生きたまま極楽! 

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ネットで嫌われる芸能人

2011年10月30日 | 芸能ログ

 

ネットで嫌われる芸能人の共通点

 

  三池崇史監督の話題作映画『一命』(松竹)で、主演を張りながら公開初日の舞台挨拶に欠席した市川海老蔵に批判のコメントが多く寄せられている。彼が欠席した理由は、名古屋での歌舞伎公演のため。仕事の都合上仕方のないことのように思われるが、ネットでは、「あれだけ叩かれてなお初日に顔を出さない神経が信じられない」や「わがまま」「何様だ」と非難の嵐。昨年の暴行事件以降、海老蔵関連の記事に寄せられたコメントのほとんどは、こうした非難で埋め尽くされている。
 
 この海老蔵と同じような状況にあるのが、8月に芸能界を引退した島田紳助。引退以前からネット上はアンチ紳助の多い場所だったが、引退以降になるとそうした輩が急増。暴力団関係者との黒い交際という引退理由は、紳助を公然と非難できる免罪符になってしまったのかもしれない。また、彼らと同様に、何をやっても非難されるのがアグネス・チャンだ。

 今月8日、ユニセフの大使としても知られるアグネスは、自身の公式ブログ(「アグネスちゃんこ鍋」http://ameblo.jp/agneschan/)で、ソマリアへの募金を呼びかける内容を配信。これに対しネット住民は即座に反応、多くの書き込み掲示板で話題に上がり、「日本が震災で大変な時期にバカなことを言うな」や「相変わらず空気よめない」「無神経」といったコメントが寄せられた。

 ユニセフ大使として募金を呼びかけただけでこの有様。アグネスの嫌われようは、海老蔵、紳助にも引けを取らない。そんな彼女への批判の大きな理由は、彼女が大使を務める日本ユニセフ協会という団体への不信感と、アグネスの持つ胡散臭さ。都内一等地に巨大なビルを構える日本ユニセフ協会は、ニューヨークに本部を置く国際連合児童基金(ユニセフ)との協定といって、募金から経費を差し引くいわばピンハネを公然と行い、募金ビジネスと叩かれることもしばしば。そんな団体の大使の座に就くアグネスも、「子どもの未来のために募金を」と言いながら、センスのかけらもない豪邸に住んでいる。

 2010年の春に放送されたテレビ番組で自宅を公開したアグネス。「社会にはびこる害から子どもたちを守る」という彼女の主張は大変立派なものだが、そんな大層なことを言って募金を呼びかけながら、自分はシャンデリアの輝く豪邸に住んでいる......。彼女のこうした態度にネットユーザーは激しく反応。以降ネットでのアグネス批判は過熱していった。

 アグネスは、ネットで巻き起こった「自宅が豪華すぎる」という批判に対し、ツイッターで「あれは事務所です」と反論している。しかし、ネットユーザーたちにとって、そんなことはどうでもいいのかもしれない。彼らを突き動かすのは、「子どもの未来のため」と言いながら、豪華なシャンデリアを自慢する中年女性から漂う"嘘っぽさ"だ。言い換えれば"偽善者の臭い"。もちろん、これはネットユーザーたちの勝手な憶測に過ぎない。本当のアグネスは聖人かもしれない。彼女がどういう人間なのか、それは誰も知ることができないのだから。

 ただ、人を評価する上で、イメージや印象、当人から漂う雰囲気というのは、大事な指標になる。心の中が見えない以上、それしかないともいえる。ネットユーザーは、メディアなどから漏れる情報を元に、アグネスのイメージを作り上げ、そこから抱いた印象に忠実に批判を繰り返しているに過ぎない。彼女がどう反論しようが、それはどうしようもないことだ。しいて言うなら、そんな印象を抱かせてしまった自分がいけない。

 紳助や海老蔵もまた同じだろう。彼らには、騒動の以前から"どこか嫌な感じ"があった。その要因は、たびたびメディアを通じて報道される、酒癖の悪さや女癖の悪さだったり、「素敵やん」と呟きながら後輩芸人を恫喝するお山の大将ぶりだったりとさまざま。そういった全てを総合して、彼らには"嫌な感じ"が漂う。そして彼らは騒動を起こした。批判を繰り返すネットユーザーにとってみれば、「それ見たことか」ということなのかもしれない。

