分っていても言えないことはある。
多分、子供とりわけ男の子って奴はそうだと思うが、秘密の場所が大好きだ。神社の境内の奥まった先とか、畑の脇に残った林の木々の深い場所。あるいは、半ば放置された資材置き場の隅っことか、住む人がいなくなった廃屋の軒先なんかは、子供たちのかっこうの遊び場だった。
秘密基地と呼んでいた。でも、秘密でもなんでもない。子供たちはどこにでも潜り込んでくる。隠していたはずなのに、いつの間にやら見つかってしまう。その度に、新しい秘密基地を探したものだ。
大人たちが思いもよらない、とんでもない場所を見つけ出すことも珍しくなかった。その一つが、どぶ川の土手にあった作業坑だった。
近所にあったコンクリートで固められたドブ川は、狭い家々の間を通り抜けて、最後は地下に消えていく。大雨が降るたびにあふれ出す困った川で、ジャクズレ川と呼んでいた。多分、蛇崩れ川だと思うが、地図にはそのような名称は載っていなかったので、地元の通称だと思う。
見つけたのは偶然だった。ドブ川に落ちたボールを拾いにいき、ドブ水に落ちないように土手の突起に手をかけて、手を伸ばしていた奴が、突然ドブ川に落ちた。
悲鳴と笑い声が錯綜する最中、鈍い音がして、土手の一部に穴が開いた。たちまち騒ぎになり、みんなでその穴を覗き込んだ。突起とみえたのは、扉の取っ手であったらしく、それを開いてしまったのが真相らしい。あまりに薄暗くて、誰も扉があることに気づかなかったのだ。
どうも作業坑らしいが、かなり奥深い。臭かったせいもあるが、どうも妙な感じがして、誰も中に入ろうとはしなかった。霊感に乏しいというか、鈍感な私でさえ、なんとなく入り込む気にはなれなかった。
空耳かもしれないが、なにかがコソコソと囁いている気がしたのだ。穴を囲むように集まった子供たちは、誰一人動くことが出来なかった。なんかヘンだぞ?!
一人、勇敢というより無鉄砲な奴が、いきなり穴に上半身を突っ込んだ。次の瞬間、彼の上半身に黒い斑が這い回っていることに気がついた。
「うぎゃ~~~!!!」
もの凄い悲鳴とともに、穴から抜け出した彼の上半身を無数のゴキブリが這い回っていた。つられたのか、私たちまで悲鳴を上げた。その後は混乱状態で、なにがなんだか分らない。ドブ川を走り回ったあげく気がついたら、お寺の裏の公園で泣きべそをかく彼の服を洗ってやり、着替えをもってきてもらい、ようやく一息ついた。
実を言うと、穴につっこんだ彼は小便を漏らしたのみならず、脱糞までしていた。でも、誰も彼を笑う気にはなれなかった。もし我が身に起こったならば、似たり寄ったりの結果であることぐらいは分っていた。
夕暮れの公園で、この日のことは内緒にしようと固く誓い合ったのは言うまでもない。子供には子供なりの仁義があるもんだ。
もっとも、一週間後にはクラスの全員に知れ渡っていたのだから、子供の約束なんて当てにならない。
困ったのは、その彼が異常に潔癖症になってしまい、極度にゴキブリを嫌うようになったことだ。それどころか、カブトムシをはじめとして黒い虫はすべて駄目になった。
その後のことだが、ふざけて誰かが彼の給食の上に、ゴム製のゴキブリの玩具を置いておいた。それに気づいた彼が発狂したように飛び上がり、奇声を発して大騒ぎになった。泣きながら机を振り回す彼を止めるのに、クラスの男子総がかりになるほどであった。
当然に担任の先生の知るところとなり、放課後大反省会となってしまった。いたずらの犯人は結局分らなかったが、今度は本当に困ったことになった。
本気で怒って教壇に仁王立ちの先生と、その隣で泣きべそをかいている彼の後ろの黒板の上を、小さいが黒いゴキブリが這っていた。今度は本物だ。でも、誰も言えない。おそろしくて言えないよ。
結局、そのゴキブリが天井近くの排気口に消えるまで、クラスの皆は息を潜めて黙り込んでいた。その沈黙をどう先生が誤解したのか分らないが、説教が長引いたことだけは確かだった。
私はお化けも幽霊も観た事ないが、世の中には「おそろしくて言えない」状況があることだけは良く分った。できるなら、もう二度と味わいたくないものである。
なお、表題の漫画はホラーというよりコメディー色の強いものなので、気軽に楽しめると思います。少なくても、恐ろしくて読めないってことはないのでご安心あれ。
