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「掃海艇の戦場」〜日向灘・掃海隊訓練

2015-12-22 | 自衛隊

補足です。
「黒い球」についてメールで教えていただいたので、このことを少し。



掃海作業に従事する船舶は、海上衝突予防法第27条第6項に規定する灯火、
または形象物を掲げなければなりません。

これはこの法律にある「球形の形象物」で、黒球と呼ばれます。

旗旒による国際信号とともに、この形象物を高いところに1個、
その下の左右に1個ずつ、計3個掲げられていたはずだということです。

日本においては海上衝突予防法という国内法で規定されていますが、
これは1972年の海上における衝突予防に関する条約(COLREGS)に準拠 した、
万国共通な信号です。

http://www.mar.ist.utl.pt/mventura/Projecto-Navios-I/IMO-Conventions%20%28copies%29/COLREG-1972.pdf

一般の船乗りが取得する海技士(昔の航海士)の資格、及び

海上自衛隊の船乗りがとる海技資格(運航1級~4級)、あるいは小型船舶操縦士、
いずれ の資格試験にも出るごく基本的な信号であり、
船乗りなら「漁船のおっちゃんでもわかる」信号だそうです。

http://www.mlit.go.jp/jmat/monoshiri/houki/yobouhou/yobouho27.htm

この信号を掲げている船は、操縦性能制限船であり、かつ掃海具や機雷処分具を

海中に投入している船であることがわかります。
つまり、自由に運動できる船は、運動性能に制限された状態にある船の運動を
妨げないように航行することが義務付けられているのです。

ということでした。 




さて。

「今何をするか考えます」


あまりの波のうねりに、予定されていた掃海母艦への移乗が中止になり、
いきなりすることがなくなった我々一行に向かって、掃海隊司令は
頼もしくもこのようにきっぱりと言い切りました。

そして、とりあえず全員を士官室に案内し、すかさず室内のモニターで
掃海隊に関するビデオを放映するという気の利かせぶり。
さすがはこういうことに慣れている海上自衛隊です。

陸空もそれなりにそうでしょうが、海を相手にする海自は
予定が自然任せで予定通りにいかないことを知っています。
従って、このようなことが起こった時にはすぐさま責任者である司令が
すべての段取りを考え、それに従って部屋に案内したり、各部に連絡したりが
遺漏なく行われるのでした。

「とりあえず食事を用意させるように言っています」

とこれも頼もしいお言葉。
ちょうど昼時で、予定通りであれば「うらが」に移ってすぐ、わたしたちは
おそらく昨夜「ぶんご」で見学した「偉い人用の部屋」で、
カレーライスをご馳走になっていたはずだったのです。

この日は金曜ではなかったのでカレーが出されるというのはもしかしたら
噂だったのかもしれませんが、海自のおもてなしはカレーである、
という世間の認識と我々の期待はきっと裏切られることはなかったと
わたしは今でもそう信じているのです。(おおげさだな)

「えのしま」の艇員がお昼ご飯を食べている間、司令は士官室の我々に
中の案内をすることをまず決定しました。

「ご興味のある人はどうぞ」

という言い方で、決して参加強制ではありませんよ、という感じ。
わたしはもちろん、部屋を出て行く司令に真っ先に従いましたが、
よく知っているのかそれとも取材には直接関係ないからか、
部屋に残ったりする人たちも何人か(というか結構)いました。

その時に「勝手にいろんなところに行かないでください」とみんなは
釘を刺されていましたが、掃海艇は狭い上、特に後甲板には
掃海具がぎっしりと搭載されていますから当然の注意です。



外に出た司令が真っ先に案内したのが「えのしまくん」でした。
先ほど、立派にお仕事をして帰ってきたばかりです。
すっかり乾いているようでしたが、よくよく見ると少し濡れた後がありました。


「先ほど訓練に使用した水中航走式機雷掃討具S-10です」



えのしまくんが艦橋に送っていた映像が、白黒の小さなモニターで分かりにくかった、
ということを書きましたが、えのしまくんがいかにソーナーを搭載し、
自分で機雷を探してくれるといっても、アプローチを行うのは人間です。
その手がかりになるのが、ソーナーの探信画像とあのカメラ画像だけであり、
えのしまくんを海に放り込みさえすれば、何もかもやってくれるわけではないのです。





司令がこういうと、驚いたことに同行の記者がこう言いました。

「そうとうってどう書くんですか」

まあわたしだって、ヘローキャスティングのヘローのスペルはなんですか、
とは聞きましたが、掃討くらい常識でわからないもんですかね。
というか、さっきの説明で君は先生の話をちゃんと聞いていたかい?