 有名人に非難の言葉を投げかける人々のほとんどが、本人には会ったことがないだろう。しかし彼らは有名人の人間性まで否定するコメントを書く。テレビや雑誌から得た情報に過ぎないにも関わらず、どうしてそこまで書けるのかと思ってしまうようなものもある。ただ、一般の人々にとって有名人とはそういうもの。そういった批判にさらされるのが嫌なら、どうにかして清廉なイメージを与えるか、有名になったことを後悔しながら気にしないことしかない。

 ネットの世界は、雑誌やテレビなどと違って出回った情報を半永久的に残す。ネット上で飛び交った非難の言葉は消えることがない。海老蔵、紳助、アグネスらは、もはや何をやっても非難され続けることだろう。最後に、いちおう断っておくと、こういった偉そうな記事もまた、ネットでは非難の的となる。

 

 

 ネットのコメントは民意の現われか?というのはありますね。ネットのコメントというのも、2chのような巨大掲示板に寄せられる数多いコメント、BlogやTwitterのようなものから独自に発信するコメント、またそこの意見に対して入れられるコメント、ニュースサイトの記事に対して入れられるコメント。これら大衆からの発信するコメントは、各元ネタ情報ごとであれ、多分、毎日毎日ものすごい数量になるでしょうね。昔は巨大メディアからの一方通行の情報と、それに対する、メディア側の人とプロの意見のみ、だったのが、現代ではネットを通じて、一般大衆がそれぞれの意見を発信する。それは毎日毎回膨大な数量だ。その一つ一つが取り上げられることはほとんどないが、同じような似たような意見が数多くある場合、相当な数量になるが、類似の意見には、巨大メディアも反応せざるを得ない。また、それはネット上で大衆が見て知るから、世間一般的には、集約された大きな意見として民意的に認知される。ネットのコメントは民意の現われか?

 でも現代は多分、巨大メディアも巨大企業も政治家たちも、ネットの大衆の意見、は無視は出来ないでしょう。ネットのコメントというのは類似の大多数の意見は、世の中の巨大なものや権力を動かす力がある‥、のかどうか少なくとも世の中の巨大な力たちが無視は出来ないところまでの、新しい力にはなって来ているのではないか。世界的には、雪崩込むように連鎖的に起こった中東民主革命とかは、その機動力はFaceBookやTwitterとかネットの力でしょう。日本でも、ついこの間の韓流偏向報道へのフジTV抗議デモも花王不買運動連動抗議デモでも、予想外の数千人単位の人が集合参加していたし。まあ、今の日本の世の中でネットの意見だけが総民意か?というとまた違うとは思うけど。民主革命の起こった中東諸国と現代日本の環境は、無論全然違う訳だし。まだ日本のネットの世界の大衆コメントは、「アソビゴコロ」でやってる人がかなりの割合を占めている、という気がする。エビゾーもシンスケもアグネスも、ネットやってる大衆の個人個人に取っては、日々の生活から考えると本当は「ドーデモイイコト」なんだと思う。エビゾー・シンスケ・アグネスへの悪口や批判は「アソビゴコロ」の一環にあるんだろう、と思う。やっぱり超の着く有名人の「有名税」は厳然とある。これは有名人は仕様がないよ。TVという世界によく顔を出す「有名」という力を持ってるんだから。だいぶ前のだけど、ネット記事で、ある調査で、2chやってる人は意外にも、若者というよりもけっこう中年に多い、という結果が載っていた。中年て30代後半から50代かな。最初は若者に多そうな気がしていたが、ネットのコメントらんを回っていると内容から、これはそんなに若手ではないな、という書き込みが多かった。多分、けっこう30代以上が中心なんじゃないか、と思う。ネットって、何かイメージとしてニートや引き籠もりがやっている、という雰囲気もあるけど、本当はそうじゃなくて、もう老齢域に入っている人は別として、かなりの割合で仕事を持っている人が多いんじゃないかなあ。というかやっぱり何がしか仕事持って稼いでる人が大多数でしょう。ネットは、例えそれが政治的関心にせよ、真面目な主義主張を持ってやっていたとしても、やっぱり娯楽的側面は大きいと思う。ネットの趣味的側面から、日頃のストレス解消の一面は絶対ありそうな。だから、ネットで嫌われる有名人は、多分ほとんどが富裕層だろうし、まあ仕方ないよ、有名税だよ。毎日毎日コツコツあくせく働き続けている労働者たちの、国民の、ウサの捌け口になれるんなら、それもいいじゃないですか、有名人の皆さん。

