大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『制服マネキン』

2018-09-14 17:17:08 | ライトノベルベスト

ライトノベル・セレクト
『制服マネキン』
              

 

 

「お父さん、そろそろ閉めようか……」

 日の落ちかけた空を見ながら、美優が呟くように言った。

「そうだな……でも、明日は神楽坂の卒業式だろ。もう少し開けておこうや。ボタンとかスカーフとか、小物を買いにくる子がいるかもしれねえ」
「そだね、篠崎さんとこも閉店だし、神楽坂の制服扱ってるのうちだけだもんね」

 神楽坂学院は、この春から創立以来の制服を改訂する。

 新しい制服はデザインが凝っていて、街の小さな業者では採算が合わない。制服業者は、大手デパートと二十校以上の取引先を持っているY商店の二つになってしまった。
 学院創立以来、制服を手がけてきた篠崎屋は、店主が高齢なため、この二月いっぱいで店を閉めることになっている。篠崎屋から三十メートルほど離れた筋向かいの美優のテーラーSAKURAも、今日を限りに神楽坂学院の制服から撤退することになった。

 娘の美優が、早くからこういう日を見越して、制服以外のプレタポルテに比重を置くようにして、なんとか神楽坂で店を続けることができるようになってきた。

「ほんとに、美優のお陰だよ。こうやって店続けられんの」
「だよな、美優がいなけりゃ、ゲンとこみてえに店たたまなくっちゃならないとこだ」
「篠崎さんとこも、信ちゃんいればねえ……」
「もう、五年も前に死んだ人のこと言っても仕方ないでしょ」

 美優は、怒ったように言う。彼方の筋向かいの篠崎屋の看板が薄闇に滲んで、しばらく目が離せなかった。

「あ……雪……」

 そう呟くと、ホッペをこするフリをして滲んだ涙を拭った。

「お母さん、お茶……」
「あいよ、いま、お茶っ葉入れ替えるから」
 
 ホコホコとお茶をすすり終えた頃、静かに店のドアを開けて、少女が入ってきた。

「すみません、まだいいですか?」
「はい、いらっしゃい」

 その少女は、この薄ら寒いのに、神楽坂学院のジャージにマフラーをしただけの姿で立っていた。

「あのう……学校の制服、まだ置いてらっしゃいますか?」
「ええ、あるわよ。まあ、こっちおいでなさいな、冷えるでしょ。お母さん、お客さんにお茶お願い!」
「インスタントだけどココアでも入れたげようね……」
「どうも、すみません」
「スカーフか何かかな、明日卒業式でしょ?」
「一式欲しいんです」
「え、上から下まで?」
「ええ、今日自転車で転んでしまって、あちこち破けてしまって」
「縫って直せないの、明日一日のことでしょ?」
「最後だから、きちんとして卒業したいんです……お願いします」

 少女は、自分の言葉に照れて、ペコンと頭を下げた。

「すみません、へんなこだわりで……」
「いいわ、お父さん、一着残ってたわよね?」
「ああ、ちょっと待ってくれ……」
「もう処分品みたいなものだから、原価でいいわ」
「ありがとうございます……あちち」

 少女は、慈しむようにココアを飲んだが、少し熱かったようだ。

「まあ、ピッタリね。九号サイズだから、どうかと思ったんだけど」
「わたしって小柄ですから」

 はにかむ少女に美優はえも言えぬ親近感を感じた。

「サービスで、名前の刺繍させてもらうわ。苗字は?」
「あの……嘘みたいですけど、神楽坂です」

 おずおずと、少女は生徒証を見せた。確かに名前は「神楽坂幸子」となっていた。

「こりゃ、目出てえや。気持ち籠めてやらせてもらうからね」

 オヤジは、嬉しそうにミシンに向かった。

「幸子ちゃんて、なんだか、とても懐かしい感じの子ね」
「そう言われると嬉しいです。わたしって、よくタイプが古いって言われるんです。消極的で……あだ名は昭和っていうんです」
「ウフ……ごめんなさい。わたし好きよそういうの」
「どうもです」
「最後の制服の学年だけど、なにか特別なことやるの?」
「いいえ、いつも通り。正式には卒業証書授与式っていうんですけど、わたしは、卒業式って呼んで欲しいんです」
「そうだよな、世の中、名前ばっか変えちまってよ。先だって、病院で看護婦さんて呼んだら『看護師』ですって叱られちまったよ」

