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新東宝映画「憲兵二部作」〜「憲兵と幽霊」

2019-06-14 | 映画

ディアゴスティーニでコレクションした戦争映画のDVDの整理をしていて、
題名だけでこれはもうキワモノに違いないと確信する、二つの
「憲兵もの」を見つけました。

「憲兵とバラバラ死美人」1958年

「憲兵と幽霊」1958年

毎回言うのですが、この東宝戦争映画コレクションには、
舞台が軍隊であるというだけで絶対戦争ものじゃないよね?
というのが多々含まれており、これもその二つです。

どちらの映画も取ってつけたように戦争に突入する頃のニュースを
輪転機に字幕という安易な方法とはいえワケありげに挿入し、
出征する兵士を見送る行列のシーンなどを挟んでおりますが、
もちろんのこと戦闘シーンなど、一切出てきません。

ただ、両作品は、どちらにもそれぞれに憲兵を主人公にする意味があり、
憲兵でないとなりたたないという内容となっているので、厳密には、
軍隊ものでも戦争ものでもなく、「憲兵もの」にカテゴライズするべきだと思います。

わたしがこれを取り上げる気になったのは、どちらにもあの、

「太平洋戦争 謎の戦艦陸奥」

で「謎の陸奥副長」を演じた、当代一のマダムキラー兼流し目スター、
天知茂が登場していたからです。

彼が軍人を演じるだけで、アンビバレントな、背徳のにほひが漂うのに、
さらにそれが「憲兵」だなんて、これは期待するしかありません。(変な意味で)

しかし、意外だったのは、確かに「幽霊」では背徳の憲兵となって、
ピカレスクものの主人公という美味しい役を演じている彼が、その前年制作された

「バラバラ死美人」では、兵曹Aという端役に過ぎなかったことです。

そして主役を入れ替えるように中山昭二(のちのキリヤマ隊長)が、
嵌められて処刑される下士官を「幽霊」で、「バラバラ」では
事件を解決する有能憲兵隊長、つまり主人公を演じています。


監督が違うのに、どうしてこんなに役者がカブっているかというと、
新東宝が手持ちのスターを使い回ししていたからだと思われます。

中山昭二という俳優はどちらかというとバイプレーヤーのイメージで、
ウルトラセブンが代表作、と思っている人も多いと思いますが、実際
彼が主演を演じることができたのは新東宝時代だけだったそうです。

この頃は同等か、少し下だった天知茂の方がこの後メキメキ売れて、
結局有名になってしまいましたよね。

 

それでは、年代的に後作になりますが、「憲兵と幽霊」から参ります。

昭和16年、大東亜戦争直前の秋、(あまり筋には関係ないけど一応)
神社である憲兵の結婚式が行われました。

田沢憲兵伍長と美しい花嫁、明子を取り合って負けた波島少尉は、
宴会の席でも粘着質丸出しのジト目で高砂を凝視しております。

「絶対あいつを奪ってやる」

どういう経緯で彼が恋の鞘当てに負けたか全く描かれていないので、
観ている者には波島の異常な嫉妬の理由がイマイチよくわかりません。

しかも、新郎新婦はこんな目つきで睨まれていても無頓着です。
フラれた女にこれほどの執着があるからには、その前提として
男と喧嘩するとか女に言い寄って振られるとか、諍いのようなものが
絶対何かないとおかしいのですが、その辺は尺の関係で一切スルー。

 

この波島という男、もともと大変な秀才だったのに、父親が自殺したので、
陸軍大学に入ることができなかった、という過去があるようですが・・。

波島は、同じ料亭に呼ばれていたダンサーの紅蘭が酔客に絡まれているのを
憲兵の威光でもって助けてやります。

一眼会うなり互いに同類を認め、惹かれ会う二人。

波島、さっきとは打って変わってしおらしい表情になります。
その後も紅蘭と会う時には、彼はなぜか「善人波島」モードなのです。

映画では描かれていませんが、紅蘭は大陸生まれの日本人で、
彼女の父親も色々あって自殺しているという設定です。

早速紅蘭の出演しているナイトクラブに行ってしまう波島。
歌っている時には彼女の顔を凝視しているのに、彼女が近づいてくると

目をそらして横を向く彼の屈折した態度に、本気度が現れています(多分)

二回目の邂逅にして、ダンスをしながら、感極まった紅蘭、

「好き・・・・・・・」

これをイヤフォンで聴きながら観ていたわたし、思わず

「なんでやねん!」

と大声でツッコミを入れたら、息子にビビられました。

 

