7時半、起床。
明け方に強い地震があったそうだ。私は寝ていて気付かなかった。妻が呆れていたが、寝たのが4時ごろだったので、熟睡モードに入っていた頃だったのだろう。書斎の本が数冊床に落ちていた。
「まれ」を観てから、家を出る。今日から2泊3日の青森旅行。去年も同じ時期に行っている。8月の信州旅行もそうだが、同じ場所を繰り返し訪れるのが私の旅行の流儀である。それはその場所に知り合いやお気に入りの店があるからである。その意味では、私の旅行は未知なるものを求めてという面よりも、既知なるものへ「やあ、お久しぶりですね」と挨拶に行くような面が強い。未知なるものとの出会いは既知なるものとの文脈の中で生じる。
東京駅9時36分発のはやぶさ11号に乗車。
超ロングノーズである。
いや、これは鼻ではなく、顎なのかもしれにない。ロング・ロング・アゴ―。昔々あるところに・・・。
3つ並んだ席の窓際の席だったが、横には若いカップルが座り。早々にお弁当を食べ始めたので、私もそうすることにした。
東京駅のお弁当売り場で購入した米沢名物牛丼弁当「牛肉どまん中」。
定番的な外れのない味である。
12時35分、新青森着。わずか3時間で青森まで来ちゃうんだ。
青森着は12時53分。天候は曇り。
ホテルにチャックインし、荷物を置いてから、外出。
夜店通りにある馴染みの店「ペピーノ」に食事に行く。ここは健康的でかつ美味しい料理が食べられる店で、青森に来たときは必ず立ち寄る。というよりも、青森に来る目的の1つになっている。「
今日はこれで行こう。
山ブドウのスカッシュ。
カボチャのボタージュ(冷製で)。
ミニサラダ。
ジュノベーゼ・パスタ。
食後のフルーツ。
さて、腹ごなしに夜店通りを散歩しよう。
「ペピーノ」の右斜め向かいにある「栄作堂本店」。夜食用や帰りの列車の中で食べる用に買うこともあるが、今回は買わない。
夜店通りとニコニコ通りの交差点。土曜日の午後2時ごろであるが、人通りはこんなものである。
横断歩道を渡り終わって、振り返る。
角の化粧品屋の屋根の資生堂の看板はいつも目立つ。
田村医院は街の小さな医院だが、看板に書かれた診療科目の多さにはいつも驚く。
この交差点の角地は何年も更地のままである。以前はカフェがあったようだ。
この通りで(個人的に)一番魅力的なのが映画館「シネマディクト」である。
いつもここで映画を見てみたいと思いつつ、実現できずにいる。
今日はこの作品が見たいと思った。
18時45分からの回がちょうどいいが、2つの点で問題がある。1つは、終わるのが20:35なので、それからどこかで夕食をとることが難しいということ。東京では信じられないだろうが、地方都市は本当に店が早く閉まってしまうのである。たとえば先ほどの「ペピーノ」は20:00閉店である。もう1つは、では映画の始まる前に夕食をすますという手もないではないが、今日は寝不足気味なので、食事の後はきっと眠くなってしまうだろうということ。
結局、今回も映画を見ることは断念した。青森で連泊でもしないとなかなか実現できそうにない。
夜店通りと国道7号線との交差点。
北国の沈鬱な曇天がなかなかに魅力的だ。
さきほどの田村医院の電柱看板。代表的な診療科目は内科、循環器化、呼吸器科なのだと知る。
成田時計店。もうやっていないのだろうと思いつつ、確証を得られずにいたが、今日、その確証を得た。
カーテンが引かれていないガラス戸から垣間見えたショーケースの中の目覚まし時計が、6時5分を示していたことである(現在の時刻は2時半)。普通は(営業している時計屋なら)電池を入れて、正確な時刻を表示しているはずだろう。
いまはもう動かないこの時計。一体、いつの6時5分だったのだろう。
この廃屋の隣りの空き地もいつまでたっても「売地」のままである。時計だけでなく、この辺り一帯の時間が止まっているかのようである。
第一柳谷荘。どこかに第二柳谷荘があるのだろう。キョロキョロしてみたが、見当たらない。
青い森鉄道の線路とぶつかって、ここで夜店通りは終わりである(実際は国道の手前で終わっているのだろうけれど)。
青い森鉄道は青森駅と目時駅をつなぐ(途中に浅虫温泉駅や、三沢駅や、八戸駅がある)第三セクターの鉄道である。
同じ道を戻るのは面白くないので、一本横(駅より)の道へ移動する。
この町工場は稼働している。
このアパートのように見える建物の壁には「青森青果市場」と書かれている。ここが?