 

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北杜夫さん訃報

2011年10月28日 | Weblog

 

○北杜夫さん訃報悲しみ広がる

 

  上山市出身の歌人斎藤茂吉の次男で作家の北杜夫さんが死去したのを受け、県内でも関係者の間で悲しみが広がった。

 来月6日に、北さんと、長女でエッセイスト斎藤由香さんの親子2人による講演会を予定していた山形市の劇場「シベールアリーナ」では26日、由香さんによる「追悼講演会」に変更しての開催を決めた。

 同劇場によると、講演会では、斎藤茂吉から北さん、由香さんへとつながる家族の思い出などを話してもらう予定だった。同劇場には26日朝、由香さんから北さんが亡くなったとの連絡が電話であったという。

 同劇場の熊谷真一代表理事は、「突然の訃報に驚き、何ものにも代え難い喪失感を感じる。北さんの小説は10代、20代の頃にむさぼるように読んで今でも大好きな小説ばかり。来月初めてお目にかかれると楽しみにしていただけに残念でならない」と話した。

 同劇場の遠藤征広事務局長は、「由香さんは電話で『講演会には私が1人で行きます』と気丈に話してくれた。こんな事態になったのに山形に来てくれる由香さんに感謝し、みんなで北さんを追悼したい」と話した。「追悼講演会」では、由香さんが父親の北さんの思い出などを語るという。

 また、上山市の斎藤茂吉記念館職員中村尚志さん(52)は、数年前に北さんが記念館を訪れた時のことに触れ、「北さんは家族で来られて少しあいさつさせて頂いた。小説のようにユーモアを交えて話されていたのが印象的だった。来月の講演の後に寄ってもらえるかと期待していたが、残念です」と話した。

 

 

 ああ、北杜夫さんて、「第三の新人」には入らないんだ。「第三の新人」としてはもう随分前に他界した文学作家、遠藤周作さんや吉行淳之介さんらが有名だったけど、北杜夫さんも同時代の作家だし、てっきり同じ「第三の新人」として文学的区分けに数えられる人なんだと思っていた。上記に上げた三人の文学作家とも、僕の少年期から青年期に活躍された方々だ。少なくとも世間的にというかメディア的にというか、有名人だった時代だ。僕の少年期から青年期、この三人の作家の書いた本をよく読んだ。といっても、一番多く親しんだのは、遠藤周作さんの著書だったけど。吉行淳之介の、少年後期の僕にはちょっとエッチな小説も、その雰囲気が好きだったなあ。エロだけど、高貴な雰囲気。同じ「第三の新人」に数えられる安岡章太郎さんもエッセイ集を2冊くらい読んでる。小学生時から学生時代は全て学業成績がひどい劣悪だった僕は、16歳から読書を始め、元々出来の悪いアタマでは、当然のように難しい文学作品など理解出来ず、したがって、僕の読書はおおよそ大衆小説一辺倒な具合だった。だから、吉行淳之介さんのエッチな風味の文学作品はともかく、遠藤周作さんの小説などもどちらかといえば大衆小説方向の作品ばかり読んでいた。遠藤周作さんの大衆小説方向の著作も、感涙しそうになる小説も多かったですけどね。遠藤周作さんの「ただいま浪人」という青春小説は大好きだったなあ。読んだのは17歳くらいだったけど。当時、本当に面白く読んだ。安岡章太郎さんはご存命なんだ。現在91歳。すごいな。曽野綾子さん三浦朱門さん夫妻も「第三の新人」に数えられますが、僕は両文学作家とも作品は何一つ読んだことない。このご夫婦は未だご存命ですね。もうけっこうご高齢ですよね。めでたいことだ。

