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No1161-1『按摩と女』~山あいの温泉町で按摩さんのほのかな恋路~

落ち込んだ時は、清水宏について語ろう。
2月の特集上映で、紹介しきれていなかった
最後の作品は、
清水宏監督の作品の中でも特に有名で
私の大好きな『按摩と女』1938年です。

わずか66分というのに、
按摩さんだけでなく、
温泉町に現れた
いわくありげの美人(高峰三枝子)の人生の重みまで
感じさせてしまう。
この豊かさはなんということでしょう。
映画という名の“至福の温泉”に浸かったような気持ちになる。

冒頭、按摩さんが二人登場する。
徳大寺伸と日守新一。
二人は、健脚で、今日は街道筋を歩いて
何人追い抜いたかという話を
楽しそうにしている。

二人を、馬車が追い抜いていく。
「東京の女の匂いがするね」
徳大寺演じる徳さんが言う。
恋の始まり……。

徳さんは、女に按摩に呼ばれる。
呼ばれたから宿まで行ったのに、
女はいない。
でも、途中の道すがら、女とすれちがったような気がする。

それが、写真にある、
山あいの温泉場の道の真ん中にたたずむ高峰三枝子をとらえた、
にじんだようなショット。

馬車が走り、浴衣姿で行きかう、小さな温泉町。
川のせせらぎを聞き、切ない出会いと別れに酔う。

徳さんが惚れた女(高峰三枝子)は
甥っ子を連れて、温泉にやってきた、
独身の青年、佐分利信とも、仲良くなる。

佐分利が浸かっている朝湯が気持ちよさそう!
光のさしこみ具合や、湯気の感じといい、行ってみたくなる。

わけありの感じの佐分利と高峰とが、
たわいない世間話をしている雰囲気もいい。
近づけそうで、近づけない微妙な距離感が伝わり、
見事な演技、演出。

高峰に気をひかれて、甥っ子の少年も気に入っているのをいいことに、
滞在を一日延ばしにしていた佐分利が、
とうとう宿を立つ決心をし、荷物もまとめて、宿を出る。
甥っ子に向かって、
「坊主、お前だけ、おばさんに挨拶をしておいで」と言って、
自分は、高峰とは会わずに、黙って町を立とうとする。
さりげなく言って、
甥っ子が戻るまで、ぼーっと待とうするときの佐分利の雰囲気、表情がとても好きだ。

高峰に、ほのかに想いを残しながらも、
縁がないと諦め、町を去ろうと
自分で自分をさとしているかのような、曖昧な表情。
そうして、二人は、離れ離れになっていく。

佐分利と甥っ子が乗った馬車が遠ざかり、
見送る高峰の表情は、どこか切ない。

ラストでは、
徳さんが、高峰が乗った馬車を見送ることになる。

人物が背負っている謎。
どういう境遇で、どういう人なのか、
よくわからなくても、描かれなくても、
たたずまいから、そのひととなりが、伝わり、
ひきよせられる。 

温泉町の川のせせらぎの音や、朝湯の湯気を思い出しながら、
眠りにつこう。

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コメント
 
 
 
至福の湯 (PineWood)
2016-05-13 06:48:32
昔、イングマール・ベルイマン監督の(野苺)という名篇を観た事があったが、それは冒頭の悪夢のシーンとか老教授の思い出噺と受賞式出席迄のロードムービーなのだが…。清水宏監督の本編を観ていると至福な時間に浸れて心の湯に疲れを癒されるー。其れは詩情溢れる北欧の映画を観た時の想いと重なる…。世界の映画評価は、今、小津安二郎監督作品に注目に目が集まっているが、この盟友・清水宏監督の水準の高さは比類が無い…。清水宏監督作品は、いい意味で映画の教科書であり、映画の学校なのかも知れませんね。ラストシーンの傘をさす高峰三枝子嬢が今回のシネマベーラ渋谷上映会のチラシのカバー♪
 
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