多分、子供とりわけ男の子って奴はそうだと思うが、秘密の場所が大好きだ。神社の境内の奥まった先とか、畑の脇に残った林の木々の深い場所。あるいは、半ば放置された資材置き場の隅っことか、住む人がいなくなった廃屋の軒先なんかは、子供たちのかっこうの遊び場だった。
秘密基地と呼んでいた。でも、秘密でもなんでもない。子供たちはどこにでも潜り込んでくる。隠していたはずなのに、いつの間にやら見つかってしまう。その度に、新しい秘密基地を探したものだ。
大人たちが思いもよらない、とんでもない場所を見つけ出すことも珍しくなかった。その一つが、どぶ川の土手にあった作業坑だった。
近所にあったコンクリートで固められたドブ川は、狭い家々の間を通り抜けて、最後は地下に消えていく。大雨が降るたびにあふれ出す困った川で、ジャクズレ川と呼んでいた。多分、蛇崩れ川だと思うが、地図にはそのような名称は載っていなかったので、地元の通称だと思う。
見つけたのは偶然だった。ドブ川に落ちたボールを拾いにいき、ドブ水に落ちないように土手の突起に手をかけて、手を伸ばしていた奴が、突然ドブ川に落ちた。
悲鳴と笑い声が錯綜する最中、鈍い音がして、土手の一部に穴が開いた。たちまち騒ぎになり、みんなでその穴を覗き込んだ。突起とみえたのは、扉の取っ手であったらしく、それを開いてしまったのが真相らしい。あまりに薄暗くて、誰も扉があることに気づかなかったのだ。
どうも作業坑らしいが、かなり奥深い。臭かったせいもあるが、どうも妙な感じがして、誰も中に入ろうとはしなかった。霊感に乏しいというか、鈍感な私でさえ、なんとなく入り込む気にはなれなかった。
空耳かもしれないが、なにかがコソコソと囁いている気がしたのだ。穴を囲むように集まった子供たちは、誰一人動くことが出来なかった。なんかヘンだぞ?!
一人、勇敢というより無鉄砲な奴が、いきなり穴に上半身を突っ込んだ。次の瞬間、彼の上半身に黒い斑が這い回っていることに気がついた。
「うぎゃ~~~!!!」
もの凄い悲鳴とともに、穴から抜け出した彼の上半身を無数のゴキブリが這い回っていた。つられたのか、私たちまで悲鳴を上げた。その後は混乱状態で、なにがなんだか分らない。ドブ川を走り回ったあげく気がついたら、お寺の裏の公園で泣きべそをかく彼の服を洗ってやり、着替えをもってきてもらい、ようやく一息ついた。
実を言うと、穴につっこんだ彼は小便を漏らしたのみならず、脱糞までしていた。でも、誰も彼を笑う気にはなれなかった。もし我が身に起こったならば、似たり寄ったりの結果であることぐらいは分っていた。
夕暮れの公園で、この日のことは内緒にしようと固く誓い合ったのは言うまでもない。子供には子供なりの仁義があるもんだ。
もっとも、一週間後にはクラスの全員に知れ渡っていたのだから、子供の約束なんて当てにならない。
困ったのは、その彼が異常に潔癖症になってしまい、極度にゴキブリを嫌うようになったことだ。それどころか、カブトムシをはじめとして黒い虫はすべて駄目になった。
その後のことだが、ふざけて誰かが彼の給食の上に、ゴム製のゴキブリの玩具を置いておいた。それに気づいた彼が発狂したように飛び上がり、奇声を発して大騒ぎになった。泣きながら机を振り回す彼を止めるのに、クラスの男子総がかりになるほどであった。
当然に担任の先生の知るところとなり、放課後大反省会となってしまった。いたずらの犯人は結局分らなかったが、今度は本当に困ったことになった。
本気で怒って教壇に仁王立ちの先生と、その隣で泣きべそをかいている彼の後ろの黒板の上を、小さいが黒いゴキブリが這っていた。今度は本物だ。でも、誰も言えない。おそろしくて言えないよ。
結局、そのゴキブリが天井近くの排気口に消えるまで、クラスの皆は息を潜めて黙り込んでいた。その沈黙をどう先生が誤解したのか分らないが、説教が長引いたことだけは確かだった。
私はお化けも幽霊も観た事ないが、世の中には「おそろしくて言えない」状況があることだけは良く分った。できるなら、もう二度と味わいたくないものである。
なお、表題の漫画はホラーというよりコメディー色の強いものなので、気軽に楽しめると思います。少なくても、恐ろしくて読めないってことはないのでご安心あれ。