 僕は少年後期から青年前期くらいの年齢の頃、「文学青年」なるものにとても憧れていた。でも、一番読んでいる小説といえば、松本清張と五木寛之だし、信奉する作家は野坂昭如だった。とても文学青年なんていえるシロモノではなく、単なる小説好きな兄ちゃんだった。あの時代の遠藤周作さんは大人気作家で、大衆小説方向の小説はけっこう読んだが、「沈黙」などの純文学作品は全く読んでない。北杜夫さんの一番有名な小説、「楡家の人々」も憧れていたが、結局読まず終いだ。遠藤周作さんの思いっきりエンタティンメントな面白エッセイのシリーズに、「狐狸庵山人」シリーズがある。これは時には爆笑を呼ぶユーモアエッセイ集だった。あの時代のベストセラーでもあっただろう。その双璧的存在の人気エッセイ集シリーズが、北杜夫さんの「ドクトルマンボウ」のシリーズだったろう。狐狸庵エッセイのユーモアには時に悪ふざけ的にも感じられそうな表現もあったけど、北杜夫さんの「ドクトルマンボウ」のエッセイは下地に基本的にユーモアがあるけれど、案外に真面目に書かれたエッセイ集だった。「ドクトルマンボウ青春記」など、軽い読み物のつもりで文庫で買って読んだら、真面目でけっこう難い印象の読み物だった。18歳の終わり頃か、北さんの文学の盟友、辻邦夫さんとの対談集を読んだが、そこで、北杜夫が青年期からトーマス・マンを、今風にいえばリスペクトし、文学的影響を受けていることを知った。そしてこの対談の中での一文、今でも覚えている、「世界の有名文学がだいたい2、3のところにあって、トーマス・マンの『魔の山』が5の位のところにあり、ドストエフスキーが最高峰で10の位置にある」という一行。辻邦夫と北杜夫とどちらの言葉だったか忘れたが、僕はこの対談集を読んだ時、まだまだ文学青年に憧れていたから、いつになるか最終的にはドストエフスキーを読もう、と思って結局読まずじまいで終わった。この一文から、北杜夫さんの文学の代表作「楡家の人々」をいつか読もう、と思ってたんだよね。「楡家の人々」は北杜夫さんのトーマス・マンのオマージュ的色合いの濃い作品だと聞いてたから。まあ、結局読まず終いなんだけど。辻邦夫さんて今まで一冊も読んだことないなあ。純文学の人だしね。辻邦夫さんも「第三の新人」には入らないのか。

 僕の青年期、ドクトルマンボウのシリーズのエッセイ集の他に、北杜夫さんの大衆小説系の作品を一冊読んでいた。「高見の見物」というどちらかというとユーモア小説の味付けのもの。もうすっかり内容を忘れているが、家の中に居るゴキブリの目を通して、人間生活をシニカルに見ているような、ユーモアの衣を被って人間生活を皮肉たっぷりに批評眼的に描いたような作品ではなかったか(?)。すごい昔のことだし、忘れてるんだけど(ひょっとして全然違ってたらごめんなさい)。あとは、正直、あんまり読んでないなあ。でも、北杜夫さんという作家は本当に有名な文化人だった。無論、精神科医である、ということもよく知られていたし、僕らの時代では、「躁鬱病」と聞くと「北杜夫」の名前が出て来るくらい、持病の躁鬱病も有名だった。

 僕が子供の頃から青年期、人生で一番多感な時期に、よく知っていて影響も受けた、昭和の文化人や知識人たちも、みんな去って行ってしまっているなあ。とても寂しいよ。ドクトルマンボウ先生、御冥福をお祈りしています。

 

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小向美奈子、その後

2011年10月27日 | 芸能ログ

 

○小向美奈子 「AV女優」がバカ売れ

 