いまは一軒の八百屋さんが営業しているだけである。
売りに出されている不動産物件。ミニ斜陽館といった趣がある。
この下ろされた三枚のシャッターの色合いがいい。
国道の歩道橋を渡って、いろは通りへ。
自動車も走っていないが、人も歩いていない。
ちゃんと営業中のお店も何軒かある。
「おたべなさいの」という枕詞がいい。この店の紹介があるサイトは→こちら
「八百屋のケンさん」という意味だろうか。
「あほ」と読むのだろうか?
ニコニコ通りに出る角地は空き地になっていて、向こうに「青森魚菜センター」が見える。
空き地の横は「青森生鮮食品センター」。
「青森魚菜センター」に入ってみる。
たくさんの魚屋さん。
「のっけ丼」とは魚屋さんの店頭に並んでいるネタを自分でチョイスして作る海鮮丼のことである。「2枚」とか「3枚」とあるのは自販機で購入するチケットのことで、10枚で1080円である。
ニコニコ通りはけっこう人通りがある。
ニコニコ通りと昭和通りの交差点はスクランブルになっている。
昭和通りを青森港の方へ。
ミスユニバース2016の青森大会の出場者募集のポスターが貼られている。
青森県観光物産館「アスバム」。
青い海公園。観光客も地元の人も来る。
今日は何かのイベントがあるらしく露店がたくさん出ていた。
「アスバム」の展望室に上る。
右手には夏泊半島が見える。
正面は津軽海峡。
左手は青函連絡船「八甲田丸」と青森ベイブリッジ。
下界へ。
青森ベイブリッジの上を歩いてみる。
下界へ。
かつて貨物車が青函連絡船に接続していた場所。
青森駅上空の雲。去年もこんな雲をみた記憶がある。津軽海峡は日本海と太平洋をつなぐ場所にあるから、こうした帯状の雲ができやすいのかもしれない。
午後5時。夕食にはまだ早い。夜店通りの洋菓子店「シュトラウス」の2階のカフェに入る。
格調高いカフェである。
室内の装飾もウィーン風というべきか。
この店の看板商品、ザッハトルテとコーヒー(ヴィーナーメランジュ)。
びっくりするほど美味しかった。「雛には稀な」という言い方はこういうときのためにある。けっして大袈裟な表現ではない。キング・オブ・ピーチメルバは嘘をつかない。
美味しさの他にもう一つびっくりしたのは、5時半閉店であるということ。は、早すぎる。
「シュトラウス」を出て(追い出されて)、新町通りを歩く。夕食にはまだ早い。どこかで時間をつぶそう。
デパートの催し物会場でやっているブックフェをのぞいてみる。
たまにいい古本があるが、それなりの値段である。
挨拶代わりに一冊購入。
市村弘正『小さなものの諸形態』(筑摩書房、
アスパム通りとの交差点を渡る。
交差点を渡ったところの角にある「亜希」という店に入る。ここは旨そうな店だというのは直感的にわかるものである。
カウンター席に座る。カウンターの中には強面のご主人がいる。
秋鮭とホタテのミックスフライ定食(1200円)。運んでくれた奥さんが「亜希」さんらしい。
卓上にあるトンカツソースではなく特製のソースで食べる。美味い。
食事を終わり、店を出て、向かいの「成田書店」をのぞく。
まだ買っていなかった村上春樹の新著『職業としての小説家』(スイッチパブリッシング)を購入。書下ろしの小説が出たときはすぐに買う私だが、このエッセイは雑誌『MONKEY』連載中に読んでいたのである、と思っていたら、半分くらいは書下ろしであった。それにしても、彼が表紙に自分の写真(撮影したのは荒木経惟)を載せるとはどういう心境の変化だろう。
ホテルに戻る前にコンビニで水と柿の種を購入。
デザートは「シュトラウス」で買っておいた林檎のケーキ。
いつもの街、いつもの通り、いつもの場所、いつもの店。そういう半日だった。それでいい。
1時、就寝。