天気のよい休日に『ディア・ジョン・C』を鳴らして、修理の845アンプを積んだ車は4号線を南に向かった。
アルテック宮殿、迫SA氏の修理ピットを目指したこの日、迫区に入るルートは四本あって、ドン・ペリニョンをJ・ボンドが嗜んでいる『007 Goldfinger』の、ゴルフ勝負のあと、熔かした金塊で組み立てた車を運転して、ヨーロッパの工場に密輸するコースと同じ雰囲気を味わうことのできる道がある。
左側に森、右側に田園風景のひろがるコースは、スメルシュが金塊を熔かす工場を隠し持つあたりさわりのないアスファルトの伸びるのどかな道に、それらしい建物もおあつらえに見え満足であるが、そのとき前方に怪しい車が停車しているな、と追い抜くと、その車は背後から突然全速で追いかけてくるのがミラーに映る。ここまで役者のそろっているコースはちょっとめずらしい。
そういえば、前回の伊達藩遠征の四号線も天気が良かったが、前方を走る大型四駆がスピードを加速したり戻したり、わりに軽快な足回りを見せて、高い位置にある運転席に濃紺のツールドフランスの格好をしたドライバーが座っている。
「あれぇ?AK氏に似ているなあ」とつぶやくと、それが聞こえたかのように運転者はソワソワはじめ、左右のバックミラーを見たり、アポロキャップに手をやったり動作が活発になった。
このように、森羅万象を想像しながら安全運連すれば、居眠り防止になるわけであるが、その前日の深夜の走行では、前方にやっと車も無くなりヨシ!このへんでエンジンに活を入れてやるかとアクセルを踏んだとたん、前方の暗闇に電光表示板が点灯しているのが見る間に大きくなって『スピードに注意』とあったのがゆきとどいている。
さて、ところで訪ねた迫SA氏は、唐の都から3年で帰郷すると、すかさずオーディオ・ルームをもう一部屋増やし、アルテック605など傑作装置を増設し新境地を見せていることが噂になっており、期待と興奮に思わず武者震いしたが、新しくタイヤをセットしてもらった快調な当方の車は、とうとう迫川の橋を渡って見慣れた建物の横に停車した。
そこに、SA氏のご母堂が盆栽の手を休めて「先程から待っていますよ」と言葉をかけてくださった。
さっそく新しい部屋に招かれて聴かされた605バックロードなど音像の佇まいはすばらしい。アルテックにしてはしっとりした奥行きを感じさせて、やっと運転のハンドルを握っていた手が解れるころ、SA氏は、言う。
「これでいいかな、としばらく聴いていたのですが、何日もすると、あの音の壁がドーッと迫ってくる大型装置がなつかしくなりまして」と申されて、次の部屋に珈琲を用意してあるというが、どうやらもう一つの部屋の方が謁見の間であったのか。
そこにはA-7を横位置に四台並べた4組のウーハーがあり、ダブルスロートのセクトラルホーンとスーパーツイータが乗っている日本海軍の空母信濃といった豪壮さを漂わせているが、カウント・ベイシー・ビッグ・バンドも、左右のセパレーションも分離する奥行きを聴かせて、見事な音像であった。
駆動しているアンプを探すと、大工さんの弁当缶サイズに2ワット出力の管を挿したようなものを示して「これです」と申されたが、思うにSA氏としては、研ぎ澄ました切れ味の全て見せるということではなく、ハラハラと空を落下してくる懐紙を、きょうはちょっと横に払って見ました、という奥床しさで、このうえどのような音が現れるか底が知れない。
そしてそのあと、思いがけない話を聞いた。
あのもう一方のアルテックの牙城、N氏の装置をSA氏は先日のこと早くも訪ねて、奥の院に鎮座している噂の轟音に全身を浴びてこられたそうである。
以前、N氏のお話では、厳美の仙境で翼を広げている怪鳥『ウエスタン16A』を聴取のため訪問されたことを申されていたので、これらのことから思うに、割拠している群雄が静かな緊迫感もひそかに随所に遠征行軍をかさねている様子だ。