  AV界、空前のヒットと話題になっている。ストリッパー・小向美奈子(26)のAV初出演作「AV女優 小向美奈子」だ。14日にアリスJAPANから3990円で発売されて、バカ売れしているのだという。
「AV女優」は新聞に一面広告が掲載されるなど宣伝もバッチリで、小向ファンはもとより年齢を問わず男性が購入に走っているのだ。
「小向のAVは6章だてで、スライム乳揺らしまくりのド迫力のHをタップリと堪能できます。ただし、それだけなら“巨乳若妻AV”とそんなに変わりません。小向のAVが一味も二味も違うのはグラドル出身、薬物での逮捕、ストリッパー転身、フィリピンへの逃亡劇、ポールダンサー修業といったさまざまな要素があって、ついによがり狂う生身の女の姿を見せている点です。ここまで話題テンコ盛りのAVは今までなかった。12月にかけてもう2本発売されると聞いていますが、AV界は年内は“小向祭り”になる。トータル20万本なんて声もあります」(出版プロデューサーの高須基仁氏)
 小向は発売前後に公の場に姿を見せていないが、21日に都内で開催されるイベントが出演をオファーしている。今回の反響にはさすがに小向本人もビックリだろう。

 

 

 

 ついにこういう道になっちゃったかあ。家は良いんだろうにね。けっこう良い家庭で育ったんだろうに。まあ、よく知らないけど、割合と裕福な家庭で、まあ何不自由なく育ったんだろうに。そして15歳でだったっけか、芸能界入り。というか最初は雑誌の美少女コンテストの優勝か何かだっけか。済みません、何も資料を調べもしないで自分の記憶だけで書き込んでます。正確な情報でなくて本当に申し訳ありません。お父上は会社を経営してるんだっけか。どうだったか、とにかく社会的なクラスでは上級辺に居るような方だよね。まあ、彼女はアソビメ(遊び女)だったんだろうけど。夜の遊びが、火遊びが大好きな少女だった。元々から派手好きだったんだろうね。芸能界とその周辺は、この人には正に水を得た魚的気分で楽しくやっていける、生来の自分にピッタシ合った世界だったんだろうけど。足を掬われた。あんまり遊びにウツツを抜かし過ぎたか。美少女アイドルで華々しくデビューしてそこそこ売れて、十代後半から二十代初め、それなりの人気も持っていたけど、それはいつまでも続くものじゃない。浮き沈みの大変激しい、それは厳しい過酷な世界だ。すぐ隣には落とし穴もある。いくつも。ドラッグに嵌まったのは一つの落とし穴だろう。落とし穴に嵌まって、うまくは抜け出せなかった、というのか、そのまんま何か別の方向に行っちゃったなあ。というか、芸能界という場所そのものが大変グレイゾーンな怪しい世界で、一つ間違えばとても危ない世界だ。境界的な、正にグレイゾーンな場所。落とし穴からはうまい具合には這い上がれなくて、世間一般的には泥道と見られてしまうような道の方向に行っちゃった。僕は、以前の記事で、麻薬逮捕の報道時の、ニュース記事アップの時のコメント文で、この人は、派手な都会から抜け出て地味な田舎へ行って、目立たない普通の一般的な仕事をコツコツやって生活して、地方で一般人としてやって行った方が良い、という感想意見を書き込みましたが、それは何度か同じ意見を書き込んだんだけど、勿論、ド素人ド一般人の僕がこんな普通人Blogに意見なんて書き込んでも、世間的には到底、微塵も影響の無い何も意味をなさないことなんだけど、僕としてはあの時は精一杯そう思ってたんだけど、案に反して、彼女の再起はストリッパーという世界でだった。違法薬物逮捕からの再起は、普通一般人になる、という道ではなくて、「更生」という意味ではちょっと怪しいイメージを持たれるような、ストリップなんて世界からだった。美奈子さんがストリップ転向時、普通一般人のお父上が「何でウチの娘が大多数の他人に裸を見せにゃならんのだ!」と憤って嘆いていたけど、愛娘が再起に選んだ道はそれだった。

