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No897『人生はビギナーズ』~飲み込めない、悲しみのかけら~

38歳、独身のオリヴァーは不器用できまじめで、繊細な青年。
かつて味わった悲しみの記憶のかけらがいつまでも心につきささって、飲みこめないままでいる。
相思相愛の恋人に出会ったのに、自信を持てず、不安を感じ、自ら別れを言い出してしまう。別に愛がなくなったわけでもなく、強く想っているというのに…。
孤独を抱え込み、あと一歩を踏み出せずにいるオリヴァーを演じるユアン・マクレガーの憂愁をおびた表情が心に残る。

オリヴァーの抱える哀しみが、アートディレクターとして描いた作品の似顔絵の表情にあらわれる。
画用紙にマジックで描いていく線が、そのままオリヴァーの哀しみの軌跡として伸びていくように思え、切なくてしかたがなかった。

オリヴァーの父親は、妻の死後、自らゲイであると告白し、癌で亡くなるまでの数年の人生を謳歌した。
映画は、父が亡くなったところから始まり、現在と、父がカミングアウトしてからの生きざまと、ユアンが少年の頃に見ていた両親の姿と、3つの時制を巧みに交錯させて進んでいく。
現在の自分は、いやおうなく過去の記憶から影響を受ける。でも、最後の一歩を踏み出せるかどうかは、今の自分自身の決断しだい。
父に突然告白されたショックと戸惑い、寂しげにみえた母の記憶をオリヴァーは乗り越えられるだろうか。

メラニー・ロラン演じる恋人もどこか寂しさを感じさせ、すれちがいながらも、二人の波長がぴったり合っている姿がすてきだ。
オリヴァーが、まるで自問自答するかのように、話し相手のテリア犬と見つめあい、言葉を交わすシーンもいい。

切なく、悲しく、寂しく…、でも、温かい。
こんな映画を観に劇場へ足を運ぶ映画ファンは、どこか悲しさを求めて来ているような気がした。
寂しい気持ち、悲しい気持ちは一言では言い表せない。そういう受け容れ難い感情をスクリーンの向こうに見つけに来ている…。
まるで、蛍が水に寄って来るように。
映画ファンにロマンチストが多いのもそういうわけかもしれない。

ちらしは黄色と派手な色遣いだが、しんみり調の味わい深い作品で、寂しんぼうの貴方にはお薦め。

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