しかしここからがエグい。
波島、軍の機密書類を盗まれた部下をそそのかし、その罪を
田沢(中山昭二)に押し付けさせます。

早速、拷問で口を割らせるというお約束の展開に。

この二つの憲兵映画は、世間の思っている憲兵のイメージをそのまま
なぞり、そのパターンを踏襲しているわけですが、後半では
そんなことも語ってみたいと思います。

あらんことか、口を割らない(そりゃそうだ)田沢に自白させるため、
波島は嫁と母親をしょっ引いてきて拷問というあくどい手を。

お婆さんでなく、若妻だけをベッドのむき出しの架台に襦袢一枚で縛り付ける、
という、一部のお好きな方にはたまらないサービスシーンも盛り込んで、
エログロナンセンス路線に舵を切った新東宝の真骨頂って感じです。

高校生の時読んだ大江健三郎(その頃は何も知らなかったんです)の
「セブンティーン」という小説に、(居場所のない高校生が最後に右翼になって
心身ともに満たされるという話)クラスの陽キャ(道化ともいう)のあだ名が
「新東宝」だったという一節があったのを今にして思い出してしまいました。

 

妻と母を守るために心ならずも嘘の自白をして、速攻銃殺刑になる田沢。

今際の際に思いっきり恨み骨髄の怨嗟を吐き散らかしたため、
銃殺隊に組み入れられていた彼の双子の弟は卒倒。

しかし、人がドン引きするこんな光景を見ても、波島は
相変わらず片頬でニヤリ、ニヤリとほくそ笑むのでした。

陸軍大学に入れなかったくらいでこんな血も涙もない極悪人になる、
というのがまずあまり説得力がないんですが、そのワルぶりは冷血にとどまらず、
実はこの男、怪しげな中国人に軍機を売って小銭を稼いでおったのです。

そう、機密書類紛失は、波島が自分で盗んだものでした。

サイドビジネス犯行のの証拠隠滅のついでに恋のライバルを消す。
誰がどう見ても売国奴ですありがとうございます。

しかし父が自殺して陸大を落ちたぐらいで、こんなになるものかしら。
陸軍に入った時点ではお国に奉職しようと思ってたわけでしょ?
その国を売り飛ばすに至るというのは、なんか設定としてやりすぎな気も。

それだけではありません。

手始めに明子の言動を捏造して義母に吹き込み、彼女を自殺に追い込みます。
さらに夫を亡くした明子に会社を紹介しますが、それはおためごかしで、
会社に裏から手を回し、明子をクビにさせるのが目的。

そうやって散々弱らせておいて、ついにある夜、酒で酔い潰し、
無理やり彼女を押し倒して思いを遂げます。

空襲警報発令中にも関わらずお仕事中の波島さんをご覧ください。

こうして見ると、男前なのに卑しさが溢れ出ていて(歯並びのせいという説も)
これが演技なら凄いなあと感心してしまいます。

その後、散々彼女を弄んだ波島は、半年後にはすっかり飽きて、

「手切れ金だ」

「わたしをあんな酷い目に遭わせて・・・なんということを。
それにわたし、子供ができちゃったの」

「一体誰の子だ」

「誰の子ですって?」

「酔えばすぐに体を任す女、手切れ金をもらうだけでもできすぎじゃないか」

イヤフォンで聴きながら観ていたわたし、思わずここで

「#はああああ?」

と叫んで、息子に「さっきから何観てるの」と不審がられました。

波島から軍機密を買っている怪しげな中国人スパイ、張。
実はこの張さんの愛人が、偶然あの紅蘭でした。

イッツアスモールワールド。

張のアジトでバッタリ紅蘭に出会い、驚愕する波島。

愛人紅蘭がお風呂に入ったり、しどけない姿で寝っ転がったりと、
殿方へのサービスシーンもふんだんに。
戦後のバンプ女優ナンバーワンと言われた三原葉子が演じています。

惹かれあっていた二人は張の屋敷であることも忘れ思わず抱き合って、
案の定それを見ていた張は激しく嫉妬するのでした。

嫉妬する者が嫉妬される、これが本当のエンドレスシッティング(意味不明)

その後、張の存在が憲兵隊に知れ、彼を捕らえるために憲兵隊が動きます。
そこでなぜか波島の元にやってきた田沢の瓜二つの弟。

兄の銃殺の時には一兵卒だったのに、いつの間に憲兵に?
などとつっこんではいけません。

とにかく、自分の部下として同じ憲兵となって現れた田沢の存在に
波島は動揺を隠せません。

自分が死に追いやった男と同じ顔がいつも近くにあるっていうのも
一般的にいやなものだろうと思います。

弟を見るたびに田沢の最後の形相が思い浮かび、波島は自分にも
良心のかけららしきものがあったことを思い知るのでした。

 

