goo blog サービス終了のお知らせ 

日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

訃報 ~ 中村とうよう氏

2011-07-22 | その他あれこれ
俳優の原田芳雄さんが亡くなられ、その死を悼む声がそこここから聞こえています。名優でしたね。若い頃のワイルドなイメージも悪くなかったですが、歳をとられてからは味わい深さが増して、本当にいい演技をみせてくれていたと思います。ここ数年、癌で闘病中とのことでしたがごくごく最近まで普通に仕事をされていたので、突然の死には本当に驚かされましたし、周囲の悲しみも一層深いものがあるようです。ご冥福をお祈り申しあげます。

突然の死と言えば、今朝の朝刊にも驚きで声が出ない訃報がひとつ。音楽評論家の中村とうよう氏の突然の死。しかも自殺と思われると・・・。ご自宅のマンション8階から飛び降りとのことでした。なぜ、どうして・・・。79歳。中村氏は音楽評論界の重鎮で、日本の洋楽評論においてはアーティストやレコード会社に決して媚びない最古参の論客であり、特に我々洋楽ファンに与えた影響の大きさと言ったら、他の追随を許さぬものがあります。新聞の扱いも訃報欄ではなく、一般記事として社によっては写真入りで報じていたことからも、その功績の大きさが分かると思います。

ミーハー色を排除した読みモノとしての音楽雑誌「ニューミュージック・マガジン(現ミュージック・マガジン)」を創刊し、長年編集長としてあらゆる音楽の是非を世に問うてきた人でありました。ボブ・ディランの初期のライナー・ノーツ解説はすべて氏のペンによるもので、音楽情報の少ない当時は紙に穴があくほど一生懸命読んで“勉強”したものです。我々世代のディランファンは、とうよう氏を通じて一層ディランに惹かれたのであり、“とうようファン”でもあったのです。長年続けた日本レコード大賞の選定委員を、「レコード会社と委員の駆け引きで決まるインチキレコ大、もう降りた!」とアッサリ辞退するなどのパフォーマンスにも、一“マガジンファン”“とうようファン”として溜飲が下がる思いでした。

それにしてもなぜ自殺だったのでしょう。音楽関係では昨年、トノバン(加藤和彦氏)、今野雄二氏と壮年性の躁鬱が原因ではないかと思われる自殺が相次ぎましたが、とうよう氏の79歳と言えばそんな年代もとうに過ぎた頃あいではなかったのでしょうか。「ミュージック・マガジン」を買う事は少なくなったものの、連載コラムの「とうようズ・トーク」は最近でもよく立ち読みをさせてもらっていました。音楽雑誌なのに、政治的なことに触れたり民族紛争の話や経済情勢先行きに至るまで、時に怒り時に嘆き、その熱さと幅広い知識や造詣の深さに感心しきりでありました(論旨への個人的な賛成、反対は都度違いましたが)。それだけに自殺の報には本当に驚き、ショックを受けました。

ライ・クーダー、ファニア・オールスターズ、ユッスンドゥール・・・等を身近な存在にしてくれたのは間違いなく氏であり、70年代には存在しなかった「ワールド・ミュージック」なる新しいジャンルを日本で確立させた功労者も、氏であったと認識しています。今野氏もそうでしたが、音楽を論ずる立場の人間が一体何に悩み何に苦しんでいたのでしょう。どんな時にも心にあかりを灯してくれる音楽の楽しさ、素晴らしさを我々に教えてくれた調本人であるだけに、なおさらその理由が分かりません。
心よりご冥福をお祈り申しあげます。

“なでしこジャパン・フィーバー”に思う…スポーツ報道の姿勢という視点から

2011-07-20 | その他あれこれ
遅ればせながら、「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝、素晴らしい快挙であったと思います。あきらめない力とか、チームワークとか、キャプテンのリーダーシップとか、監督の管理手法とか、いろいろメディアやネットでさんざん礼讃されていますので、そのあたりは他に譲ってちょっと違う視点でこの騒ぎを見てみたいと思います。

世間はなぜこんなに騒いでいるのか、日本の場合にはスポーツというものはたいていTVメディアがどう扱うか次第で決まると思います。今回は、大会前には空港見送り取材すらなかったTVメディアが突如大騒ぎをして盛り上げてくれました。なぜTVメディアはこんなに大騒ぎをしているのか、それは当然視聴率が稼げるネタと判断したからでしょう。少し前までは女子スポーツに対しては偏見があって、男子に劣るとか技がイマイチだとかで例えワールドカップでもまともに相手にされなかったように思います。もともとこの国の根底には男尊女卑が根強くあって、「どうあがいたって男子には勝てないんだし、女子スポーツは価値が低い」と見られていたのではないかと個人的には思っています。

