読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『映画音楽 時の流れとともに』

2009年06月18日 | 評論
関光夫『映画音楽 時の流れとともに』(日本放送出版協会、1973年)

最近、映画音楽のことについてあれこれ考えている。映画というのは、たとえば人物の描写にしても、ちょっと専門用語が分からないので、素人書きをするが、ずっとカメラを引いて遠望というのか、遠くからバックにある自然なんかも入れて写す方法もあれば、アップにして顔の表情だけで内面を表そうとするような方法もある。それに音楽がつけば、人間の内面を表現するのにこれ以上の方法はないというくらいに、効果があるだろうし、そういう方法は現在では当たり前のように使われているが、はたしていったいどれくらいの時期から音楽がそのような使われ方をし始めたのだろうかということが知りたいとおもった。

この本を読んでみると、最初のサイレント時代やトーキー時代も初期には、どんな音楽をつけるということはまったく映画監督の念頭になく、映画が出来上がってから、適当に既成のクラシック音楽をつけてみたり、音楽家に作曲を頼んでみたりしていたらしい。つまり映画の主題―それは多くの場合に主人公の内面によって表される―を表現するために音楽が必須だという意識は当初は、というかかなり最近までなかったようなのだ。

やはりそういうところまで考えた映画監督のさきがけはチャップリンらしい。音楽の担当を委ねられた音楽家が喜劇の音楽は、こっけいなものしようと提案すると、チャップリンは「音楽はあくまで情緒をあらわすため、ドタバタ喜劇に対する優雅と魅力の対立的なあり方の裏づけとして使いたい」と主張したらしい。この引用部分がいったいどこから引かれているのか分からないが、この本の参考文献に挙げられているから、たぶんチャップリン自伝あたりではないだろうか。チャップリンがここで言いたいことは、ドタバタ喜劇だからこっけいな音楽というのではなく、音楽が優雅さと魅力をもったものであればあるほど、その対極にある映像―どたばた―の滑稽さが生きてくるし、その滑稽さに哀れみのような感情が付随してくるということではないだろうか。『キッド』なんかに見られるような、生きることの滑稽と哀しみを表現するものとして音楽を考えていることがよく分かる。

これは映画ではないが、1973年の市川昆監督のテレビドラマ『木枯し紋次郎』でも音楽がすごかった。音楽を担当していたのは湯浅譲二だったと思うのだが(YouTubeで確かめたらやはりそうだった)、もう前衛的というか、バイオリンの弓を弦に押し付けてギギーと鳴らすとか、裏で何か起きているぞということを予感させるために、何の音か知らないけど、カタンカタンと不協和音を二つ鳴らしてみるとか、とにかくいままでのテレビドラマで聞いたこともないような音が満載でそれが、これまで見たこともない泥まみれの渡世人像にピッタリだったのだ。

また私たちのよく知っている日本映画ではなんといっても黒澤監督の音楽にたいする執着は有名のようだ。この本では「映画は画と音の芸術だと考え、音楽が、撮影終了後、雰囲気作りに適当に投げ込まれるものではないと考えている黒澤のような監督」(p.254)と書かれているから、映画音楽というものを映画の一部としてとらえていたのだろう。ただ黒澤監督の音楽というのはクラシック一辺倒なので、その辺がどうなのかなと私は思う。そういう意味では一緒に仕事をした音楽家はたいへんな苦労だったのだろう。武満徹あたりも後期の黒澤映画で仕事しているが、多くを語らないのは、その辺の苦労が大きかったからではないだろうか。黒澤監督と映画音楽の関わりについての本を知り合いに紹介されて以前読んだことがあるので、もう一度読み返してみたいと思っている。

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