フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

8月7日(木) 晴れ

2008-08-08 09:13:51 | Weblog
  8時、起床。夏休み中も「8時、起床」が基本である。目覚まし時計をセットしなくても「8時±1時間」の範囲内で自然と目が覚める。メールをチェックし、1時間ほど本を読んで、食欲が湧いてくるのを待ってから、朝食(昨夜の残りの鰹のたたきでご飯)。
  午前中(正しくは朝食から昼食までの時間帯)はルーティンワーク。午後(正しくは昼食から夕食までの時間帯)は、1時間ほどの昼寝(これは欠かせない。一番の夏バテ対策である)と、その後は、①ジム+喫茶店コース、②散歩+喫茶店コース、③お出かけ(脱蒲田)コースの3パターンのうちのいずれかであるが、今日は③お出かけコースを選択し、渋谷のシネ・アミューズに『純喫茶磯辺』を観に行った。ロードショーは銀座・有楽町・日比谷周辺の映画館で見ることが多いが、これは通勤定期が使えるからである。しかし『純喫茶磯辺』はテアトル新宿と渋谷シネ・アミューズの2館でしか上映していない。というわけで、ひさしぶりの渋谷である。

         

  『純喫茶磯辺』は明日が最終日で、だから混んでいるかもしれない、入場できないかもしれない、そのときは向かいのBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「青春のロシア・アヴァンギャルド」展を観ようと思っていたが、本日の最終回(4時15分から)の観客は十数人ほどだった。上映前に館内にテーマ曲「男の滑走路」(クレイジーケンバンド)が流れていた。印象に残るフレーズがあった。

  機内食は肉か魚か
  迷う事なく肉を選んだ
  見知らぬ街のどこで行き倒れても
  悔いのない死を迎えたいから
         
  『純喫茶磯辺』の主人公、磯部裕次郎は高校生の娘と二人暮らしの水道工。妻とは8年前に離婚し、パッとしない毎日を送っていたが、父親が死んでけっこうな額の遺産を手にする。心機一転、彼は喫茶店を開業する。いやいやながら手伝う娘、不美人だが気立てのいいウェイトレス、美人だが性格に問題のあるウェイトレス、一風変わった常連客たち、それから娘が頻繁に会いに行く別れた妻、これが『純喫茶磯辺』の登場人物たちだ。素人が思いつきで始めた商売だから成算はなく、実際、失敗するのだが、けれど娘は成長し、父娘の関係も、母娘の関係も成熟する。決して失敗して振り出しに戻ったわけでも、ましてや後退したわけではないというところが、この作品の美点である。父親役の宮迫博之は「お笑い芸人にしては」という但し書き抜きでいい演技をする人である。初めて彼の演技を目にしたのはTVドラマ『彼女たちの時代』(1999年)でのマンション販売会社の営業マン役であったが、存在感のある演技で、椎名桔平とのからみのシーンンでも全然引けをとっていなかった。娘役の仲里衣紗はいま売り出し中の若手で、TVドラマ『マイ★ボス マイ★ヒーロー』(2006年)のときはまだ子どもだったが、すでに子どもらしからぬ演技力だった。ピュアで普通な雰囲気は嵐の二宮和也に似ている。美人だが性格に問題のあるウェイトレス役の麻生久美子は、どこまで芸域を広げようとしているのか、恐ろしい。彼女が出演していることが、私がこの映画を観ようと決めた理由の一つである。

         

  パン屋、古本屋、喫茶店は私の憧れの自営業ベスト3である。大学で教員をやりながら自営業を営むことは、就業規定上、たぶん無理なのであろう。私が大学を辞めて喫茶店を開業したら、はたして妻子は手伝ってくれるだろうか。ウェイトレスは美人で気立てのいい人がいいが、はたしてそういう希望通りの人が応募してくれるだろうか。喫煙についてはどうしたらよいだろう。私自身は煙草は吸わないが、煙草の吸えない喫茶店というのはいやだ。分煙というシステムにもギスギスしたものを感じる。煙草を吸う客と、煙草は吸わないが苦手ではない客だけを相手にしてはやっていけないのだろうか。そういうことを帰りの電車の中で考えた。