ボクシングや柔道など階級分けがあるスポーツでは体重の重いほうが絶対的に強い訳ですが、だからと言って軽い体重の階級を軽んじて「見る価値ないよ」とは大抵の人は言わないものです。すなわち、スポーツ観戦における体重差別はもともと存在しないのですが、なぜか「所詮女子」という性差別は歴然と存在したのです。サッカーのような女子競技の歴史が男子に比べて圧倒的に浅いスポーツではなおさらでした。しかし今回はメディアがこぞって男子並みの盛り上げで扱ってくれました。「FIFAワールドカップ」という重みはもちろんあるにしろ、この点から日本のメディアにおけるスポーツ性差別がなくなりつつあるのかなと、国民的感覚が少し進歩したような安堵感は感じられました。

少しそれますが、関連で考えさせられるのはパラリンピックの扱い。パラリンピックは障害者のオリンピックであり、オリンピックと同じ年に同じ都市で開催される、ワールドカップに十分匹敵する国際パラリンピック委員会公認の世界最高峰の競技大会であります。しかしながら、メディアの扱いはどうでしょう。特にTVメディアの扱いの軽さと言ったらありません。理由はただひとつ、視聴率が稼げないから。「どうせ障害者の大会でしょ。健常者の競技にかなわないよ」という障害者に対する国民的差別感情が根底にあり、メディアの方針も男女差別の是正のようには進まず障害者差別を肯定する側にまわり、いつまでたっても国民の意識は変わることがないのです。パラリンピックは金メダルを取っても決して健常者と同じレベルではヒーローとして取り上げてもらえません。健常者と同じアスリートであり、健常者以上の努力と鍛練の成果であるのにです。何かおかしいとは思いませんか?

改めて今回の“なでしこジャパン・フィーバー”の根源を考えるに、国民の性差別がなくなったのが先か、メディアの性差別がなくなったことが先か、鶏と卵の世界かもしれませんが、視聴率至上主義のTVメディアの積極的な動きが盛り上がりを支えたことは間違いありません。他方パラリンピックは、同じように国民の意識の問題なのかそれともメディアの姿勢の問題なのか、スタートから半世紀が経とうとしているにもかかわらず、例えば金メダルを取ろうとも未だに我が国では盛り上がることはないのです。TVメディアは、今回の“なでしこジャパンフィーバー”を機に自分たち影響力の大きさを再認識いただき、視聴率至上主義を一度離れ、メディアの役割という本来依って立つべき観点から今一度この問題を考えて欲しいと思います。

それともうひとつ、北京オリンピックで金メダルを取って一躍ヒーローに祭り上げられた女子ソフトボール・チームと上野投手をご記憶ですよね。あのときの熱狂ぶりと今回の熱狂ぶりは非常に近しい気がしています。どちらも、大会前には注目度が高くなかったにもかかわらず、メディアの視聴率稼ぎの“焚き付け騒ぎ”から作りあげられていった“盛り上がり”という共通点が見て取れるのです。「視聴率が稼げる」と思えばあざとく大々的に取り上げて俄かヒーローに祭り上げ、ブームが去ればそのまま知らん顔で葬り去る。そんなスポーツを「視聴率稼ぎ」に利用するだけのメディアの姿勢も、今一度省みる必要がありそうです。“なでしこジャパン・フィーバー”を第二の「女子ソフトボール・フィーバー」にしないということを肝に銘じつつ、スポーツ振興を後押しするというメディアの役割から考え正しい報道姿勢はどうあるべきなのか、今一度自問ししかるべく継続的取組姿勢を貫いて欲しいと思うのです。

私にはTVメディアのその場限りのご都合主義ばかりが、チラチラと見え隠れする今回の“なでしこフィーバー”であるのです。

現状の放射能リスクを測る過去の「生活環境リスクデータ」の検証を

2011-07-14 | その他あれこれ
原発問題に関しては思うところあり今まで言及を避けてきましたが、最近の流れをみて少しだけお話しします。

今感じているのは、原発の是非や現状の福島第二原発からの放射能の影響について、一部中身がごっちゃのままあれこれ議論がなされているのではないかということ。とりあえず原発の是非と、現状の放射能汚染については分けて考える必要はありそうです。原発の是非については、自然災害を含む事故による爆発というリスクについての可能性がゼロでない限りそれを十分認識をしたうえで、今後のエネルギー政策を国としてどう導いていくのかという議論を国民レベルでしていかないといけないと思っています。一方の現状の放射能汚染のお話。これについてはあれこれ想定見解で意見を述べるよりも、リスクを数値化した過去データ検証との比較が必要ではないのかと思うのです。

過去データとは具体的に、戦後昭和の高度成長の時代に子供時代を過ごした我々世代の過去の生活環境リスクを50年後の現時点で検証し数値化されたものを指します。すなわち、過去の高リスクの時代に育った我々の当時の健康リスクが50年後の現在に立って見た時にどれほどあったのか、過去に存在した考えうる健康リスクを数値化し50年間の発がんデータおよび生存率データ等を検証することで当時の健康リスクがどのような結果を及ぼしたか、を明確にするわけです。この過去の生活環境リスク検証結果を基準として、現状「リスク」とされる原発事故による放射線被ばくリスクの実態を過去との比較において数値化して見せることが必要なのではないかと思っています。現状は、以前から反原発一色で貫いてきた朝日新聞系列のメディアを中心として、ややもすると実証データなしにいたずらに子供を持つ親に対して不安を煽っているという嫌いもあるのではないかと思うからです。

