ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

ガープの世界 ジョン・アーヴィング

2018-08-10 11:47:00 | 

20世紀を一言で云えば、革命と戦争の時代であった。

革命といえば、マルクス主義革命が思い浮かぶが、もう一つ、忘れてはいけないものが女性の地位向上運動である。欧米では女性たちが解放を訴えて、デモ行進する様がTVなどで放送されていたことは、私も覚えている。

レディファーストが欧米の常識なのかと思い込んでいたが、実際は男性が財布を握っていて、女性の自由度は非常に低かったのが20世紀前半までの欧米社会であったらしい。

だからこそ、女性たちが男女平等と女性の地位向上を求めて活動を始めたことは、男性優位の社会にあってたいへんな反響を及ぼした。反発する男性は多く、それ以上に戸惑う男性らの困惑が、よく話題に上がっていた。

そのような状況下で書かれたのが、この作品である。主人公のT・S・ガープは、作者アーヴィングの半身であるとされている。いわば自伝的小説である。文庫本にして1000ページを超える大作である。

以前から興味があった本ではあったので、最後まで読んだが、正直言うとしんどかった。理由は明白で、まるで共感できなかったからだ。

男性優位の社会にあって、女性がその立場を強めようとすることは、大変なことであることは分かる。理屈では分かるのだけど、情理の部分では納得しがたいものがある。ぶっちゃけ、男女平等運動って無理やり感があって、あまり好きではない。

集団の中における優位性とは、その集団にどれだけ貢献するかで決まってくる。人間と云う生物が、男性優位の社会を作りがちなのは、男性が武力をもって集団を守る力があるからに他ならない。

逆に武力をもって守る必要がない平和な社会だと、家庭を管理する能力の高い女性優位の社会になりやすい。これは家庭での教育が、集団の生存能力を高めるからだと思う。

敢えて暴言を承知で云わせてもらうと、人権思想が生まれるまでは、男女平等を求める動きはなかった。人権思想が悪い訳ではない。人権思想が生まれた背景というか土壌となったのは、女子供に対してあまりに過酷な近世ヨーロッパ社会である。

産業革命以前は、一部の行商人、商船の乗組員、そして軍人などを別にすれば、農業社会であり、女性は重要な働き手であったが故に、女性を蔑視するような思想はなかった。

ただし、キリスト教には女性差別の思想があり、それが魔女狩り裁判など残酷な女性差別の一面をみせたことは事実である。それでも、農耕社会では家族が力を合わせての労働が当然であり、女性を徒に蔑視することはなかった。

しかし、産業革命が社会を大きく変えてしまった。産業革命以後に必要とされる労働者は、ある程度学力のある工場労働者である。そのためには、学校制度を整備して、子供を教育して知力を高める必要があった。

男性は工場で働き、女性は家庭で子供を育て、教育を手助けし、新たな知的労働者を生み出すことが求められた。結果、女性は働かず、子供を育て、家庭を守る存在となり、必然的に稼ぎ手である男性優位社会を生み出すに至る。

その一方で、近代工業の労働者となれない人たちは、危険な坑道仕事など汚れ仕事を担うこととなり、そこには知的弱者とか老人、独身女性、子供が放り込まれた。この悲惨な労働環境は、結果的に人権思想を生み出す苗床となった。

しかし、人権思想はなかなか社会に根付かなかった。本当の意味で、人権思想が社会に大きな影響を及ぼすようになったのは、20世紀を過ぎてからである。

これは、産業革命がより進み、サービス分野などにも人材が必要となったからだ。知的労働の割合が大きい分野では、力の強い男性優位とは成り得ず、女性でも男性と同等以上に働けることが実証された。

その実力ある女性たちの存在が、ようやく男女平等を看板に人権思想の実践に至る大きな原動力となる。一例を挙げれば、選挙における女性の参政権の獲得である。これはタックスペイヤー(納税者)としての女性の力を無視できなくなった結果でもある。

こうなると、これまで稼ぎ手として家庭でも、社会でも優位な立場にあった男性たちは、のし上がってきた女性たちと折り合わなければならなくなった。いつの時代でもそうだが、先行して権利を得てきた存在は、既得権を守ろうと意地になる。

だからこそ、20世紀における男女平等運動は、欧米において大きな混乱を引き起こした。その混乱の渦中で育ち、生きたアーヴィングの半生が、この作品に活かされている。

アーヴィングは村上春樹が、わざわざ翻訳された版があるほどだ。村上同様に繊細な感性が文章の端々から感じ取れるが故に、現代アメリカの代表的作家の一人とされている。

私自身は多分、「熊を放つ」のほうが好きだと思うが、この作品を読んで初めてアーヴィングの世界の原点が分かったような気がしたものです。誰もが楽しめる作品ではないと思いますが、村上春樹が好きな方なら、多分感性的に合うような気がします。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« BLEACH | トップ | オウム・テロ犯への死刑執行... »

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事