 常識的世間一般の目からすると、やっぱ「転落の一途」というふうに見えるだろうなあ。美少女アイドルから芸能界人気、一時は女優業などでうまくやって泳いで行っているように見えたが、「違法薬物」という落とし穴に嵌まって、そこから劇場ストリップの踊り子さん、そしてSMという、一種変態趣向と見て取られるエロ映画の主演、そこから果てはAV出演。AVの前にまたしてもの「薬物疑惑」があった訳だけど。まあ、AVってもう、売春の一歩手前と取られるような世界だものね。だって、現代AVはもろ、本番SEXしてるんだもの。相手こそAV男優だけど、やってるSEXは本物で、昔のポルノ映画みたく前張り張ってる訳じゃない。一応AV女優だから、「性感」に関しては演技もあるだろうが。実際にやっているSEX行為を撮影してビデオ録画したもの(DVD等)を、モザイク処理などで合法的に売り捌いてる訳だ。ストリップも俗にいう「マナ板ショー」とかっていうのは、踊り子さんと男子(劇場スタッフ男優あるいは男性客)との公開SEXでしょう。本番SEXショー。僕は別にAVを悪いって言ってる訳じゃないけど、何か、限りなく「売春」に近いような気がしないでもないんだよねえ。モザイクとか入れればAVは合法で、売春は勿論違法ですけど。

 まあ、芸能界ってひとたび中に入ってみれば、限りなくグレイゾーンのある世界で、一歩でも足を踏み間違うと、グレイゾーンからひいてはダークゾーンに入ってしまい、お上に見つかれば違法になってしまいそうなことにも身体ごと入ってしまいかねない、そういう限りなく怪しい、危なさと隣り合わせの、そういった世界だろうからねえ。よくいわれる「枕営業」とか、実際ありそうだしさ。小向美奈子さんはそういう、この世界の内々のタブーの実情まで、週刊誌にバラしちゃったりした経緯もあるんだけど。ギョーカイ筋からの、あれのお仕置きってあったんだろうか?あの週刊誌バラし後に何かあったのか、というのは知りたいですね。無論のことトーシローそのものの一般人の僕には、芸能界内部の話はさっぱり解らない知らないそのものですから。そういえばネット記事で前に読んだんだけど、二度目のヤツ、「薬物疑惑」中のフィリピン滞在ニュースの時、グラドル仲間だった眞鍋かをりさんがトクダネ中で美奈子さんのことを、「彼女の話を聞いていると、周りの大人にすごく翻弄されていた。周りにボロボロにされてしまったかわいそうな一面もあったという感じが…」とか話してたんだって。まあ、しかし、常識的世間一般見地からは、AV出演は落ちるとこまで落ちた感は否めないか。無論、AV女優から一般タレントへと昇って行った人はいますけどね。昭和の昔の日活ロマンポルノの女優さんから、普通の一般的映画やTVドラマの名脇役になった女優さんていっぱい居るようにね。でも、僕からすると、日活ロマンポルノの女優さんと、AV女優というのはかなり違うような気はするけど。日活ロマンポルノの女優さんはやっぱり本来の女優さんだったしね。でも、AV女優から昇ってって、一般的タレントや女優になってある程度有名になった人って、飯島愛さんくらいじゃないのかなあ。まあ、最後が何でしたけど。ちょっと悲しいイメージの最後で‥。AV出身で、芸能界で明らかに成功した、って人は他に居ないよなあ。お金を稼いだ人は居るのかも知れないけど。

 最近、篠田節子さんの「仮想儀礼」という長編小説を読んで、まあ、ここでは本来のメインストーリーについてははぶきますけど、その物語中で、現代の若者たちのある一派で、「生きづらい系」という人たちが出て来る。一派って、まあ、小説の中では作者がそう呼んでる若者たちですけど、便宜上、「一派」と使わせてもらうと、この一派の人たちは現代社会の中で「生きづらい」人たちで、この世の中の一般的常識的社会でうまくやっていけない、具体的にいえば例えば会社組織内とか学校のクラスの中とか、そういう普通の集団の中でうまく溶け込んで生活出来ない人たち、自ずから望んでる訳ではないのに組織・集団からの「疎外者」となってしまって、まあ、孤独に生きている若者たち、ですかね、そういう一派の人たちが出て来るんですが、まあ、小説中では重要な役柄を演じる登場人物たちですけど、実際の現実社会でもこの「一派」の人たちが存在する、という現象は確かにあるでしょう。