思い起こしてみれば我々子供時代には随分なリスクが世に溢れていたように思います。放射能に関して言うなら、第五福竜丸が被爆被害を受けたビキニ環礁水爆実験をはじめ、東西冷戦時代を背景として、世界中で原爆の実験が行われていました。我々は小学校の頃、傘の準備なく突然の雨が降ってくると先生が「雨にぬれると禿げちゃうから、ちゃんとお帽子をかぶって帰りなさい」などと言われたものです。「プールのシャワーじゃ禿げないのに、雨にぬれるとなぜ禿げちゃうのか」って不思議に思ったものでしたが、先生の注意がまんざら嘘でなかったぐらいに、恐らく今では想像もできないほど高濃度の放射線を含んだ雨が我々の頭や体に降り注いでいたのではないかと思います(私の髪の毛が薄いことと放射能の関係は、十分に検証できていませんが・・・)。

放射能以外の発がんリスクも沢山ありました。例えばスモッグ。当時の自動車の排ガス規制なんてゼロに等しいものでした。その上、京浜工業地帯はスモッグまき散らし放題。川の汚染もひどかった。汚水垂れ流しは当たり前。有害物質で汚染された川がそそぐ海で取れた魚を沢山食べてもいました。四日市ぜんそく、水俣病をはじめとする公害病は日本各地の工業地帯を近隣に持つ地域なら、どこででも起こりうる状況にあったのです。子供たちの発がん、生存リスクはどれほどだったのでしょうか。人的なリスクも溢れていました。例えば人工甘味料のチクロは発がん性があると、その後使用を禁止されましたが、私なんぞの世代が駄菓子屋で買っていた菓子類なんてチクロ入り放題ですから。ホント恐ろしい。水にしたって、井戸水も使われていましたし浄水水準も今とは全然違うので、胃がんの原因とされるピロリ菌だって我々世代は皆胃の中に流し込まれて続けていたのです。

これらの昭和高度成長の時代に育った我々世代の子供時代の健康リスクと、その後50年の発がん率、生存率などを検証すれば数値化することはできるはずだと思うのです。そして震災発生前の生活環境における現在の子供の生活環境リスクを数値化し、想定される50年の発がん率や生存率を算定し、さらに現状で放射線が増加した段階でのそれらの数値の変化を比較すれば、もう少し感覚的でない実証データに基づく現状の客観的なリスク判断ができるのではないかと。何においても数値的な裏付けなく「危ない」とだけ喧伝するメディアの姿勢は無責任であり、現状は“書き得状態”とも言えるのです。少なくとも我々世代が生き抜いていきた時代との比較ができれば、我々世代が肌で感じているモノを基準にしてメディアの喧伝に流されないリスク判断ができるのではないかと思います。

今の状況を「過去に比べれば安全であり心配する必要はない」と言いきるつもりは毛頭ありませんが、あまりに根拠のない感覚的なメディアの脅し文句に踊らされ続けるのもいかがなものなのかと、震災以降ずっと疑問に思い続けてきたのです。警鐘を鳴らすことはメディアの役割ではありますが、いたずらに不安を煽るのは行きすぎであると思います。国民の不安を払しょくするのは政府の責務に他なりません。何につけても、政府が責任をもって国民が客観的判断ができるようなデータを提供しない限り、いつまでも不安を煽るメディアに右往左往させられる人たちが減ることはないのです。こういうところにこそ頭脳明晰な官僚の方々の知恵を総動員して、過去データの検証等による現状の正しい認識指標を提示いて欲しいものです。

★J-CAST~大関暁夫連載「営業は難しい~ココを直せばうまくいく!」更新しました!
 http://www.j-cast.com/kaisha/column/kokonao/index.php

再会

2011-06-01 | その他あれこれ
実は報告漏れが1件あります。正確には“漏れ”ではなくて、あまりに楽しい出来事で密かに一人で味わっていたい気分から、ちょっと書くのをケチっていたのです。

以前当ブログで10本ほど取り上げ、その行方を捜していた私の中学時代の同級生で“魂の師”Mクン。遂に消息が判明し、ちょうど1カ月前5月1日にお目にかかったのです。何年ぶり?最後に渋谷で会ったのがいつのことか正確には覚えていないのですが、少なくとも35年ぶりは確実です。「Mクン」となっているのは、ご本人から「名前を出すのは恥ずかしいからやめておくれ」というお申し出をいただきました故。過去の「たずね人」の記載も削除させていただきました(一部削除漏れがあるかもしれません)。念願の再会、ホント嬉しかったです。

