連休は久々に都内の古本屋巡りに精を出した。
神田神保町、早稲田、高円寺、荻窪、西荻窪、吉祥寺と自転車で走り抜け、最後に近所の新古書店を出た時には夜の10時を過ぎていた。お腹ペッコペコである。
それにしても予想通り閉店した店が多かった。その一方で新古書店も統廃合が激しい。新古書店は広い店舗と安さが魅力だが、お目当ての本を探すのに時間がかかる。従来の古本屋ならば、店主に尋ねるだけで即答であったので時間はかからない。むしろ移動時間と、いらんお喋りのほうが多かった。
しかし、新古書店は店員に古書の目利きなどいるわけなく、高額なはずの古書でさえも当初はそれなりでも、売れない時間が続くと、すぐに100円の棚に移される。ここが狙い目なのだが、なにせ探すのが一苦労だ。
だからこそ、苦労して探し出した時は感慨ひとしおである。
ところで自宅から十分とかからない近場の新古書店で私は悩んでいた。かねて読みたいと思っていた歴史書を前にして、私はどうしたもんかと悩んでいた。この本は愛知県の郷土史家が数十人集まって編纂した戦国武将をテーマにしたもので、なかなか面白そうだと思っていた。
ただ、500頁を超す大作であり、当然にハードカバーであり、如何に新古書店といえども安くはなかった。買えない値段でもないが、いいものを如何に安くが古本探しの醍醐味だと思っていたので、ちょっと躊躇っていた。
なにせバックの中は既に買い込んだ古本で一杯である。おまけに安売りしていたCDを十枚ほど買い込んでいたので、財布の中身も寂しい。この歴史書を買ってしまうと夕食が侘しくなる。既に10時近くで、いまさら料理する気になれず、近くの定食屋に行くつもりだったからだ。
さて、と考え込む。この新古書店は一定期間売れないと、一冊100円のコーナーに移される。既に三か月以上、売れ残っていることを思うと、来月には大幅に安くなるはずだ・・・
とらぬ狸の皮算用ではないが、この時点で私は甘い予測を信じる気でいた。うむ、空腹を満たすことこそ、まず肝要であると言い聞かせて、件の歴史書は買わずに店を出た。ペッコペコのお腹が悲鳴を上げているのに耐えかねたからだ。
数日後、GWの連休明けの土曜日に再び近所の新古書店を訪ねた。件の歴史書を探すも見つからず、もしかしてと期待に胸を弾ませて一冊100円のコーナーを丹念に見て回る。しかし、見つからない。ちょっと焦り気味で再び歴史書の棚を探すも、やはり見つからない。
どうやら売れてしまったらしい。後悔先立たず、である。
この時私の脳裏に流れた曲は、松任谷由美の「リフレインが叫んでいる」である。先日、格安で大量購入したCDの中の一枚に収められていた曲である。
「どうして、どうして僕たちは離れてしまったのだろう・・・・」
嗚呼、どうしてあの時買っておかなかったのだろう。実に悔しい。あれから一週間以上経つのに、いまだにこのフレーズが頭の中に流れている。困ったもんである。