OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

肉体的痛みの中で創作を続けられるか

2008-09-27 15:36:25 | Weblog
精神的痛みって、時には創作の原動力になったりするでしょ。けど、肉体的な痛みは、創作活動を妨げるって、わたしは思うんですよね。

わたしの場合は、創作なんてレベルの活動はしていないけど、たとえば、このブログの記事を書くってことだけでも、体調が悪いときは辛いもの。それが本格的な創作活動となれば・・・ん~、わたしには絶対に無理って思うんですよ。

けど、たとえば・・・その痛みの先に、自らの死を意識したりした場合は・・・わたしのような弱虫の怠け者でも、もしかしたら頑張れるのかな。

わたしは、父に彼の状態を告知する事を選択しなかったのだけど・・・自分自身に関しては、告知してくれるよう、子どもたちに頼んでいます。とはいっても、告知を受けた上で、立派に振舞う自信は全くないのですよ。きっと、落ち込んだり悲しんだり絶望した姿を見せて周りの人を辛がらせたり、八つ当たりの我がままをいって困らせたりはすると思うのだけど・・・それでも、そういう状況にある自分が、どうなるのかを知りたいと思うので、告知してくれと言っています。

ただ、せっかく「そういう状況にある自分」を体験しても、その体験を何かに昇華する作業が自分に出来るかと考えたとき・・・ふむ・・・精神的なものより、肉体的な部分で、無理かもって思うんですよね。ものすごく痛かったり、ものすごくダルかったり、体が辛い状態にある中で・・・ん~、わたしなら、何も出来ないかもしれない、とっても残念なことだけど。

そういう意味でも、肉体って疎かにできないなって、最近、思います。若い頃は、精神性こそが最も重要なものなんだと思っていたんですが、今は、肉体あってこその「わたし」だと思っています。

あっ、そうそう。少し脱線しますが・・・一般的に、外見っていえば肉体的特徴のことで、内面っていえば精神的な部分のような捉え方をしますよね。でも、肉体にも外見と内面があり、精神的なものにも外見と内面があるって、思うんですよ。

たとえば、容姿的なことが肉体的な外見だとすれば、持病みたいなことが肉体の内面。で、人当たりとか第一印象みたいな、他者が構築するイメージみたいなものが精神の外見で、よく付き合わないと分からない面が精神的内面、みたいな(^^;。

ん~、何の話でしたっけ。とにかく、体は大切にしなくちゃって、そういうお話でした、はい。

今日のレコード・・・ROBERTA FLACK『KILLING ME SOFTLY』
http://www.ticro.com/search/R00000955/no_sub/detail/
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http://www.youtube.com/watch?v=4mpqXu0z3wU
http://www.youtube.com/watch?v=Zqss0y3I12o