そもそも4月の半ば頃だったでしょうか、彼から突然メールをいただきました。それがまた怪しいメールでして。「久しぶり!」でもなければ「ご無沙汰!」でもない。「ひょんなことから、ブログを読まさせていただきました。よかったらお時間のある時に連絡ください」という、実に“出会い系的”な書きだし。「怪しい~」。事務所でもスタッフに「どう思うこれ?」「怪しいですよぉ」というやりとり。闇風俗の“釣りメール”じゃないかという感じで、返事すらやめようかという状況でした。でも、登場を切望していた“待ち人”ですから、もしかして本物かもとの一縷の望みに賭けて「何か本物の証拠を提示願いたい」と返信。すると、来ました。「当時クィーンのファンだったよね、クィーンはジミヘンを崇拝しているんだとか君は言ってたよ」、いゃーこれ確実に本物だよと、メールを読みながらドキドキしちゃいました。

なんでも、彼が知るとある都内のロックバーのマスターが、私のブログを見て「ネットであんたのこと探している人いるみたいだよ」って教えてくれたらしいのです。ネットの広がりって素晴らしいですね。そのマスターにも感謝。いずれ二人でお礼かたがた飲みに行かなくちゃです。で、2、3回緊張のメール交換の後、いよいよ再会とあいなりました。それがちょうど1カ月前、ゴールデンウィーク最中の5月1日日曜日、雨の夜の丸の内でお目にかかった訳です。第一印象、歳はとっても顔の特徴は変わらないよね、って感じ。お互い髪は薄くなりましたがね(奴め「お前の方が俺より、ピート・タウンゼントだな」と開口一番、言ってくれちゃいました)。性格はもっと変わらない。35年前の会話がそのまま蘇ってくるようでした。「俺はやりたくない仕事はしないんだ」と、“やりたくない勉強をしなかったあの頃”と全然変わらないじゃんそこ。ロックな人生だよね。素晴らしき自由人でした。

当日仕入れた彼らしい新ネタをひとつ。
M「お前、ipodに8000曲?何それ?」
私「便利だよ。ほとんどの所有音源持ち歩いて、いつでもどこでも聞きたい音楽が聞きたいときに聞けるんだぜ」
M「何言っちゃってんのよ。そんなの堕落だろ。アーティストの作った形のままで聞かなきゃダメだよ」
私「俺もさ、2年ぐらい前まで音楽ソフトは丸くなくちゃとか言ってさ、けっこうCDとMDに固執してだけどね」
M「CD、MDだって論外だぜ」
私「えっ?・・・」
M「当たり前じゃん、レコードですよレコード。アーティストが思いを込めて作った通りのA面B面の構成で、盤を裏返しながら電子的じゃない温もりある音で聞くのが正しいんだよ」
私「じゃ何、CDも聞かないの?」
M「当たり前だろ」
私「だけどそれじゃさ、最近よくあるCDの名盤復刻の2枚組デラックス・バージョンとかの、未発表音源やら別バージョンやらは聞けないよね?」
M「そういう歴史を変えちゃうような代物は認めちゃダメだよ」
私「・・・」

徹底してますよ、ホント。素晴らしい。いまだに「ザ・フー命」だそうで、それも嬉しいですね。私にフーをはじめいろいろなことを教えてくれた“師”が、「そんなもん、今時聞くわけないだろ」とか言われた日には、悲しいことこの上ないですからね(他ではよくあるんですよこの手の話。「まだそんなもん聞いてるの?」とか言われちゃうとホント、ガッカリです)。さすが、我が“師”に裏切りなしです。ありがとうございます。なんでもフーの武道館には、奥様とご子息とご家族総出で行かれたとか(ロックライブ初体験の奥様は、ピクニック気分でお弁当を作ってくれたそうです)。変わらぬ先に幸せな生活あるってのは、実に素晴らしいことじゃないですか。話の合間合間に見せてくれる幸せそうな表情が、一緒にいてとてもうれしかったですよ。

あっという間の約4時間、ワイン2本が軽く空き(ものすごいヴィンテージものを用意してくれて、これも感激でした)、でも全然話し足りなかったですね。「続きはまた近いうちに」と約して別れました。思いがけない友との再会って本当にいいですね。感謝です。ひょんなことで再び紡がれた人と人との縁ですから、本当に大切にしていきたいですね。お互いここまで良い歳の取り方ができていてよかったなと心底思いました。

※彼の名誉のために1件訂正。以前ブログでMクンが英語が苦手だったからジョン・セバスチャンの「タザナ・キッド」を「ターザン・キッド」と呼んでいたと書いたのは、私の間違えのようでした。彼の発音が良くて、私が聞き間違えたようです。「確かに英語は苦手だったけど、そんな間違えはしない!」そうです。お詫びして訂正します。