 小向美奈子さんの場合、ちょっとそういう、「仮想儀礼」中の「一派」の人たちとはまた違うのですが、やはり「小向さん」のようなキャラクターは、例えば普通の会社勤めのOLさんとか工場勤務の女子社員などなど、通常社会で普通一般に暮らす生活には、なかなかなじめないキャラクターなんじゃないでしょうか。AVやストリッパーでなくても、せめて水商売、とかそういう社会の中でないと、どーも普通一般的な社会の中では、そうですね、「生きづらい」タイプの人なんではないでしょうか。物語中ではありますが「仮想儀礼」の中でも、昼間の普通一般的な仕事では集団の中でやって行けないが、夜の世界のキャバ嬢の仕事ではあり余る生活費を稼ぐ若い娘が出て来る。この娘も、世間一般常識的見地からすればかなりズレた個性の持ち主なんですけど。別にAVやストリップが本当に悪い訳ではない、立派な職業です。まあ、「違法薬物」だけはいけませんけど。小向さんはこの道を自ら選んで進んだ。本当は芸能界で普通にタレントや女優でやって行きたかったんでしょうけど、落とし穴に足を掬われて、這い上がった道はこうだった。仕方が無い。ストリップやAVやエロ映画女優が悪い訳でも何でもないんですから、頑張って生きて行って欲しいですね。決して法には触れないように、己の主体性をしっかり持って。ずーっとずーっとの先では、小向美奈子さんは最終的には水商売の「ママ」に納まってそうな気はするけど。

 

※(2009-5/18)小向美奈子

※(2011-2/9)小向美奈子再犯

※(2010-8/6)小向美奈子さんと「花と蛇」

※(2011-2/25)小向さん帰国、逮捕

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星空のサザンクロス

2011年10月15日 | ミュージックログ

 

○柳ジョージさん死去…「雨に泣いてる」「微笑の法則」が大ヒット

 

   「雨に泣いてる」などのヒット曲で知られる歌手の柳ジョージ(本名・柳譲治、やなぎ・じょうじ)さんが13日までに死去していたことが分かった。63歳だった。1970年代半ばから「柳ジョージ&レイニーウッド」のボーカルとして、独自のブルースと歌唱力で人気に。関係者によると、ここ数年、肝臓とすい臓の病気を患っており、今年8月のライブをキャンセルしていた。葬儀は近親者により済ませたという。

 親しみのある口ひげと、独特のしわがれ声。“和製クラプトン”とも呼ばれ、日本のブルース・ロックの先駆けだった柳さんが天国へ旅立った。

 柳さんは今年8月20日に横浜のライブハウス「FRIDAY」で予定していた公演をキャンセル。同店によると、8月上旬につえをついて店を訪れ「これから入院する」などと話していたという。その後、横浜市内の病院を一時退院したが、今週、帰らぬ人となった。

 酒豪で知られる柳さんだが、数年前から肝臓とすい臓の病気を患っていたという。12日には訃報を聞いた音楽仲間が横浜市内の飲食店に集まって追悼した。

 柳さんは、「ザ・ゴールデン・カップス」などを経て、1975年に6人編成の「柳ジョージ&レイニーウッド」を結成。78年、萩原健一主演のドラマ「死人狩り」(フジテレビ系)の主題歌「雨に泣いてる」が大ヒットしてブレーク。演歌・歌謡曲が隆盛だった当時では異端だったR&B(リズム・アンド・ブルース)で人気を呼んだ。司馬遼太郎さんの作品をモチーフにした「酔って候」や「『祭ばやしが聞こえる』のテーマ」「微笑の法則」などがヒット。日本武道館公演を成功させ、解散後の82年にはソロとしてレイ・チャールズと日本ツアーで共演した。

 当時の所属事務所社長だった知久悟司氏は「一度聞いて『すごい歌い手だ』と。当時の日本人にはいなかった。大好きだった司馬遼太郎さんからサインを頂き、無邪気に喜んでいた姿が忘れられない」としのんだ。

