昨日から教会関係の仕事で札幌にいました。<o:p></o:p>
今日のお昼に時間を見つけて、さる7月15日に開催した札幌アイヌ民族フィールドワークで訪ねた北大内「遺跡保存庭園」に、再調査で行ってきました。<o:p></o:p>
北大敷地内の東側にひっそりと保存している「遺跡庭園」という茂みの中には、36箇所の竪穴式住居跡があります(知らない方のほうが多いのでは?)。しかし、保存とは名ばかりの、なんの手入れもなく放置されたままです。さらに、庭園内のそれぞれの住居地跡には、以前には木で造った看板が立てられていたのに、北大生がキャンプファイヤーの薪にして燃やしてしまったとか・・・(小川談)<o:p></o:p>
今日、行ってみると、このふた月の間に強い風のせいでか看板が壊れたようですが、そのまま。<o:p></o:p>
フィールドワークの時に講師の小川隆吉エカシは、「北大のこの遺跡に対する扱いは“保存”ではなく、放置だ。」と怒りを込めて語られました。<o:p></o:p>
この看板の後ろ側から「庭園」に向けてサクシュコトニ川が通っていました(Sa-kushサ・クシュ(前を・通る)、kot-ne-iコトニ(くぼ地・になっている・もの)の意。「琴似」の漢字はアイヌ語とは全く関係がないのですね。)<o:p></o:p>
サクシュコトニ川は「保存庭園」を通り、その両岸を中心に多数の遺跡があり、多くは擦文時代のものと確認されています。36個の窪みは住居あるいは魚漁用の小屋と推定されます。<o:p></o:p>
別のところでは、テシ(ぶどうのつるなどや杭で川をふさいで、魚取りのための仕掛けを付ける)の跡も見つかりました(残念ながら壊した)。ここにもあったと考えるのが自然ですが、詳しい掘り起しはまだ行われていないとのことです。<o:p></o:p>
この写真の説明文には言いたいことがたくさんあるのですが、今後、おいおい語っていきたいと思います<o:p></o:p>
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