※※以前書いた彼に連れられて行った青山のレコード店が、伝説の初代「パイドパイパー・ハウス」であったと判明しました。そんなわけで初代店長岩永正敏さんの廃刊本を手に入れて読み、昭和のレコ屋事情を書いた次第です。
→http://blog.goo.ne.jp/ozoz0930/e/0cfd301128de6620e2145e9986b36480

★J-CAST~大関暁夫連載「営業は難しい~ココを直せばうまくいく!」またまた更新しました!
→http://www.j-cast.com/kaisha/2011/05/30096840.html

お知らせ~連載コーナースタートについて

2011-04-29 | その他あれこれ
突然ですが、お知らせです。

このたびWebニュース大手「J-CAST」さんのページで、新たに署名連載をスタートさせていただきました。

「営業は難しい~ココを直せばうまくいく!」というコーナーで、若手ビジネスマンに多い営業および管理の悩みに毎回Q&A方式で答えていくものです。

「すべての問題は『コミュニケーション能力向上による“見える化”』で解決できる」をモットーとして、組織に入り込みあらゆる課題に取り組んでおります弊社スタジオ02のコンサルティング・スタンスをベースに、毎回斬新な回答を提供して参る所存です。

本ブログと併せまして、ぜひともご高覧いただければ幸いです。
コメント欄への書き込み、質問等大いに歓迎いたします。
更新は月2回を予定しております。

★第一回掲載ページ
http://www.j-cast.com/kaisha/2011/04/28094524.html

★インデックス(ブックマークはここでお願いします)
http://www.j-cast.com/kaisha/column/kokonao/index.php

よろしくお願い申しあげます。


「大人の流儀」とブレない『軸』

2011-04-27 | その他あれこれ
久しぶりにつれづれなるままに書いてみようと思う。

作家伊集院静氏のエッセー「大人の流儀」という本が売れているというので、買って読んでみた。売れているから読むという本の買い方はめったにしないのだが、「大人の流儀」というタイトルに惹かれるものがあったのだ。『大人』って何だろう?自分が突然何かの対応を迫られた時などに、どういう行動をすべきなのかなどと考えた後、自分の思いついた行動を実行に移す前に「大人としてこれで正しい?」などと自問自答する自分がいたりする。そんなときには決まって「『大人』ってなんだろう」って思ったりするものだ。だからこそ他人が考える「『大人』の定義を聞いてみたい、『「大人の流儀」って何だろう?』、そんな気持ちがこの本を手に取らせたように思う。

シンガーソングライターの佐野元春氏は我々の少し兄貴世代で、私などは社会に出たての若僧の時代にはけっこうその歌詞の一節を支えにして唇を噛み締めて過ごした時期があった。その代表的なものが「つまらない大人にはなりたくない」というフレーズ(fromガラスのジェネレーション)。学生時代はロッカー(着替えをしまう方ではない)だったのに、就職活動で志望の出版業界に失望し「専門学校に行くつもりで5年間」と思い銀行に務めた自分の周囲には、当時の自分からみて「つまらない大人」たちがたくさんいたのだろう。とびきりお気に入りのフレーズで毎日念仏のように呟いていた。私が若い頃に持っていた『大人』を象徴するイメージと言えば、「体制迎合」「妥協」「角の取れた」‥そんなところを代表とするどちらかと言えば決してプラスではない印象のものが大半を占めていたのだ。

そんな時代のある日、RCサクセションの“原発ソング発禁事件”が起きた。熱狂的に支持する若者層と「所属レコード会社グループ(東芝)を“告発”するようなやり方はいかがなものか」と揶揄する一部メディアに別れ、賛否両論の議論の渦が巻き起こった。首謀者の忌野清志郎氏はそんな議論をよそにこう言い放った。「正しいか正しくないかじゃない。思ったら行動する、ロックってそういうものだろ?」(言い回しは、あくまで私の記憶)。カッコいいと思った。良い意味での『大人』だなぁと思った。カッコいい『大人』をはじめて見た気がした。こういう『大人』になりたいと思った。

なぜ『大人』であると思ったのかと言えば、彼の言動にブレない『軸』の存在を感じたからだ。彼は、“反原発のヒーロー”として祭り上げられることを嫌った。自分の目的はそこにはなかったからだ。彼は自分を支持する若者たちがいるかいないかすら、どうでもよかったのだ。恐ろしくブレない『軸』だと思った。私はなぜ、音楽的には特にファンでもなかった忌野清志郎氏の葬儀に、これと言った理由も見当たらないまま使命感に急き立てられるように6時間以上も並んで参列したのか?たぶんそんな「手本とすべき『大人』」のまさしく「大人の流儀」を、“原発ソング発禁事件”の彼に見たからなのかもしれない。早いもので、5月2日で彼の死から2年が経つ。