 ミシンを踏みながら、オヤジがぼやく。

「わたし、卒業式の歌も、へんな流行歌じゃなくて、ちゃんと仰げば尊しと蛍の光で……ヘヘ、なんて言うから、昭和って言われるんですよね」
「いいや、そりゃ大事なことだよ。さっちゃん、なかなか良いこと言うね。だいたい今時の……」
「はいはい。お父さんが演説したら、さっちゃん帰れなくなっちゃうわ」
「はは、それもそうだ……ほい、できあがり。立派な神楽坂だ!」
「ありがとうございました。はい、お代です」
「ちょうどいただきます……さっちゃん、手が荒れてるわね」
「あ……肌荒れがきついんです、わたし」
「ちょっと待ってて……はい、スキンクリーム。即効性があるから、明日は、これを塗っていけばいいわ」
「ありがとうございます……え、丸ごと頂いていいんですか」
「いい、卒業式をね!」
「はい!」

 少女は、スキップするようにドアまで行くと、振り返り、丁寧なお辞儀をして行ってしまった。

 テーラーSAKURAの親子は、ホッコリした気持ちで、神楽坂学院ご指定の店の役割を終えた。

 その夜の遅くのことだった、救急車のサイレンの音で美優は目を覚ました。父と母が、あとに続いた。

「だれか、具合が悪いんですか?」
「篠崎屋のゲンさんが、心臓発作だってさ」

 向かいの洋菓子屋のオジサンが応えた。

 美優はツッカケのまま駆けた。

 美優が駆けつけたとき、篠崎屋のゲンさんはストレッチャーごと救急車に載せられるところだった。
 救急車のドアが閉められる寸前、ちらりと神楽坂の制服を着た人影が車内に見えた。

 あの子……。

 同業のよしみで、明くる日、美優は病院にお見舞いに行った。病院は、子どもの頃からの馴染みのK病院だった。幼い頃、篠崎屋の信ちゃんといっしょにインフルエンザの注射をしにきたことがある。日頃は強がってばかりの信一が、猿のように嫌がって泣き叫んだことなどを思い出した。

 総合の待合いに、篠崎屋のオバサンがうなだれて座っていた。

「オバサン、大丈夫?」
「ああ、美優ちゃん……」
「オジサンの具合は?」
「うん。今夜が勝負だって……」
「病室は?」
「今は、あの子が見てくれているの」
「あの子?」
「ほら、マネキンの幸子……え……いま、あたし、なんて言った?」
「マネキンの……幸子って……」
「そんな、ばかな……?」

 そのときナースのオネエサンが、足早にやってきた。

「篠崎さん、大丈夫、いま峠をこえましたよ!」

 二人は、危うく走りたいのをこらえて、病室へ向かった。

「……あんた、大丈夫?」
「おじさん」

 ゲンのおじさんがゆっくり顔を向けて、笑顔で言った。

「信一のヤローが、まだ来ちゃいけねえって……で、幸子が代わりによ……幸子、幸子……」

 おじさんが目で探ったそこには、神楽坂の制服が、こなごなになった何かのカケラにまみれて落ちていた。それが、マネキンの幸子であるということに気づくのに数秒かかった。

 幸子は、篠崎屋が開業以来使っている、神楽坂学院専用の制服マネキン。お下げに、はにかんだような笑顔が可愛く、子どもの頃に信一と遊びにいくと、いつもこのマネキンと目があった。

「この子なんて名前?」

「……幸子だ」

 オヤジさんが答えたのを思い出した。最後の制服は神楽坂学院に記念に寄付し、幸子はジャージを着せていたとオバサンが教えてくれた。篠崎屋と神楽坂学院の歴史をみんな知っている。

 カケラの中に、夕べ、幸子にやったスキンクリームの小瓶が混じって、朝日に輝いていた……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・19『ニホンの桜』

