てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

秋の恵み

2008-10-31 14:54:37 | 暮らしと生活

新家から貰った富有柿

 無事稲刈りを終えた27日、収穫の適期を迎えた裏庭の西条柿をもいで、新家で貰った富有柿も詰め合わせて、柿が大好物の義妹に送った。
 翌日には届いたとみえ、早速にショウヤクした“干し柿の玉すだれ”の写真メールと返礼が戻ってきた。

 柿こそは秋の味覚の代表格だと思うのだが、うちの子や孫がそうであるように、最近の若い人は柿など見向きもしない。昨日もウォーキングの道々、何処の家でもたわわに実をつけたまま、或いは爛熟した実が落ちているのさえ見かけた。

 我が家の老木は成り年(表年)と不成り年(裏年)を交互に繰り返すのだが、今年は2年続きの不作だった。それでも我が家だけでは到底食べきれず、今日は近所のK田さんにも差し上げた。高枝切りバサミの届かない高き数個は、鳥たちのために残して収穫を終えた。

 そして今日また新家から富有柿を貰った。木からもいだら直ぐに熟してしまうので、お言葉に甘えてその日に食べる分だけ頂くことにした。

 例年なら干し柿と淡し柿を半々にショウヤクするのだが、淡し柿は5日もすれば出来上がり、割と日持ちしないので、今年は干し柿だけにした。初霜が降りるころには食べられそう。今からその日が待ち遠しい。


義妹の所の“干し柿の玉すだれ”

我が家の“干し柿の玉すだれ
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心温まるふれあい

2008-10-30 18:44:47 | 暮らしと生活
 小欄「2008/10/8 慰問」で幡多小学校の良い子たちが、特養施設幸輝園を慰問した記事をアップしました。

 昨日同園におふくろを訪ねましたら、廊下にその時の微笑ましい様子が掲示されていました。

 その隣のコーナーには、保育園児たちが訪れふれあいを深めた様子が紹介されていました。入園者にとって何よりの“元気薬”になったことと思います。


幡多小学校5年生の慰問

良い子たちからの心温まるメッセージ

保育園児たちとのふれあい会
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若い人に倣え

2008-10-30 14:43:44 | 暮らしと生活
 謹んで哀悼の意を込めて、ブログ更新を控え謹慎していました。ご冥福をお祈りします。
 先日夭折したその方とは一面識もなかったが、普段は明朗闊達なブログ友Mさんのあんな暗い表情を垣間見たのは初めてで、徒ならぬ事態が起きているなと直感した。

 案の定後から聞けば、Mさんのその友人は3年前から病と闘いながら、誰にも告げず、分からないように振る舞い、先月のテニスの試合まで出るなど、最期まで周りを気遣っていたそうだ。Mさんが突然の訃報に接し、大ショックを受けたであろうことは、心中察して余りある。

 まだ見ぬ君なれど、あなたのように病魔と対峙し、ただ独りで生き抜いた強靭な精神力の持ち主を知らない。医事界に身を置く人の鑑であり、刮目に値する稀有な存在だった。

 その友だけあってMさんも凄い。そんな衝撃を受けながらも人前ではおくびにも出さず、周りに悟られないよう精一杯明るい声で接客する姿を思い返すだけで胸が疼く。
 決して取り乱すことなく、ダイレクトではなしに、さりげなくブログにおいて友のことを偲んでおられる。Mさん、そしてMさんの友人のご両人共に小生とは親子ほど年齢差がある若い方ながら、誰にでも出来る業ではないと感じ入った次第。若い人に大いに倣わなければと自戒した一件だった。
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続ワタリガニ(ガザミ)

2008-10-26 15:23:59 | グルメと料理

我が家用に残したワタリガニ(メン)

3軒配ってなお食べきれない量の黒豆

 朝一番、県知事選挙投票日にあたり清き一票を投じた。その足で今朝の山陽新聞の「ガザミの秋」との紹介記事に誘われ、玉島魚市場へ向った。

 昨日無事稲刈りを済ませたので、長男家族と三男家族とともに収穫祭(食事会)をするつもりでいたが、みんなの日程が揃わないので、新鮮な旬のワタリガニ(ガザミ)の方が正味だとの結論に達したもの。

 朝市が始まったばかりの所へ駆けつけ、mariさん直々の案内のもと、約束通り美味しいワタリガニの見極め方のコツを教わった。
 新聞記事によると、この秋は近年まれにみる不漁と言われ、原因はmariさんの仰っていたように夏に異常繁殖したタコが稚ガニを食べたためだそう。それでも時間が早かったので、笠岡港で揚がった見事なオン6匹とメン1匹を求めることが出来た。次男の所用として、来月22日頃を予定しているので、その頃には少しは漁が増えることを祈っている。

 玉島魚市場から帰宅すると、例によってU住さんが自家製の黒豆と野菜をドッサリ届けて下さっていた。「カニ、枝豆、野菜」の3点セットを、長男宅、三男宅、義父宅と3軒に配って回った。
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捲土重来

2008-10-25 20:50:14 | 農事
 昼前から長男家族も総出で、我が家の“恥のレッテル”はがしにおおわらわの一日だった。稲刈り、いや稗刈りのことである。
 と言うのも前にも小欄で書いた通り、今年は籾播き機が絶不調でスタートをつまずいたことに加え、籾播き後の除草剤のタイミングを間違え、更に回数も1回に割愛した。結果は見る間に稗に席捲され、稲が埋もれてしまい、まるで「稗田」であった。
 奇しくも兼業の大百姓である隣家も同じ様な惨状を呈していたが、我が家は小なりといえども専業農家?でありながらこの有様で、穴があったら入りたい心境で満を持して今日の刈り取りを迎えた次第。
 
 追肥が効き過ぎて稲が倒伏したため、「人間デバイダー」となって何日間も苦労の末、12日に稲刈りを終えられたエンピロさんほどでもないが、我が田も稗でコンバインがつまって負荷がかかりエンストを何度も起こすなど手こずった。

 予想通り収穫量は例年の6.4掛けという大幅ダウンだが、我が家族と義父家族がどうにか向こう1年間を過ごせるだけの量は確保できたので、天の恵みに感謝しなければならない。
 長男は午後3時から出勤し、明日も一日県知事選挙の特別報道態勢で多忙を極めるので、収穫祭(食事会)は後日改めて、三男家族も交えてすることにした。次男と弟宅にはライスセンターから玄米が上がる11月中旬を待って届けることにしよう。

 職業を問われたら胸を張って「農業です」と言えるだけの米を、来年こそは作りたいと今から捲土重来を期している。
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