翻って、書籍「大人の流儀」にこんな一節がある。「『いろいろ事情があるんだろうよ…』大人はそういう言い方をする。(中略)人間一人が、この世を生き抜いて行こうとすると、他人には話せぬ事情をかかえるものだ」。なるほどその通りかもしれない。だが真の『大人』というもの、どんな事情をかかえていようともブレない『軸』をもって突き進んでいかなくてはならない。私は組織を離れ独立して生きてきて数年がたち、今改めてそんなことを実感している。

大人をワクワクさせる“趣味趣味”FM番組

2011-04-19 | その他あれこれ
個人的に懇意にしていただいている音楽雑誌「レコード・コレクターズ」等でおなじみの音楽評論家の山岸伸一さんから、先日お手紙で「ラジオ番組をはじめました」とのご一報を頂戴しました。

ラジオ局は「エフエム戸塚83.7MHz」だそうで、いわゆるコミュニティFM局。「そんなものその地域に住んでいなければ聞けないだろ!」とお思いのあなた、相当古いですよその考え。コミュニティFMが地域でしか聞けなかったのは今は昔。現在では全国のラジオがどこででも聞ける時代になったのです。その仕組みはサイマル・ラジオと言いまして、インターネット経由で聞くことが出来るラジオです。

まずは、
http://www.simulradio.jp/
へアクセス。

お好きな放送局の「放送を聴く」をクリックすればOK!簡単でしょ?自分のパソコンにウインドウズ・メディア・プレーヤーが入っていれば即放送中の音が流れてきます。PCで聞くのは面倒くさいと言う方には、スマートフォン向けのフリーアプリが出回っています。I-phoneおよびアンドロイド対応共にあるようです。ちなみに私はI-podなのでITUNE-STOREから、「コミュニティfm for iphone」なる無料アプリをダウンロードして快適に聞くことができています。「エフエム戸塚」以外にも、現時点で全国のコミュニティFM局23局の放送がリアルタイムで聞くことができるのです。

さてさてラジオの説明が長くなりましたが、肝心の山岸さんの番組は金曜日の19時~19時55分(同日23時から再放送)に放送されている「ミュージック・ラウンドアバウト」なる番組です。タイトルはまさしく70年代のプログレ・バンドYESの名曲のタイトルそのままですが(もちろんタイトルバックはこの曲)、中身は決してプログレ一辺倒ではなくて幅広い世界のポピュラーミュージックから選りすぐりった“こだわり山岸ワールド”といった趣。私が初めて聞いた15日の放送では、1月に来日したチップ・テイラーなる知る人ぞ知るアーティストを特集していました(ジミヘンの「ワイルド・シング=というより映画<メジャーリーグ>で有名?」やジャニス・ジョプリン「トライ」の作者として知られる人です)。素晴らしきマニアック加減です。

このチップ・テイラーのような大々的に紹介される機会が少ないために残念ながら日本では陽の目を見ていないアーティストはじめ、世界の有名無名問わぬ山岸さんの趣味趣味音楽で埋め尽くされた約1時間。ちょうど私が少年時代に一生懸命聞いたDr北山修の深夜放送や、松任谷正隆氏のFM放送とも相通じる“プロのこだわり番組”の印象が実に素晴らしい。70年代に比べ音楽情報の絶対量は増えながらも売れ線偏重を否めない今だからこそ、貴重な放送であると心底思わされるのです。プログレの長尺モノや、日本ではマイナーなカントリー系のアーティストなどでも「良いものは良い」の精神で遠慮なくかけまくるというような意気込みが、いただいたお手紙からも伝わってきました。この先どんな知られざる“趣味趣味”音楽をご紹介いただけるのか、大いに期待して待ちたいと思います。

少年時代を思い起こさせ、大人の音楽ファンをワクワクさせる久しぶりのいいラジオに出会えたと思えました。ラジオっていいですね。よろしければ皆さんも、ぜひ一度サイマルラジオで聞いてみてください。

国は公務員住宅を明け渡し、被災者仮住まいと復興財源の確保を!

2011-04-11 | その他あれこれ
震災から1カ月。世の中は震災直後に比べるとだいぶ落ち着いてきましたが、それは被災者以外の人たちの話。被災者の方々はまだまだ癒えることのない心の傷を負いながら、これからさらに幾多の苦難が待ち構えている、そんな状況にあると思います。国はとにもかくにもまず被災者の立場で今何をすべきなのかを、優先順位をつけてしっかりと取り組んで欲しい。震災後1カ月段階の今、被災地でとりあえずできていることは、避難所生活における最低限レベルでのプライバシー保護程度。仮設住宅に移れた方々はまだごくごくわずかで、まずは仮設住宅に全避難所生活者が移られることがその第一歩であり、その点に最大限の努力を迅速さをもって取り組んで欲しいと思います。

