秋物語り2018・10
『うらめしや~』
主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)
「うらめしや~」の一声が、降りてきた、冷たく張り付く手と共に……。
「「ひえ~!」」
思わず寝ぼけマナコのわたしとサキが悲鳴をあげて飛び起きた。
「いつまで寝てんのさ、昼飯いくよ!」
シホは、あれ以来品行方正で、今日みたいにわたしたちよりも早起きである。しかし、早くなった分、夕べの洗い物や洗濯をしようという殊勝なところまではいかない。
せいぜい今の「うらめしや~」である。
これは、たまたまシホが、冷たいコーラ飲んだ手で、サキを起こしたとき、サキがぶっとんで、驚いたので、それ以来、シホのマイブームになっている。もっとも、毎回コーラを飲むわけではなく、冷凍庫の保冷剤を触ってからやっている。
で、「うらめしや~」である。
これ、本当のレストランの名前なんだよね。
お隣の雨宮さんに教えてもらった。
雨宮さんには、最近ひとかたならぬお世話になっている。雨宮さんは北海道のご出身、そんでもって、わたしたちは北海道に家出してることになっている。そこで、ときどき家から来るメール対策に一肌ぬいでもらった。実際、雨宮さんちのエアコンは効きが悪く、雨宮さんは、一肌脱いだタンクトップ一枚で仕事をしている。
で、そうそう。北海道でのわたしたちの生活を創作してもらい、それを北海道のお友だちに送ってもらい、パソコンから、それぞれの家族に送ってもらっている。札幌の郊外の花屋さんでバイトしていることになっていて、それらしいシャメなんかも合成して添付するという念の入れよう。これが雨宮さんの創作意欲をかき立て、札幌のすすきののガールズバーで働く子達ということで、ラノベを書き始めている。
先日などは、お世話になっているということで、うちと、サキの家から届け物があったと、お友だちは恐縮していたそうだ。でもって、一番子ども扱いされているサキなどは、新品の下着がどっさり送られてきた。お友だちは、下着に関しては大阪に転送してくれた。
包みを開けると、手紙が一通入っていた。読んだサキの目は潤んでいた。
「どうしたの?」と聞くと、黙って手紙を見せてくれた。
――信じてます。体に気を付けて。美花へ。ひい婆ちゃん――
サキは、美花に戻ってお風呂場で、しばらく泣いていた。
で……そうそう「うらめしや~」
さっきも言ったけど、ほんとうにレストラン。雨宮さんに言われて、初めて行ったときには笑っちゃった。
味はそこそこ、値段が安い。450円で立派なランチが食べられる。なんでも、うちの通りに面して町工場がいくつかあり、そこの工員さんたちが大勢くるようになり、誰言うともなく『うらめし屋』になり、不況で工場の数が減ってからは、シャレで『うらめしや~』にしたそうである。
わたしとシホは、日替わりランチ。サキは、優柔不断に悩んだあげく、スパゲティーナポリタンセット。それぞれ、おみそ汁とキムチの付け合わせがドッチャリ付いている。
「おじさん、このキムチおいしいね」
二回目に行ったとき、サキが言った。
「ああ、カミサンが韓国出身やから、ぎょうさん作りよるんで、お客さんに出してんねん」
「あんた、ひょっとして韓国の子ぉか?」
女将さんに聞かれて、サキは素直に頷いた。
「どこの出身、本貫は?」
親しげに聞かれるので、ヘタレ八の字眉になって答えた。
「ソウルのミョンドンのあたりらしいんですけど、あたし四世だから、よく分からなくって。本名はかんべんしてください」
「うん、ええよ。みんな事情があるもんな。ウチは金海金やけどな。今は、この人といっしょになって帰化したさかい、佐々木やけどな」
「あたし金(キム)じゃないけど。でも、よろしく」
そんなこんなで仲良くなり、今日は、こんなことを聞かれた。
「あんたらSマンションの8号室やねんてな?」
「うん、三人で住んでます」
「あそこ、直樹と瞳いう夫婦が住んでたんやけどな……」
「あ、女の人が殺されたって……」
「ウチ、そんな風には思えんでな。なあ、あんた!」
「うん、瞳ちゃんいうのんは、えらい料理下手な子でな。よう二人で食べにきてくれたわ」
「たまには、直樹君が作ってたらしいけどな」
「せや、直樹君の方は、時々厨房で料理の仕方教えたった。フライ返しなんか、ごっついウマなりよって」
「それを横から、瞳ちゃんがじゃれるみたいにチャチャ入れて、ほんまに仲のええ子らやった。直樹君犯人にされて捕まってしもたけど、信じられへんでなあ」
「これこれ、その時店で撮ったシャメや」
クッタクのない、若くてオチャメなアベックが写っていた。
で、これが、この件に関しての、事の始まりになった……。