日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

ルース大使の平和式典出席を、日米は次のステップにつなげよ

2010-08-06 | ニュース雑感
広島で原爆投下の8月6日に毎年開かれている平和記念式典に、アメリカのルース駐日大使が米国政府代表としてはじめて正式に出席しました。

ルース大使の主席に関しては、米国の原爆投下に対する「謝罪の言葉」があるか否かが注目をされ、今回はそれがないと分かった段階から国内各方面では謝罪すべきではないかとの声も聞かれていました。確かに戦争を早期に終結させるためとはいえ、核兵器を使用して多くの命を奪ったアメリカの過去の選択は今の時代の人類の反省に立って考えれば人道的に許されないことであることは間違いなく、被爆者やその遺族を中心とした方々が正式なアメリカ政府の謝罪を求めることは間違った行動とは言えないとは思われます。しなしながら、戦争はそれを容認し武力抗争に出た段階で勝った国も負けた国も結局は“敗戦国”であり、戦争をおこした愚かさはアメリカ、日本それぞれが対等に責めを追うべき問題でもあるのです。全ての犠牲は戦争を起こした両国に責任がある、そう考えるなら「原爆の投下」についても単にアメリカだけにその責任があるとは言えないと思えるのです。

戦争の犠牲になった方々のお気持ちは察して余りあるものの、「過去の責任を追及すること」や「過去の過ちに対する謝罪を求めること」よりも大切なことは、いつまでも人々の記憶から消し去れない不幸な過去の出来事を、当事者である日米が協力していかにして将来に活かすか、いかに「過去の過ちを二度と起こさせないか」ではないでしょうか。その点から見て今回のルース大使の式典出席は大きな前進であり、日本政府はあらゆる手だてを講じつつこれを次につなげていく努力することこそが求められるのではないかと思うのです。

日本には、広島とともに原爆の被害を受けた長崎、米軍の上陸で大量の死者を出した沖縄、日米両軍が不毛な死闘を繰り広げた硫黄島など、戦争の愚かさを今に伝える多くの“戦争の詰め跡”が存在しています。政府は国としてもっと積極的に広島や長崎が世界に平和をアピールする機会をお膳立てをするべきでしょうし、未だに自衛隊が“占拠”する硫黄島などは早急に平和利用に動くべきであると思うのですが、いかがでしょうか。そのような動きを活発化させる中で、同じ“戦争の敗戦国”であるアメリカの積極的な協力を引き出していくことが重要なのではないかと思うのです。

一般的に何事においても「問題解決」の重要なポイントは、過去の過ちの「責任追及」や「謝罪強要」ではなく、「再発防止」にこそあるべきなのです。すなわち「問題解決」に向けてすべきことは、「二度と同じ過ちを起こさせない」そのためにどうするかにつきるのです。日米は過去にもっとも愚かな戦争をした“敗戦国”として、「戦争のない世界」を実現するべく、手に手を取り合って今回のルース大使の式典出席を次のステップにつなげて欲しいと思います。

※広島の「平和記念式典」ですが、「平和」は世界にいまだに戦争や核兵器が存在する以上、「記念」すべき状況ではなく「祈念」すべき段階にあるのだと思います。その意味では、「平和記念式典」の名称よりも「平和祈念式典」とした方が世界に向けたメッセージ力も強くなるように思います。