現時点で国ができることを考えるに、国が所有する住宅施設の大々的な解放指示があるのではないかと。その一番は公務員住宅の解放です。国家公務員および地方公務員向けの公務員住宅は、その多くが一等地にありながら相場に比して安過ぎる賃料(相場の10分の1以下なんてケースもザラ)の問題や売却による財源化議論などもあり、財政再建に関連した公務員改革の目玉的存在でもあるのです。そこでこの機会に、公務員はすべて民間住宅に転居し公務員住宅を被災者に明け渡したらどうかという考え方です。平成19年時点のデータでは全国に約22万戸の公務員住宅があります。避難所生活者は約14万人であり、東日本に存在する公務員住宅の明け渡しを行えば、必要戸数は確保できると思われます。財政再建とのからみで考えるなら、現段階で公務員住宅を被災者に明け渡し、並行して民間への売却をすすめる(補助金を出して被災者が購入することも可)。2年後の仮住まい退出期限をもって完全に民間に移行(2年経過後も継続居住する場合は賃貸へ移行)。その売却代金は復興資金に充てるという考え方です(1戸あたり1千万円平均で売却してなんと総額2兆円!)。現時点で余計な財政支出をせずにできる最良の被災者向け仮住まい確保と、復興財源づくりになるのではないかと思うのです。

この先被災者の方々を待ち受けているのは、住宅再建の問題、職の問題、事業復興の問題、ローンの問題・・・。様々な難問が横たわっています。ただまずは、仮と言えども人並みの住宅生活を送ることが、苦難に立ち向かう気力や元気も生んでくれるハズなのです。阪神淡路大震災の時にも、プレパブづくりの仮設住宅では壁の薄さなどから十分に生活プライバシーを保護することが難しく、被災者の生活再建に向けた心身の安定を確保するには程遠い状況であったと言われています。それも今から16年も前のことです。今回の仮設住宅も当時と同じレベルのプレハブ長屋形式です。今の時代のプライバシー保護の考え方は、あの時とは比べ物にならないレベルにあるわけで、仮住まいとはいえ当時よりもしっかりした住宅を提供することも、復興の旗振りをする政府の責務なのではないでしょうか。

公務員住宅は基本的にすべて国の持ち物である以上国民の財産であり、特定の公務員のみが驚異的に安価な家賃で長年その恩恵に預かっていること自体がおかしいわけです。しかも現在では民間企業も社宅は廃止の方向にあります。そう考えると公務員住宅は、このような大災害による国家的危機状況の下にこそ、日本国民の多くが納得する形で有効活用されることが一番なのではないでしょうか。同時に民間住宅に22万世帯の公務員が移るなら、不動産賃貸、不動産売買、家電・家具等購入、引っ越し運搬等々を通じて消費経済活性化策としても有効に機能すると思われます。菅民主党政権も口先ばかりで「脱官僚」「抜本的公務員改革の断行」などと言っているのではなく、少しは頭を使って、今だからこそ大義名分をもって手をつけられる「改革」に大ナタを振るうべきであると思うのです。被災者救済、復興財源確保目的での公務員住宅廃止策を、声を大にして提言したいと思います。各方面に呼び掛けをいたします。皆さんもぜひ、中央にこの声が大きな形で届くよう力を貸してください。よろしくお願いいたします。

新年度入り~「自粛」解除(!?)でガンバろー!ニッポン!

2011-04-01 | その他あれこれ
4月1日、一般的に言うところの新年度入りです。でも今年はちょっと様相が違います。

例年ならば新生活のスタート、とかで主役は新入生、新社会人たち・・・のハズが、今年は震災の影響で明るい話題はどうもさけられがちで・・・。
同じ新入生、新社会人ネタでも、「入学式は延期」とか「震災で内定取り消し」とかの話題ばかり。
そろそろ開き始めたサクラのつぼみも、今年ばかりは開花情報があまり伝えられる事がありません。
花見も一般に、「今年はまずいんじゃない」的な受け止められ方をしているようです。

現在の世の中のキーワードは「自粛」。
震災の影響で、「明るいこと」「楽しいこと」は大っぴらにやってはダメって感じでしょうか。
でも「自粛」の行き過ぎや長期化は、必要以上に経済の足を引っ張り復興にも影響を与えることになるのです。
電力問題もしかりです。
問題はいかに電力消費ピーク時の消費電力をおさえるかであって、節電の精神は大切ですが街が元気をなくすほどに一日中の延べたらの「自粛節電」は、行きすぎの感もありそうに思えています。

電力に関しては、今は17~19時が消費電力ピークだそうで、夏ならエアコンフル稼働の14~16時。
この時間の節電はとにかく一生懸命やりましょうということで、それ以外の時間は極力普通に振る舞った方がいいように思います。
ポイントを絞ってそれ以外の時間は生産に消費に一生懸命やらなくちゃ、元気な日本に戻れないのではないかなと。
「延べたらの節電」や「とりあえず自粛」がこれ以上続いたのでは、経済面から本当に日本の元気を損なってしまうと思うのです。

