ちょっとした躓き・2』

2021-08-18 07:04:24 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ちょっとした躓き(つまずき)・2』 




 交番に着くと、天海祐希みたいな女性警官が机に座っていて、あたしをジロリと睨んだ。

「また、こんなの拾ってきたの?」

 なんだか、犬やネコを拾ってきたように言われて、最初から感じ悪いよ。

「児童相談所かとも思ったんですけど、あそこも手がいっぱいでしょ。それに高校の制服着てるんで、うちの担当だと判断しました」
「ほっとくというのが、正しい判断だとは思わなかった?」
「そりゃ、ほっときゃ十分もしないで、気がついたでしょうけど、それじゃ、この子は、ただちょっと躓いただけで終わっちゃいますからね」
「それで、いいのよ。あっちの世界のグータラ引き受けてちゃきりがないわよ」
「でも、あの窪みがわざわざ引っかけたんですよ。なんか意味ありげな気もして。じゃ、パトロールの途中なんで、あとお願いします」
「こら、上戸!」

 天海祐希の女性警官が立ち上がったが、上戸さんはさっさと行っちゃった……え、上戸?

「そう、上戸彩巡査。どうも、今イチね、今の若いのは」
「ほんとに上戸彩って、言うんですか……ってか、あたしなんにも聞いてませんけど」
「あんたが付けちゃったのよ。とりあえず調書とるから座って」

 座りながら気づいた、天海祐希さん似の制服がちょっとちがう。

 ネクタイがエンジだし、帽子や階級章の位置も違う。

「わたしは平成元年から、ここにいるから制服が違うの」
「あたし、なにも……」
「ああ、一からやんなきゃならないのね……邪魔くさいなあ」

 天海祐希さん似は、ボールペンで頭を掻いた。

「すみません」
「心がこもってないけど、まあいいや。ここはね、あの世とこの世の間の世界なの。昔は冥界とかいって、死にきれない人間がしばらくいる世界だったけど、いまは、あんたみたいに生きてるか死んでるか分からない奴がくるところ」
「あたし、死にかけてるんですか!?」
「そーーだよ。お愛想と、そのときの都合だけで生きてたでしょ。やることって、スマホばっかで……今の笑うとこだからね、スマホばかりとスマホバカ掛けてんの。ほら、ギャグなんだから笑う!」
「あ、アハハ……」
「で、ここは、地獄も天国も、現実の世界からも拒否されてんの。まあ、掃きだめね。放りこんどきゃ、なんとかなるだろうって、まあ、三つの世界の責任のナスクリアイでできたようなとこ……まあ、あんたは口で言っても分からないタイプだからね……」
「そんなことないです」
「あるある。ま、やっぱ、実感するところから始めようか。いったん家まで帰ってみて、少しは分かるから」
「あの、調書とかは?」
「もう出来てる。うしろ」

 振り返ると、スチール机の上でボールペンが、最後の行を書いて、わたしに向かってきた。

「ワ!」
「署名……サインよ。こればかりは自分で書かなきゃね」

 ボールペンは、あたしを促すように、空中でクイックイッとした。

「……はい、書きました」

 清水美恵と書いた、それを渡した。

「バカ、署名したらボインだろうが」
「え、ボイン!?」

 思わず、有るか無きかの胸を押さえた。天海祐希似さん似がバインダーで、机をバシーンと叩いた。下手なパーカッションよりいい音がした。

「指のハンコ」
「え、指とか切ってやるんですか?」
「バカタレ、印肉だよ。ほれ」

 円盤形の印肉が飛んできて、フタが開いた。一瞬どの指か悩んだ。

「ほんと、手やけるね。拇印って言ったら親指って決まってるだろう!」

 あたしの、ちょっとした躓きは、案外大変そうな気がしてきた……。 

 

 


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