てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

災い転じて

2011-02-28 20:55:00 | パソコンとインターネット
 フォトレタッチソフトはMicrosoft Officeに付属するMicrosoft Photo Editorを長年愛用していた。ところが最近になって、同ソフトで画像ファイルを開こうとすると「読み込み中にエラーが発生しました。」と出て、開くことができなくなった。他のフォトレタッチソフトで加工して保存した画像ならば開けるのだが、二度手間となり不便なことこの上なかった。

 あれこれググってみるといくつかの対処法がヒットし夫々試したが、どうもしっくりこないので、思い切ってこれを機に他のソフトに乗り換える気になった。そこで辿りついたのがフリーソフト「Photoscape Ver.3.5」。色々な使い方、簡単なチュートリアルやデフォルトの機能紹介、実践例を紹介はこちら

 とにかくこれさえあれば、ありとあらゆる加工がいとも簡単、かつ豊富に施せるので重宝。みなさんも是非お試しあれ。災い転じて福となすとはまさにこのことなり。(ちなみに昨日の記事写真はPhotoscapeによるもの)
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梅を愛でる

2011-02-27 20:42:00 | 気象・気候
 2月20日と27日の2日間にわたるギターミニミニコンサートを無事終えた。アンサンブル4曲の合間には中谷先生の素晴らしいソロ演奏が披露された。ただ惜しむらくは、事前PR不足の所為か2日間ともに聴衆がまばらで、これだけは心残りであった。来年も出演要請があったが、大きな反省材料を残した。

 超ミニとはいえコンサートをやり遂げた解放感も手伝って、春の使者である梅の鑑賞に、岡山市東部にある梅の名所神崎緑地と神崎梅園に向けて車を走らせた。傍らの家内の「こうして(自らの運転で)走り回れるのもあと10年よ!」という声を寂しく聞きながら・・・。

 折りしも梅まつり開催中で、多くの家族連れやカップルの花見客でにぎわっていた。神崎梅園の約150本の梅林の開花もいまが盛りで、そこここから梅の香りがほのかに漂ってくる。

 話は飛ぶが、ネアンデルタール人の埋葬骨と一緒に、花粉が発見されていることから「ネアンデルタール人が死者を弔い、墓を造り、しかも花を手向けていた」という説がある。私たちホモ・サピエンスの祖先なのかどうなのかさえ分らない約20万年前のことである。

 花を添えるという習慣が、ヒトがヒトかどうかさえ分っていないそんな昔からあったことの証左でもある。いずれにしても「花を愛でたり手向ける」ということは、太古から我々のDNAに組み込まれた行為ということか。梅を愛で、春をそこに感じる。

※写真加工にはMicrosoft Photo Editorを使っているのだが、最近エラーで画像が開けなくなっており、目下改善策を模索中。従って、写真のアップは後刻。














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明暗を分ける

2011-02-25 15:24:00 | ノンジャンル
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 ニュージーランドのクライストチャーチで起きた大規模地震による犠牲者は日を追うごとに増え、24日現在の死者数は113人超となり、今後更に増える可能性がある。一般的に取り残されている被災者が生存している確率が高いといわれる「72時間」を超えた中、一刻も早い救出を祈るとともに、被災された方々並びに遺族の方々には謹んでお悔やみを申し上げます。

 冒頭の写真は、昨年11月からニュージーランドで語学研修中だった知人Mさんからの年賀状である。彼は無事語学留学を終えて、今月初めに帰国したばかりで、既の事に難を逃れた。

 今回の犠牲者の中には、2月20日に現地に着き地震前日の21日から語学学校キングス・エデュケーションに通い始めたばかりで被災された不運な方もおられるようで明暗を分けた。

 今回の地震は震源が約5キロと浅く、市街地のほぼ真下で起きたことが被害を甚大にしたようだ。直下型地震の凄まじさを見せつけられた。またクライストチャーチ付近は活断層が知られていなかった地域というのも思わぬ盲点だった。私たちも住まいや通勤・通学路の近くを活断層が走っていないかどうか、日ごろから頭に入れておきたいものだ。
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ありのままに生きる

2011-02-22 08:00:00 | 暮らしと生活
 書架を整理していて、母校旭東中学校の昭和36年度の句集「けしご(芥子)」を見つけた。いささか時節はずれの謗りを免れないが、「さびしさや ひらりひらりと 散る落ち葉」の何ともはや拙い一句は私の処女作で、今読み返しても顔から火が出る思いだ。

 同じ情景を詠んだものでは「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉」という有名な秀句が思い浮かぶ。なかなか奥の深い句で、流石は岡山ゆかりの良寛さんの辞世の句だけのことはあると感じ入っていた。

 良寛さんの晩年の楽しみは、彼を師と慕う貞心尼との歌のやりとりだったという。良寛危篤の知らせを受けた貞心尼は急ぎ駆けつける。臨終までの一週間、心を尽くして良寛の世話をした。その間、相聞歌を詠み交わしたそうだ。
 貞心の「生き死にの 境離れて 住む身にも 避らぬ別れの あるぞ悲しき」への返歌として、いまわの際の良寛さんが「裏を見せ ・・・」と返したものだとばかり思っていた。

 ところが実は借り物の句であるという説もある。「もう一つの仏教学・禅学」によれば、そのくだりを「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉 こは、御自らのにはあらねど、時に取り合いのたもう。いと尊し。」と記している。良寛は自分の作ではないが今の心境を表しているとして「裏を見せ ・・・」の歌を引用したというのだ。

 さてこうなると、何方が詠んだ歌か真相は知る由もない。それはさておき長い人生において、「喜怒」があれば「哀楽」もある。それをそのまま受容することが人生でもあり、人生の豊かさというのだが、人間裏も表もなくありのままに生きることは「言うは易く行うは難し」である。
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西風の神 Zephyros

2011-02-16 14:12:00 | ビジネスと社会
 昨日の話の続きになるが、イタリア・フィレンツェのウフィッツィ美術館で鑑賞した数々の名画にボッティチェリ随一の代表作『春(プリマベーラ) 』『ヴィーナスの誕生』がある。強く心惹かれ、そのとき求めた2枚の作品は、私の部屋に掲げては毎日眺めている。

 この寓意画には、ギリシャ神話の神々が登場する。中でも私の目を引くのは、右端に描かれている西風のゼフュロス(Zephyros)。頬をふくらませ、青い顔をして、西風を吹かせ、春を運ぶ神である。

 25年ほど前、私が勤める小社が鳴り物入りで季刊誌「ゼピロス(Zephyros)」を創刊した。販売促進の一助になればと知人・友人・親戚に片っ端から頼み込んで50をくだらない読者を獲得した。
 ところが秋号から始まって、冬、春、夏と季節が一巡したところで突如絶版となった。確かに一度は春を呼んだが、二度目はなかった。洋の東西が入れ替われば神通力も及ばぬということか。
 新しい時代を迎えた環瀬戸内エリアに新風を巻き起こさんとの思いが、誌名(ゼピロス=豊饒を約束する西風の神)に込められていたはずだが、如何せん読者のウケがイマイチだったようだ。50数人の読者にお詫びの頭を下げて回ったことでもあり、Zephyrosは私にとって忘れ難い神である。
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