掃海と掃討の違い、というのは一言で「機雷を爆破するか無効化するか」でしょう。

掃討は掃海隊の主流といってもよく、最先端の技術が投入されています。
機雷も進化し、ステルス性が増していくのといたちごっこのように
掃討の方法もまた進化していくわけです。

また、できるだけ無人化を図り、人員の損傷の可能性を減らす方向にあります。




「この下には爆雷を吊り下げることができます」

ちなみに、S-10の事後事業評価では、「使用前・使用後」の評価として
次のようなことが挙げられています。

【達成された効果】

本開発において、下記の技術を確立したことにより、機雷の捜索・探知・処分等を
効率的に実施し得る水中航走式機雷掃討具の装備化が可能となった。

ア 探知領域拡大技術
  ソーナーの高性能化により、機雷の探知領域を拡大することが可能となった。

イ 誘導制御技術
  海中において水中航走体を、目標機雷へ自動誘導することが可能となった。

ウ 追従制御技術
  水中航走体の位置を監視することにより、
  水中航走体と母艇との距離を一定に保つことが可能となった。

エ 低雑音化等
  水中航走体の音響的、磁気的な雑音発生の低減により、
  高性能な機雷への接近が可能となった。

ちなみに製作したのは三菱重工ですが、三菱のHPには機能についての説明は
いっさいありません。なぜだろう(棒)



「この目は、自分たちでシールを貼ってつけたんですよ。
掃海艇の隊員はこういった道具に大変愛着を持っています」



えのしまくん海中に放流の過程をずっと見ていたわけですが、同時にわたしは

「うらが」との間にラッタルすら掛けられなかったあの動揺を見ました。
つまり、掃討具を投入&回収するときにも、あの時のような動揺が襲えば、
この高額な(幾らか忘れたけど)機械は艦体に激突して破損する可能性もあるのです。

掃海隊員は、チームワークと日頃から訓練で培った技術とで困難な作業の事故を未然に防ぎます。




これは、S-10のあるところから艦首側の艦橋の側壁にあたるところですが、
ここには魚雷を引き出すためのハッチが取り付けられています。
安全守則には「火薬庫」と表示されており、

「温度は5℃から38℃の間、湿度は80%以下に保て。」

「対潜弾を格納する時には信管を外せ。」

「庫内には二人以上で入れ。」

など、ものものしい文言が書かれています。
湿度が80%以下、というのは湿気てしまうんでしょうかね。

二人以上で入るのは、何かあった時に知らせに行く係が必要?



引き出された爆雷などは、天井から下がったクレーンで降ろされます。



後ろ甲板には爆雷を移動するためのレールが床に張り巡らされています。



掃海艇によって曳航され、ダミーの艦体を知覚させることによって
機雷を爆発させる感応掃海を行うための磁気掃海電線。
右の部分はフロートになっていますね。



これらのコードを巻き上げるための電源スイッチ。
大きなプランジャーみたいなのが「巻き上げ」で、右下は速度の調整用。



掃海艇とは「索を操る船」であることが実感出来るこの光景。
いまだに船の上でこれだけのロープを扱っている「軍艦」はおそらく掃海艇だけでしょう。
まるで帆船時代の船のように、膨大な量の索をさばき、重量物を扱う。
同じ海自の航空畑の自衛官をして、

「すべての船の中で掃海艇が一番過酷だと思った」

と言わしめるだけの荒々しい現場がそこにはあります。
ある掃海関係者は奇しくもこう言いました。

「掃海艇の戦場は後甲板です」

クレーンとウィンチで機雷を運用し掃海具を海に投入する、これ即ち、
掃海艇にとっては護衛艦のミサイルや魚雷を扱うのに相当する「戦闘」なのです。



左に先ほど「えのしまくん」S-10を操作したクレーンがありますが、
このクレーンはS-10のみならず、たとえばこの小型経維掃海具の浮標(フロート)を
海中に投入する時にも活躍するに違いありません。

なんども説明していますが、この経維掃海具は、
フロートをつけた索を掃海艇が曳航し、 機雷の上を通過します。




フロートで浮かせ、デプレッサー(沈降器)で断面図のように
索を沈めつつ前進することで、カッターの部分が海底に錘で固定され、
海中に浮遊している機雷の糸を切り離すようになっています。

前にも言いましたが、掃海艇そのものが「掃海具」の動力なんですね。



感応掃海具1型音響掃海具発音体

従来の磁気掃海具と音響掃海具の機能を統合したお得な2ウェイ掃海具で、
2008年導入され、「えのしま」型以外には「ひらしま」型が、
そして先日進水式を行った「あわじ」型掃海艦にも搭載される予定です。



機雷がこんな無造作にこんなところに〜〜!

と思ったら、やはりこれは訓練用の機雷だそうです。

「イタリア製です」

と司令がおっしゃるので

「マンタ式ですか」

と尋ねるとビンゴでした。
ってか、わたしイタリア製の機雷なんてこれしか知らないんですけどね。

マンタ式は浅瀬に設置する機雷で、水陸両用車や小型潜水艇を狙います。
この独特な形はステルス製があるといわれており、本物は緑いろ。
これは訓練用なので目立たせるようなオレンジ色に塗装してあるんですね。

ペルシャ湾への国際派遣で行われた掃海は、海上自衛隊にとって、
得難い実戦となりましたが、特にこのマンタ魚雷との戦いは、
当時の掃海艇では大変な困難となったため、このときの経験を生かして、
新しく外国の機雷掃討・掃海装備を導入した掃海艇「すがしま型」が建造されました

それ以降海上自衛隊では、MANTAの訓練型を導入して、機雷処分訓練を行っているのです。



続く。