アルテック宮殿、迫SA氏の修理ピットを目指したこの日、迫区に入るルートは四本あって、ドン・ペリニョンをJ・ボンドが嗜んでいる『007 Goldfinger』の、ゴルフ勝負のあと、熔かした金塊で組み立てた車を運転して、ヨーロッパの工場に密輸するコースと同じ雰囲気を味わうことのできる道がある。
左側に森、右側に田園風景のひろがるコースは、スメルシュが金塊を熔かす工場を隠し持つあたりさわりのないアスファルトの伸びるのどかな道に、それらしい建物もおあつらえに見え満足であるが、そのとき前方に怪しい車が停車しているな、と追い抜くと、その車は背後から突然全速で追いかけてくるのがミラーに映る。ここまで役者のそろっているコースはちょっとめずらしい。
そういえば、前回の伊達藩遠征の四号線も天気が良かったが、前方を走る大型四駆がスピードを加速したり戻したり、わりに軽快な足回りを見せて、高い位置にある運転席に濃紺のツールドフランスの格好をしたドライバーが座っている。
「あれぇ?AK氏に似ているなあ」とつぶやくと、それが聞こえたかのように運転者はソワソワはじめ、左右のバックミラーを見たり、アポロキャップに手をやったり動作が活発になった。
このように、森羅万象を想像しながら安全運連すれば、居眠り防止になるわけであるが、その前日の深夜の走行では、前方にやっと車も無くなりヨシ!このへんでエンジンに活を入れてやるかとアクセルを踏んだとたん、前方の暗闇に電光表示板が点灯しているのが見る間に大きくなって『スピードに注意』とあったのがゆきとどいている。
さて、ところで訪ねた迫SA氏は、唐の都から3年で帰郷すると、すかさずオーディオ・ルームをもう一部屋増やし、アルテック605など傑作装置を増設し新境地を見せていることが噂になっており、期待と興奮に思わず武者震いしたが、新しくタイヤをセットしてもらった快調な当方の車は、とうとう迫川の橋を渡って見慣れた建物の横に停車した。
そこに、SA氏のご母堂が盆栽の手を休めて「先程から待っていますよ」と言葉をかけてくださった。
さっそく新しい部屋に招かれて聴かされた605バックロードなど音像の佇まいはすばらしい。アルテックにしてはしっとりした奥行きを感じさせて、やっと運転のハンドルを握っていた手が解れるころ、SA氏は、言う。
「これでいいかな、としばらく聴いていたのですが、何日もすると、あの音の壁がドーッと迫ってくる大型装置がなつかしくなりまして」と申されて、次の部屋に珈琲を用意してあるというが、どうやらもう一つの部屋の方が謁見の間であったのか。
そこにはA-7を横位置に四台並べた4組のウーハーがあり、ダブルスロートのセクトラルホーンとスーパーツイータが乗っている日本海軍の空母信濃といった豪壮さを漂わせているが、カウント・ベイシー・ビッグ・バンドも、左右のセパレーションも分離する奥行きを聴かせて、見事な音像であった。
駆動しているアンプを探すと、大工さんの弁当缶サイズに2ワット出力の管を挿したようなものを示して「これです」と申されたが、思うにSA氏としては、研ぎ澄ました切れ味の全て見せるということではなく、ハラハラと空を落下してくる懐紙を、きょうはちょっと横に払って見ました、という奥床しさで、このうえどのような音が現れるか底が知れない。
そしてそのあと、思いがけない話を聞いた。
あのもう一方のアルテックの牙城、N氏の装置をSA氏は先日のこと早くも訪ねて、奥の院に鎮座している噂の轟音に全身を浴びてこられたそうである。
以前、N氏のお話では、厳美の仙境で翼を広げている怪鳥『ウエスタン16A』を聴取のため訪問されたことを申されていたので、これらのことから思うに、割拠している群雄が静かな緊迫感もひそかに随所に遠征行軍をかさねている様子だ。