映画の感想をざっくばらんに、パラパラ読めるよう綴っています。最近は映画だけでなく音楽などなど、心に印象に残ったことも。
パラパラ映画手帖
No326「曲馬団のサリー」「素晴しい哉人生」~笑いの向こうの涙~
2008-01-20 / 映画
大阪の隠れざる、小さな名画上映小屋「Planet+1」(中崎町)で
D.W.グリフィス作品の後期作品、長編3本の上映がありました。
こんなすばらしい作品があったなんて、もう大発見!
1924年「素晴しい哉人生」25年「曲馬団のサリー」と
コミカルなシーンにくすくす笑いつつ、
最後は感極まって、涙ぼろぼろ。
24年「アメリカ(愛と犠牲)」の独立戦争の歴史物の迫力と、
いずれも、サイレントだというのに、いろんな音が聞こえてきそうで、
本当に豊かな世界にどっぷり浸って、幸せな3本でした。
主演女優は、キャロル・デンプスター(写真)。
リリアン・ギッシュがグリフィスの元を離れた後の数年間、
主演女優として活躍。
とってもチャーミングで、表情がくるくる変わる。
うれしいことがあった時には、抱きついて、足をばたばたしたり、
コミカルなところもあれば、しんみりする演技もあり、と、
横顔がとりわけきれいな、魅力的な女優さんです。
「曲馬団のサリー」では、
主人公サリー(キャロル・デンプスター)が
父親代わりのマッガーグル(彼女は教授と呼んでますが、サーカスのマジシャンで賭博師)を溺愛しており、
その一途ぶりが徹底していて、とっても微笑ましいです。
映画の中で、彼女が、
「POP!」(poppaの短縮語で、とうちゃん、おじさんという意味)
と彼のことを、愛を込めて、何度、呼んだことか。
マッガーグルを演じるW.C.フィールズは、
ブロードウェイの劇場のスターだそうで、
ユーモアあふれる演技は、
登場するたびに、笑わせてくれました。
最後のマッガーグルと悪党との車での追跡レースと
サリーの裁判とが、カットバックで写される場面には、
はらはらどきどき。
観客の心配もよそに、マッガーグルは道を間違えてばかりで、
気がついたら、自分を追いかけているはずの悪党が
自分の前にいて、気がつかずに、追い抜こうとしたりと、
とにかく楽しい。
段々畑を、どったんばったんしながら進む車といい、
何度でも観たいシーンにあふれています。
ラストでは、
実の祖母、祖父と名乗りあい、抱き合っているサリーを置いて、
そっと出て行く教授。
1本道を歩き去っていく後姿をじっと写すカメラ。
サリーが追いかけてくるはず‥‥、という観客の思いをよそに、
シーン変っても、まだ一人で歩いている・・。
え?ひょっとして、このまま終わってしまうのでは、と思いきや・・
小走りで飛び出してきて、
しがみつくサリーの姿に、思わず感激の涙のあめあられ。
最後はユーモアでくるみ、
本当に、見事な作品です。
「素晴しい哉人生」でも
貧しくて、食べものもない家族が、
ジャガイモとソーセージの食事にありついた時の、
大喜びで食卓を囲み、近所の人たちも呼んでの大宴会の楽しさといったら‥。
こんなふうに食べ物を味わえたら、幸せだなあと
心底思いました。
タップダンスをみせてくれるルピノ・レーンという喜劇役者の奮闘ぶりも楽しく、
月明かりに照らされた若夫婦二人の後姿のなんと美しいこと。
やはり、映画は愛だと原点に戻ったわけで、
アメリカ映画の父、グリフィスの凄さを思い知った
サイレント映画3本でした。
上映は、23日水曜までです。
みなさん、ぜひ、プラネットに駆けつけてください。
こんな名作が隠されていたなんて、大発見ですよ。
D.W.グリフィス作品の後期作品、長編3本の上映がありました。
こんなすばらしい作品があったなんて、もう大発見!
