銀河太平記・091
パチパチたちのボディーは1・5倍のサイズになった。
身長140センチの中学生程度。
元のオートマ体のサイズでは、銀行のさまざまな機器を扱うには小さすぎるのだ。
機器の方をパチパチに合わせることもできないではないが、それでは、一般の汎用品が使えず不経済な上に、将来の機能拡張を考えると、パチパチの方をスケールアップしたほうが合理的だ。
それに、窓口業務をやらせると、元のオートマ体では、カウンターの上に頭が出てこず、なんとも頼りない。
完全な新造体を作るのが一番なんだけど、社長が、こう言う。
「できるだけ、元のパーツを活かしてやってくれるかなあ……そう、子どもが成長するみたいに、パーツが成長するように、太く大きくなるみたいな感じで」
「分かったわ」
多少は面白いと思って取り組んでみた。
子どもが成長するようにって感覚が素敵だと思ったしね。
骨格は、継ぎ足して、その上で太くしてやるという手間のかけよう。
特にヘッドには気を遣った。
フェイスは40個、その他の頭骨は30個に分割、その上で、大きくなった分をくっつけてやった。
ラボは食堂の隣なので、昼や夕飯のあとでは、見学者がやってくる。
遠慮のない者たちが、半ば素通しの窓から覗き込む。
元々は配給所だったラボは、半ば素通しのようなものなので、遠慮のないオッサン・オバハン・ロボットたちが、中にまで入って来る。
「ほお、パルス溶接でやるのか」
シゲさんが覗き込む。
「髭焼けてしまうわよ」
「こんな小せえの、大丈夫か?」
心配はもっともだ。パルス溶接は船(宇宙船)や戦車に使う溶接方法で、オートマ体などに使うものではない。
昔の感覚で言えば、時計の修理を電気溶接でするようなものだ。
「俺のご先祖は、パワーショベルでワインを注いだってって言うけど、それ以上だなア」
「うちのひいひい爺さんは、遺跡から戦車掘り出して復元してたけど、こんなだったぜ」
「こんなに愛情かけてもらって、ちょっとウラヤマだなあ」
ある時は、内側の骨格パーツの溶接に苦労していた。
汗が目に入って、しばしば中断。
「汗拭きます」
お岩さんが雇った給仕ロボットが汗を拭いてくれる。
「以前は、病院でオペ助手もやってましたから」
西ノ島は、人にしろロボットにしろ、様々な過去を持った者が多い。
病院勤務のロボットが西ノ島の社員食堂で給仕をするまでには、様々なドラマがあったんだろう。以前ほど秘密にすることはないけど、進んで喋ることもない。
「……ち、また失敗!」
「あ、ごめんなさい」
「あなたのせいじゃないわ。汗拭いてもらわなかったら、三十分前にはキレてた」
「あ、そうですか(^_^;)」
「なあ、グミ」
「なに!?」
わたしをグミと呼ぶのはシゲさんのお友だちの隠居。
ナバホ村で、腕のいい技師だったけど、事故で半身の自由を失って隠居暮らし。
義体に換えれば元のように動けるんだけど、あえて、それをやらないでいる。村長も「お前は隠居」と真面目腐った顔で宣言したとか。まあ、他所では許されない、あるいはあり得ないことも通ったりしている。
「そこはよお、治具そのものに角度つけるとやり易いぜ」
「治具を?」
「ああ、ピンセットとかでも、用途によって形や角度が違うだろ」
「あ!?」
「思い至ったかい?」
「それもあるけど、ご隠居、ひょっとして、むかし戦艦カワチの船体工事で……」
「え、知ってんのかい?」
「うん、天狗党にも技術畑の年寄りが居てて、話を聞いたよ」
「そうなのか、ご隠居?」
「やだぜ、むかしの事さ」
宇宙戦艦カワチの建造は難工事で、特に装甲板の取り付けが難しく、そのために工期が二度にわたって延長された。
それを、若い技師が『治具そのものに角度をつければ』と提案し、三度目の工期延長がなくなったという。
「いや、ま、参考になりゃな、アハハハ」
頭を掻いてご隠居は行ってしまった。
まあ、そんなこんなで、島のみんなも楽しみにしてくれて、三か月後。
「それでは、西ノ島の三つの銀行を担う。新生パチパチのお披露目でーす!」
今や助手になった給仕ロボットがマイクを握って、ラボ前に作られた特設ステージの幕を切って落とした。
ドーーーン パチパチパチ
予期せぬ花火まで上がって、いよいよ除幕!
不肖、加藤恵が除幕のボタンを押すと、いよいよ銀行窓口の制服を着たパチパチたちが姿を現わした。
オオオオオオオオオオオ!
食堂前広場にどよめきが起こった。
作った自分も感動した。
まるで、妖精のようだ……。
「メグミ、紹介を」
社長に促されて我に返る。
「では、パチパチたち、改めて自己紹介!」
三人のパチパチがゆっくりと目を開ける。
オオオオオオオオオオオ!
再びの歓声。
「えと、本店担当のニッパチです」
「ナバホ村支店のサンパチでござる」
「フートン担当のイッパチアルよ」
姿形は変わったが、声と言い回しは以前のままで、感動してしまっている観衆は、どう反応していいか分からない様子。
アハハハハハ パチパチパチ
社長が笑って手を叩くと、みんな、それに倣って手を叩き、パチパチたちが頬を染めると、広場は、割れんばかりの歓声に包まれた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
- 村長 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地