張を捕まえる命令を受けた波島は、情報を流し、張が寄越した身代わりを捕まえます。
それが張ではなく王という男であることを証明するために
田沢の弟が連れてきた看護師は、自分が手篭めにした明子だったのです。

イッツアスモールワールドアゲイン。

主婦をやっていたと思ったら会社に就職するなりタイピストになってるし、
いつの間にか看護師の資格を取っている明子さん超有能。

男が張ではなく王であることを証言するついでに、柳眉を逆立て、

「この人(波島)の悪人ぶりならいつでも証言して差し上げますわ!」

と言い放つ明子。
動揺する波島。怪しむ田沢弟。
というわけで、この証言がきっかけで憲兵隊が波島の身元を洗ったところ、
出てくるわ出てくるわ真っ黒な証拠が。

万事休すの波島、紅蘭を連れて逃げようとしますが、嫉妬に狂った張に
彼女を撃ち殺されてしまいました。

そのままなぜか墓場に迷い込んでしまった波島を迎えたのは、
その辺に放置されている骸骨で、眼から蛇がこんにちはしています。

その後は、貼り付けにされた田沢とか、棺が開いたら、中から
水浸しで現れる行きがかり上殺した部下Aとか、自殺した田沢の母親とかが、
スリラーのMV並みに出てきて、これが本当の「憲兵と幽霊」状態。

実際のことなのか、波島の良心が作り出した幻想かはわかりませんが、
次々と現れる幽霊から逃げ惑い、怯える波島。

やっぱり悪いことしたらそれ相応の報いがあるよってことかな。

それにしても、この墓場でのシーンの天知茂が美しい。
流し目をしているときより、恐怖に目を見開いている表情、
苦痛の表情が実に似合う彼の美貌に見惚れてしまいました。

つくづく幸福より不幸、善より背徳が似合う男優だったんだなあ。

そしてついにお縄になる波島。
諦めたような(´・ω・`)ショボーンとした表情もまたいとおかし。

最後はいきなり女性コーラスメインの爽やか系な音楽鳴り響き、
田沢の未亡人と田沢弟がこれからどうにかなりそうな展開を示唆して、
映画は終わります。


さて、続いて「憲兵とバラバラ死美人」という映画についてですが、
本編説明に入る前に、この映画の元になった実際の事件について少し
お話ししておきたいと思います。

題名だけでどんな事件かほぼ全容がわかってしまわれるでしょうが、
あえて説明すると、映画のストーリーでは

「金持ちの娘と結婚したい軍人が、妊娠したそれまでの女を殺し、
バラバラにしてその遺体を捨てた」

という事件となっています。

この映画のベースになったのは、

小坂慶助著「のたうつ憲兵ー首なし胴体捜査64日ー」

という、実在の殺人事件を基に書かれた小説でした。
当時世間を震撼させたその殺人事件とは、次のようなものです。

昭和13年1月23日、仙台の第二師団歩兵第四連隊営庭の炊事用井戸で
性別不明の腐乱死体が発見された。

急報を受けた仙台憲兵分隊長少佐が屍体を引き揚げて検証したところ、
それは頭部、両腕、両膝から下が切断された妊娠中の女性の死体とわかる。

仙台憲兵分隊では捜査班を作り、全容解明に向け捜査を開始。
頭部と両脚の捜索を行ったが、発見には至らなかった。

その後、検事正ら検事局が介入してきたのを、憲兵側は統帥権干犯として拒否。
(このことも映画には盛り込まれている)

そのため、憲兵隊は面目にかけても犯人を挙げなければならなくなった。

本格的な営内調査で、聞き込みはもちろん、出入り商人や除隊者、
営内に立ち入った面会人などあらゆる線の捜査が行われたが、
手がかりは全くつかめず、捜査は行き詰まった。

動揺した憲兵隊は祈祷師に占いまでしてもらうという動揺ぶりを見せる。

そのうち、連隊近くの家で女中をしていた23歳の女性が行方不明であること、
彼女が歩兵第四連隊の衛生軍曹に子供ができたので認知せよと迫ったことがわかる。

そこで憲兵隊は佐藤衛生軍曹が以前勤めていた病院の井戸を捜索した。
すると、中から頭蓋骨を始め切断された各部が発見された。

 

歯科医の治療記録から本人確認をし、佐藤軍曹の身柄を確保。
佐藤は護送中に列車から飛び降りて脱走を図るが負傷して捕まり、
半年後の裁判では殺人及び死体遺棄によって懲役7年の刑に処された。

 

次回、小説と映画の相違についてもお話していこうと思います。

 

続く。