1924年「素晴しい哉人生」25年「曲馬団のサリー」と
コミカルなシーンにくすくす笑いつつ、
最後は感極まって、涙ぼろぼろ。
24年「アメリカ(愛と犠牲)」の独立戦争の歴史物の迫力と、
いずれも、サイレントだというのに、いろんな音が聞こえてきそうで、
本当に豊かな世界にどっぷり浸って、幸せな3本でした。
主演女優は、キャロル・デンプスター(写真)。
リリアン・ギッシュがグリフィスの元を離れた後の数年間、
主演女優として活躍。
とってもチャーミングで、表情がくるくる変わる。
うれしいことがあった時には、抱きついて、足をばたばたしたり、
コミカルなところもあれば、しんみりする演技もあり、と、
横顔がとりわけきれいな、魅力的な女優さんです。
「曲馬団のサリー」では、
主人公サリー(キャロル・デンプスター)が
父親代わりのマッガーグル(彼女は教授と呼んでますが、サーカスのマジシャンで賭博師)を溺愛しており、
その一途ぶりが徹底していて、とっても微笑ましいです。
映画の中で、彼女が、
「POP!」(poppaの短縮語で、とうちゃん、おじさんという意味)
と彼のことを、愛を込めて、何度、呼んだことか。
マッガーグルを演じるW.C.フィールズは、
ブロードウェイの劇場のスターだそうで、
ユーモアあふれる演技は、
登場するたびに、笑わせてくれました。
最後のマッガーグルと悪党との車での追跡レースと
サリーの裁判とが、カットバックで写される場面には、
はらはらどきどき。
観客の心配もよそに、マッガーグルは道を間違えてばかりで、
気がついたら、自分を追いかけているはずの悪党が
自分の前にいて、気がつかずに、追い抜こうとしたりと、
とにかく楽しい。
段々畑を、どったんばったんしながら進む車といい、
何度でも観たいシーンにあふれています。
ラストでは、
実の祖母、祖父と名乗りあい、抱き合っているサリーを置いて、
そっと出て行く教授。
1本道を歩き去っていく後姿をじっと写すカメラ。
サリーが追いかけてくるはず‥‥、という観客の思いをよそに、
シーン変っても、まだ一人で歩いている・・。
え?ひょっとして、このまま終わってしまうのでは、と思いきや・・
小走りで飛び出してきて、
しがみつくサリーの姿に、思わず感激の涙のあめあられ。
最後はユーモアでくるみ、
本当に、見事な作品です。
「素晴しい哉人生」でも
貧しくて、食べものもない家族が、
ジャガイモとソーセージの食事にありついた時の、
大喜びで食卓を囲み、近所の人たちも呼んでの大宴会の楽しさといったら‥。
こんなふうに食べ物を味わえたら、幸せだなあと
心底思いました。
タップダンスをみせてくれるルピノ・レーンという喜劇役者の奮闘ぶりも楽しく、
月明かりに照らされた若夫婦二人の後姿のなんと美しいこと。
やはり、映画は愛だと原点に戻ったわけで、
アメリカ映画の父、グリフィスの凄さを思い知った
サイレント映画3本でした。
上映は、23日水曜までです。
みなさん、ぜひ、プラネットに駆けつけてください。
こんな名作が隠されていたなんて、大発見ですよ。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )
« No325「再会の... | 2007年マ... » |
どうしてグリフィスのこれら後期の作品が、上映される機会が少ないのか、こんなにすばらしいし、楽しいし、もっともっと多くの人に観てほしいなあと、心底思いました。
関西では、グリフィスの映画をまとめて観る機会というものは、ほぼ絶たれていたのですが、この一大イベントによってグリフィスのかなりのことが分かって来たと思います。私達は映画のことをまるで知らない、これをこれ位教えてくれたイベントは、近年なかったものと思っています。知っているつもりでも先入観の故か、多くの事を忘れたり無視したりしてしまう、そうしたことを繰り返してしまっている、このことをグリフィスは教えてくれたのだと思います。
個人的には「キャロル・デンプスターの再評価を」という本気の想いが当初からありました。なるたきさんはじめ、多くの方がリピートして下さっていると聞きまして、嬉しく思っています。京都でなければ、本日も駆け付けたいところですが、私にかわって、どうか一人でも多くの方が彼女の映画を観て下さることを希望します。
「忘れている」ということはたまたまの事態に過ぎない。豊かな才能や技術はいつでも光の当る瞬間を待っている。彼が、彼女が、作品が、そうした豊かさを持ってさえいれば、僅かの光が当った瞬間に数百万光年先まで届く輝きを放つだろう。
「曲馬団のサリー」は思い返すたびに、うっとりします。1シーン、1シーンに思いがあふれているような気がします。
Riley警部さんのように、どうして今まで上映される機会がなかったのか?、「幻の傑作」として置いておくにはあまりにもったいない、キャロル・デンプスターという名前は、リリアン・ギッシュとともに、もっと聞かれてもいいはず、と思いました。
なんせカタカナ名に弱い私ですが、キャロルについては、忘れません。あの長い両手、両足をつかっての、コミカルな演技。とっても愛らしいです。
長いこと足を踏み入れていなかったプラネットとの縁が復活したのも、Kさんのお誘いがきっかけで、グリフィスに出会えたのもそのおかげで、本当に感謝しています。グリフィスはじめキャロルの凄さは、もっともっと、語り継いでいかないといけませんね。地球の片隅の弱小ブログですが、これからも少しずつ語っていきたいです。