2018-09-14 06:32:01 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・19
『ニホンの桜』
    


「すごい、テレビの取材まで来てる」

 連休前の大阪城公園の取材に来て、たまたま見つけたんだろう。「ナニワTV」の腕章を付けた取材チームが、熱心にカメラを向けている。
「AKRやってぇや!」
 オーディエンスから声がかかる。
「はい、リクエストありがとうございます。それではAKR47の小野寺潤で『ニホンの桜』」
 そう言って、イントロを弾き出すと、身のこなしや、表情までも、小野寺潤そっくりになっていった。

 《ニホンの桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

  あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

  それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

  空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

  ああ ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下


 引き込まれて聞いてしまった。

 気づくと、幸子の顔立ちは小野寺潤そっくりになっていた。
 そして、ナニワTVのスタッフ達が、すぐ側まできていた、
「あ、この人、あそこで唄てるサッチャンのお兄さんで佐伯太一君ですぅ!」
 優奈が、余計なことを言った。
「妹さんなんですか。すごいですね! 妹さんは、以前から、あんな歌真似やら、路上ライブをやってらっしゃったんですか?」
「え、あ、いや最近始めたんです。ボクがケイオンなもんで、門前の小僧というやつでしょう。ハハ、気まぐれなんで、飽きたら止めますよ。なんたって素人芸ですから、ギターだって……」
「いや、たいしたもんですよ。歌によって弾き方を変えてる。上手いもんですよ!」
「セリナさん、もうじき曲終わり、インタビューのチャンス!」
「ほんとだ、ちょっとすみませーん。ナニワテレビのものですが!」
 取材班はセリナという女子アナを先頭に、オーディエンスをかき分けて、幸子に寄っていった。

 俺は、こういうのは苦手なんで、そそくさと、その場を離れた。

「楽器でも見ていこうや」

 そういう口実で、無理矢理三人の仲間を京橋の楽器屋につれていった。

 優奈なんかは最初はプータレていたが、一応ケイオン。最新の楽器を見ると目が輝く。店員さんに「真田山のケイオンです」というと、付属のスタジオが空いていたので、三曲ほど演らせてもらった。加藤先輩たちがスニーカーエイジで準優勝したことが効いたようだ。四曲目を演ろうとしたら。
「すみません。予約の方がこられましたんで」
 と、追い出された。やっぱ、加藤先輩たちとはグレードが違いすぎる。

「ただいま~」
「おかえり~」

 ここまでは、いつもの通りだった。

 リビングを通って自分の部屋に行こうとすると、キッチンに人の気配がして、バニラのいい匂いがしてきた。で、お母さんは、テーブルでパソコンを打っている。

「台所……なにか作ってんの?」
「幸子が、ホットケーキ焼いてんの。幸子、お兄ちゃんの分も追加ね!」
「もう作ってる」

「幸子、ナニワテレビの取材はどうだった?」
 ホットケーキにメイプルシロップをかけながら、聞いた。
「え、なんのこと?」
「おまえ、大阪城公園で路上ライブやってただろ?」
「なに言ってんの、ずっと家にいたわよ。あ、佳子ちゃんと優ちゃんとで、公園の桜見にいったけどね。あの公園八重桜だったのね。今年はお花見できなかったから、得しちゃった」
「え……?」

 幸子の様子がおかしい……微妙に話が食い違う。

 まあ、ライブのことは親には内緒にしたかったのかもしれないが。それ以外の……とくに態度がおかしい。歪んだ笑顔や、無機質な表情をしない。「リモコン取って」とか「お兄ちゃん。短い足だけど邪魔!」など、ぞんざいではあるけれど、自然な愛嬌がある。ニュートラルじゃなくプログラムされた態度かとも思ったが、決定的と言っていい変化があった。
 風呂上がり、頭をタオルで巻いて、リビングに入ってきた幸子のパジャマの第二ボタンが外れて、形の良い胸が覗いていた。

「第二ボタン、外れてるぞ」
「ああ、見たなあ!」

 慌てて、胸を隠した幸子は、怒っていた……ごく自然な、女の子として。

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