ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

火車 宮部みゆき

2011-08-29 12:03:00 | 

幸せになりたかっただけなのに、気がつかぬうちに、破滅に至る。

これがクレジットの怖さだ。私は大学を卒業した後、信販会社に就職した。一番長くやったのが、分割払いを希望する顧客の信用調査だった。この与信業務は板ばさみのポジションにある。

信販会社としては、なるべく多くの顧客に自社の分割払いを使って欲しい。競合他社よりも、なるべく多く与信を与えて、信販の代理店たる各小売店に売り込みたい。営業部からは、はやく与信OKを出せと、やいのやいのと騒がれる。

その一方、分割払いの遅延は困る。遅延客から回収するのは手間も時間もかかる。これは回収部の仕事であり、担保をとらねば個人には貸さない銀行と異なるだけに、遅延金の回収はとても面倒。だから安易に与信OKを出すと、後日回収部から呼び出されて、コテンパンにどやされる。

このサンドイッチ状態で、いかにバランスをとれた与信をするかが、与信業務の肝となる。

その業務は電話とコンピューターが中心だ。分割払いを希望する顧客の情報を入力して、信用度を調べる。知人を装って自宅や会社に電話をかけることもある。名前や生年月日、住所などを少し変えて入力して、偽名などの可能性を疑うことも多々ある。

なぜなら、多重債務者は、しばしば嘘をつくからだ。一度でも遅延すれば、その情報は会社のコンピューターに記録される。それが度重なり、遅延債権となれば信販会社系の情報ネットに登録される。

多重債務者は、それを知っているので、名前を一部変えたり、親族の名を使ったり、あれこれ誤魔化さそうとする。それを見抜くのが仕事だ。慣れてくれば、割と見つけやすい。なぜか、みんな似たような手口なので、悪質な多重債務者は、わりと簡単に見つけられる。

困るのは、悪意なき多重債務者であり、無知な過剰債務者だ。

例えば、毎月の手取り20万だったら、ローンの返済に充てられるのは、その四分の一、つまり5万が限度だとおもっていい。三分の一を超えるようだと危険であり、借金を借金して返す羽目に陥る直前の状態だ。

まして、手取り収入の半分以上をローンの返済に充てるような人は、まず多重債務者であり、破産予備軍でもある。要するに、自分の収入以上を消費に充てているのだから、返せるわけが無い。

ところが、意外にこの過剰債務者は多い。ただし、しっかりと毎月返済している人も少なくない。これは実家住まいの方が大半だ。つまり家賃や水道光熱費がかかっていないので、なんとか返済できている。

だが、大概の過剰債務者はギリギリの生活を送っている人がほとんどだ。耐え切れなくなると、親や友人から借りて凌いでいる。だが、いずれは破綻する。収入以上の支出をしているのだから当然だ。

与信の仕事をしていると、これ以上のローンは返済が無理だと自然と分ってくる。まァ、大概は親を保証人につけたりして与信をしてしまう。

内心、これは無理だと思うケースも、けっこうあった。だからついつい、電話での聞き取りの際に、余計なお節介をしたことが何度もある。もう、これ以上のローンを組むのは止めなさいと、親切から忠告しているのだが、それが素直に聞き入れられることはまずない。

自分がローン破綻の境界線上にいることを自覚できていないので、むしろ余計なお節介だと逆ギレされるほうが多い。後で営業から叱られるの上に、数ヵ月後には回収部からも呼び出される。やはり私の予想通り、返せなくなったようだ。

私の忠告が受け入れられなかったのは、消費者にクレジットの知識が欠けているからだ。自分では分っているつもりなのだろうが、そのくせ自分の抱えているクレジットの総額さえ分っていない。

サラリーマン金融(サラ金)や、過大なローンを抱えた個人が破産にいたり、自殺や一家心中が社会問題化したのは、昭和50年代末のことだ。60年代には、金融監督庁など監督官庁が強力に規制をかけるようになったので、表向き問題は沈静化したようにみえる。

しかし、表題の作品で宮部みゆきが取り上げたように、むしろ問題は静かに、深く潜行しているのが実情だと思う。私は義務教育で、金融について学校で教えるべきだと思う。子供のうちからクレジットの有益性と危険性を教えておかねばならない。

クレジット破産は、知っていれば避けられるはずの問題でだ。しかし、どこでどう干渉があるのか知らないが、現在学校で行われている金融教育は、いくつか教えていないことがある。

ご存知だろうか、過去にクレジットの支払遅延が数回あっただけで、銀行は融資を拒否することを。サラ金からちょこっと金を借りて、無事に返済しても、銀行は融資に及び腰となる事実を。

灰色金利に規制がかかったのは、ほんの2~3年前のことに過ぎない。多重債務者は、トランプのババ抜きのように扱われている現実は、なんも変わっていない。そして、一度でもクレジット破産を経験してしまえば、銀行はまともに相手してくれなくなる。

高度な金融社会と化した現代の日本にあって、消費者金融やクレジットカードは、今や欠かせぬ金融商品となっている。にもかかわらず、利便性だけが宣伝され、危険性に対する教育が十分にされていないことは、大きな問題だと思う。

宮部みゆきが丹念に下調べをした上で書かれた表題の作品は、そんなクレジット破産の裏面を見事にえぐりだす。私としては、銀行がスポンサーとなって執筆された金融に関するテキストを読むより、この作品を読んだほうが、よっぽど役に立つと思うな。

コメント
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