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No579木村威夫美術監督追悼上映~色、形の変化を楽しむ~

神戸映画資料館での
敬愛する映画評論家、山根貞男さんによる映画連続講座〈新編:活劇の行方〉3回目。
今年3月21日に91歳で逝去された木村威夫美術監督の特集。

鈴木清順監督を中心に
木村威夫さんの作品の一場面を上映。
実際の美術がどうなのかを画面で観ながらの講座で
とてもおもしろかった。
今まで清順監督の映画のおもしろさがわかるようで、
いま一つわからなかったのが
なんとなくヒントをもらったような気がした。

鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01年)の時に
山根さんが現場取材に行ったら、
傾いた柱を使った舞台セットで撮影していて、
シーンによって、その柱の傾きの角度を変えていた。
山根さんは「傾きを変えるなんて、どういうわけ?」みたいなことを
思わずもらしたところ
近くにいた清順監督も「変ですよねえ」と笑って言われたとか。
清順監督自身も、木村美術監督の美術を楽しんでいたのではないか。

240本の映画の美術を担当した木村さん。
今回の講座のタイトルは「幻想とリアリズム」
木村さんの作品のうち、
幻想的なのでは、鈴木清順監督、
リアリズムでは黒木和雄監督、熊井啓監督などなど。

以下、作品の経歴を簡単に。
木村威夫美術監督は、
そもそもリアリズムから出発しており、
豊田四郎監督の『雁』(53年)では、撮影所のスタジオを3つ貫いて
東京の無縁坂、岩崎邸から不忍池までをつくり、
霧に煙る中、無縁坂の途中に住んでいるお妾さんの
東大生への淡い思慕を描いた。

大映から日活へと移り
裕次郎の『赤い波止場』なんかは、
神戸に裕次郎がいるだけで十分の映画で、
セットは凝らないほうがいいとのこと。

『紅の拳銃』の赤木圭一郎の無国籍アクションでは
庭の柱を工夫して銃撃戦の舞台にしたり
キャバレーセットも当時の日活映画は皆同じセットを使っていたから、
ちょっとだけおもしろいことをして、工夫してみたり。

鈴木清順監督との初コンビが『悪太郎』(63年)で
玄関で雨宿りする男子学生を、家の中に呼び寄せる女子学生。
玄関から建物までの庭には、むんむんするように草が生い茂っていて
単純にリアリズムだけではなく、何か幻想的な感じがある。

『関東無宿』から美術のボルテージがどんどん上がっていって、
荒唐無稽の花が咲くようになる。
美術のありよう自体が、観客をどきどきさせる活劇となっていった。

『花と怒涛』の易者のシーンでも
リアルでなく、いかにもセットっぽくみえるが、逆にそれが効果的。

当時は、日活も資金に余裕があり、
なんでも撮影所の中につくっちゃえばいいということで
『肉体の門』では、撮影所内にオープンセットをつくり
戦後の大勢の人が行きかう路地をつくったが、
遠景で、スタジオの建物の丸屋根が映画の中に映っていた!
けど誰も気にしていない。

『河内カルメン』(66年)では
田舎の庭のブリキ缶のお風呂に女主人公が入ってたりして、
リアリズムの中に虚構のにおいをかもし出す。

『東京流れ者』では、
清順監督と木村さんの呼吸がぴったり合い、
歯の浮くようなくさいセリフも
虚構の世界だからこそいえるわけで、
荒唐無稽な木村さんの舞台美術の中でなら。

ストーリーラインで映画を観るのはもちろんだが、
色や形の転変を観るというのも映画のおもしろさ。

幻想とリアリズムは相反するようにみえて
実はくっついているのではないか。
だから、リアルな幻想、
幻想的リアリズムというふうな言葉を使ったりする。

最後に紹介されたのは『紅の流れ星』で、
『赤い波止場』のリメイク。ちょっと観たくなりました。

同時に上映されていた『ツィゴイネルワイゼン』はロケセットばかりで
愛知県犬山の明治村に移転される前の
稲ケ崎の有島郁馬邸を舞台に使っている。
鎌倉の切通しもつかい、土地の空気と映画の雰囲気がマッチ。
とはいえ、私自身は、あまりの長さにちょっと中盤寝てしまい、
すみませんでした。

『黄金花(おうごんか) ―秘すれば花、死すれば蝶』は、
特に後半、
こんな舞台美術の中に役者を置いてみたいという意のままに、
木村さんの美術のエネルギーが開花。
なんだかパワフルな作品でした。

以上、簡単なメモとおぼろげな記憶を基にした拙い紹介ですみません。
私見も入ってますので、どうぞご容赦ください。
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