そんな訳で、個人的には震災後の「自粛」を本日を持って解除します。
とにかく普通に生活して、景気の足を引っ張らないようにすることも大切だと思うからです。
世の中もぜひそうして欲しい。
企業活動も、街の店も、イベントも・・・、ムダは排しピーク時の省電力には当然協力しつつも、基本は「何でも自粛」の時期を終えそろそろ「通常」ベースに戻るべきではないかと。
新年度入りですから元気を出して、使うモノは使う、買うのモノは買う、行くところへは行くを何とか、それらが気兼ねなくできるように世の中の雰囲気も変えていかないといけません。
政府もメディアもぜひ「自粛ムード」を少し押さえる方向への舵取りをお願いしたい。
それが、結果として被災地を元気づけ復興の原動力を生むことになると思うのです。

当ブログも、これまで震災発生後震災に無関連なヒマネタは取り上げてきませんでしたが、これからは「自粛」にはそろそろ幕引きをして、自然体で「明るく」「元気」にいこうと思います。

日本の「元気」は、一人ひとりの「元気」からです。
がんばろー!ニッポン。

震災雑感 番外編4 ~ 小ネタあれこれ

2011-03-30 | その他あれこれ
外務政務官で民主党の菊田真紀子衆議院議員が、震災後に会議出席で訪れたジャカルタでエステと買い物を秘書官に手配させ観光気分で外遊を楽しんだと、日刊ゲンダイが報じネット上で騒ぎになっています。
メディアはどこも震災報道で忙しく、ネタ元がゲンダイなので、あまり派手な扱われ方はされていませんが、もし本当なら大変なこと。
確実に議員辞職ものでしょう。

本人は事実を否定し、ブログ上では「事実でない報道があり党を通じて抗議した」との記載があります。
なんか手ぬるくないですか?
本当に事実無根なら、現地滞在中のすべてのスケジュールを公開して本人が公の場でハッキリと説明すればいいのです。
どうも、記事の一部は大袈裟であったとしてもまんざら嘘でもないという感じではないの?と勘繰りたくもなります。
このままウヤムヤにはしてほしくないです。

話は変わって
ビートたけしがテレビの自身の番組で、「民主党議員の必要のない防災服パフォーマンスは腹立たしい!防災服を着るなら被災地に行け!」と怒っていたそうです。
確かに。
何日目からかは忘れましたが、あの防災服姿には私も違和感を覚えていました。
たけし氏はどうもR4(あの仕分けの女性議員。ネットではこう表記されています)さんがお嫌いなようで、「中には防災服の襟とか立てて着ているバカがいやがって、宝塚かつーの!」とかなりおかんむりだったとか。
Youtubeでも、このたけし氏の怒りは見れるようです。

ところでこの防災服、着たはいいけどいつ脱ぐんですかね?
原発が終息したら?
計画停電が終了したら?
避難所がすべて解消したら?
衣替えのタイミング?
ほらね、しっかりした理由なくパフォーマンスで動くと、いつ終いにするのか困るわけですよ。
首相が防災服をいつ脱ぐのか、ちょっと関心ありますね。
防災服を着たまま“イス”から転げ落ちるかもしれませんが…

さらに話は変わって
昨日実施されたサッカーのチャリティーマッチ、日本代表対Jリーグ選抜。
試合がどうのこうのは二の次で、昨今日本を沸かせた世界中で活躍する一流選手たちが祖国の危機を聞きつけて、チャリティ目的で帰国勢ぞろいしたと。
今はとにかく野球よりサッカー人気ですから、なかなか感動的なコンセプトなわけです。

選手は皆「本気でやる」ともちろん言っていましたが、日本人同士のゲームでは試合そのものの盛り上がりはいまひとつ。
だいたい8割ぐらいの本気加減かな?と勝手に思って“ながら観戦”しました。
個々のプレーでは、前半の遠藤のフリーキックのゴールは見ごたえがありましたね。
さすが代表と言う感じ。

でももっと凄かったのは、三浦カズおじさん。
Jリーグ選抜(っていってもカズはJ2所属です)の一員として、後半に登場。
賑やかしかと思いきや、偶然に偶然が重なった絶好のチャンス到来で、なんとゴールを決めてしまうという最高のパフォーマンス。
「え~っ?ウッソー」って感じ。
本田圭佑が昨年のワールドカップでゴールを決め、「俺って持ってるから」とか言ってましたが、いやぁ~“持ってる度”では本田の比ではないですな。
ほんとスゴイ。
これが演出でないなら、変態的にすごいオヤジだと改めて思い知らされました。
自ら「キング・カズ」を自認してはばからない変態度は、ちゃんと裏打ちされたものだったと。
本田も遠藤も長友も、カズの前にはかすんでましたね。

元日本代表のエースストライカーが、J2に落ちても不屈の精神でがんばり久々の晴れ舞台でゴールを決める!
被災地元気づけイベントしては最高の展開だったのではないでしょうか。
好き嫌いはともかく、すごいオヤジだと改めて思いました。