ライトノベルベスト
街頭で配っているポケティッシュは必ず受け取る。
正確に言うと、無視ができない。
ポケティッシュを配っているのは駅の入り口、商店街の入り口、交差点。それも人の流れを掴んだ絶妙な場所に立っている。
受け取らないようにしようとすると、かなり意図的にコースを外れなければならない。なんだか、それって露骨に避けているようで「あ、避けられた」と思われるのではないかと、つい流れのままに通って受け取ってしまう。
友達なんかは、すごく自然にスルーする。まるで、そこにティッシュを配っている人間が居ないかのように。
それも、とても非人間的な行為に思えてできない。
子どもの頃は、ポケティッシュをもらっても家に帰ってお婆ちゃんにあげると喜んでくれた。
お婆ちゃんは、家のあちこちに小箱に入れたポケティッシュを置いていて、みんなが使うものだから自然に無くなり、ボクがもらってくるのと、無くなるのが同じペースだった。
だから、なんの問題もなかった。
二年前にお婆ちゃんが亡くなってからは、そのサイクルが狂いだした。
お婆ちゃんが亡くなってからは、ボクはポケティッシュを誰にも渡さなくなった。正確には忘れてしまう。お婆ちゃんのニコニコ顔が、ボクの脳みそに「ポケティッシュを渡せ」という信号を送っていたようだ。
ボクがもらったポケティッシュは、カバンやポケットの中でグシャグシャになり、使い物にならなくなってしまう。
「もういい加減、この習慣やめたら」
お母さんは言う。
「だって……」
「だって、あんた、時々ガールズバーとかのもらってくるんだもん」
「しかたないよ、渋谷通ってりゃ、必ずいるもん」
お婆ちゃんは、こういうことは言わなかった。
で、この治らない習慣のために『男子高校生とポケティッシュ』なんてモッサリしたショートラノベを書かれるハメになってしまった。
ラノベと言えば、タイトルの頭に来るのは女子高生という普通名詞か、可愛い固有名詞に決まっている。「ボク」とか「俺の」とかはあるが、むき出しの「男子高校生」というのはあり得ない。
そんなボクが、いつものように渋谷の駅前でポケティッシュをもらったところから話が始まる。
「おまえ、またそんなものもらってんのかよ」
「なんだか、オバハンみたいでかわいいな」
「てか、それガールズバーじゃんか」
「アハハ」
そうからかって、友達三人は、ボクの先を歩き出した。
ボクは、一瞬ポケティッシュをくれた女の子に困惑した顔を向けてしまった。刹那、その子と目があってニコッと彼女が笑った……ような気がした。
後ろで、衝撃音がした。
振り返ると、友達三人が、バイクに跳ねられて転がっていた。
ボクはスマホを取りだして、救急車を呼んだ。もしポケティッシュをもらわずに、三人といっしょに歩いていたら、運動神経の鈍いボクは、真っ先に跳ねられていただろう。
警察の事情聴取も終わり、病院の廊下で、ボクは友達の治療が終わって、家の人が来るのを待っていた。
気づくと、ズボンに血が付いていた。
「あ」と思って手を見ると、左手の甲から血が流れている。事故の時、小石かバイクの小さな部品が飛んできて当たったのに気が付かなかったみたいだ。
リュックからポケティッシュを出して傷を拭おうとした。慌てていたんだろう、ティッシュの袋の反対側を開けてしまい、数枚のティッシュが、中の広告といっしょに出てしまった。我ながらドンクサイ。
取りあえず血を拭って、廊下に散らばったティッシュと広告を拾った。
――当たり――
と、広告の裏には書いてあった。
三人とも入院だったけど、家族の人が来たので、ボクは家に帰ることにした。
帰ると、お母さんが事情を聞くので、疲れていたけど、細かく説明した。
ぞんざいな説明だと、必ずあとで山ほど繰り返し説明しなければならないので、お父さんや妹、ご近所に吹聴するには十分な情報を伝えておいた。
ボクは、何事も、物事が穏やかに済む方向に気を遣う。
部屋に入ってビックリした。
女の子が一人ベッドに腰掛けている。
「お帰りなさい」
百年の付き合いのような気楽さで、その子が言った。
「ただいま……て、君は?」
「当たりって、書いてあったでしょ?」
「え、ああ、うん……」
「あたし、当たりの賞品」
「え……」
「長年ポケティッシュを大事にしていただいてありがとう。ささやかなお礼です」
そう言うと、彼女は服を脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫、部屋の外にには聞こえないようになってるわ。時間も止まってるし、気にしなくていいのよ」
そう言いながら、その子は、ほとんど裸になって、ベッドに潜り込んだ。
「あ……そういうの」
「ダメなの……?」
「あ、ごめん……」
「フフ、君ってかわいい……いい人なんだね」
「どうも……」
「じゃ、三択にしましょう。① 一晩限りの恋人。当然Hつき。② 一年限定のオトモダチ。ときどきいっしょに遊びにいくの。➂ 取りあえず、一生の知り合い。さあ、選んで」
こういうときは、ボクは、一番消極的なものを選ぶ。
「じゃ、取りあえず知り合いってことで……」
「わかったわ」
そういうと、脱いだ服をベッドの中で器用に着て、部屋を出て行った。
「じゃ、またね」
それが最後の言葉だった。
明くる日、電車の中で気分の悪くなった女子高生を助けた……というか、気分が良くなるまで付き合った。
それがきっかけで、ボクは彼女と付き合い始め、五年後には結婚することになった。
誓いの言葉を交わし、エンゲージリングをはめてやって気が付いた。
「ね、一生の知り合いよ。なにもかも知り尽くそうね」
と、彼女が言った……。