 近年は、2005年に「柳ジョージ&レイニーウッド」を再結成するなど地元・横浜を中心に意欲的に活動。08年にはフジ・ロック・フェスティバルにも出演した。

 今月22日には、柳さんを悼み、横浜・中区のライブハウス「FRIDAY」で親交のあったミッキー吉野(59)やエディ藩(64)を中心にライブイベントを開催する。

 柳ジョージ 本名・柳譲治。1948年1月30日、横浜生まれ。高校でバンドを始め、日大在学中にグループ「パワーハウス」でデビュー。GSブーム時の70年、「ザ・ゴールデン・カップス」にベーシストとして参加。一時、音楽を捨てサラリーマンになったが、3日でやめて渡英。帰国後の75年、リーダーとして「柳ジョージ&レイニーウッド」を結成。85年、アルバム「GOOD TIMES」で日本レコード大賞企画賞。タレント・所ジョージの芸名はその名に由来。宇崎竜童が名付けた。

 

  

 柳ジョージさんて、スタイルとかやってる楽曲とか、雰囲気がエリック・クラプトンぽいなあ、と思っていたら、本当に“和製クラプトン”て呼ばれてたんだ。

 やっぱり僕が最初に惹き付けられた曲は、レイニーウッド名義時のヒット曲、「雨に泣いている」でしたね。メチャメチャ大好き!という程の曲でもなかったけど、当時の日本のポピュラー界では非常に珍しい、ロックでブルースな曲でカッコイイ!と魅せられて、レコード屋さんでシングル盤を買って何度も聴いた。

 柳ジョージさんで一番好きだったのは、「星空のサザンクロス」という曲。これは良い曲でしたねえ。魅せられた。当時はドーナツ盤を何度も何度も聴きました。TVドラマ「さりげなく憎いヤツ」という番組のテーマ曲だったらしく、このドラマには多分、大原麗子さんが出演していたと思います。といってもこの時代の僕はTVを持たず、普段はほとんどTVを見ない生活を送っていたので、実際にこのドラマを見たこともないし、TVドラマオープニングなどで聞いたことはありません。また、ドラマの内容も全然知りません。ひたすら、部屋でレコードプレイヤーで聴いていたか、せいぜいラジオですね。ただ、主題歌「星空のサザンクロス」は名曲でした。良かった。ちょっと調べましたが、ドラマ「さりげなく憎いヤツ」は1982年の、藤竜也、大原麗子主演の、TBS系列のTVドラマですね。

 僕は特別、柳ジョージさんの楽曲ファンでもなかったので、他の曲は実はよくは知りません。まあ、あの時代、他の曲も耳には入ってはいたでしょうけど。だから、アルバムとかは買っていないですね。多分、シングルレコード盤で「雨に泣いている」と「星空のサザンクロス」だけ、買って来て聴いているんだと思います。元々、僕はブルースロックとかリズム&ブルースとかのジャンルはあんまし趣味じゃないですからね。本家、エリック・クラプトンだって、「promises」みたいなポップなフォークロック調の曲以外の、もろブルースロックは趣味じゃなかった。

 エリック・クラプトンというと、僕は若い頃、クラプトンの武道館ライブに行って、ずうーっと寝てたのを思い出します。調度12月のメチャ忙しい時期で、当時の仕事が毎日毎日遅くまで残業で疲れ果てていて、やっとの一日、定時で帰れた日、クラプトンライブに行って眠りこけてしまった。ようやく目が覚めたらもう終わり間近だった、という馬鹿みたいな思い出があります。この時のライブで僕は「promises」が聴きたかったんだけど、多分最後まで結局やらなかったと思います。まあ、寝てたんだけど。クラプトンの真骨頂、ブルースロックのオンパレードだったと思うけど、僕はあんまし楽しくなかった。まあ、寝てたんだけど。

 「雨に泣いている」って78年くらいの曲かな。柳ジョージさんは、僕には90年代以降(80年代後半以降かな)はあんまり印象にないんだけど、ずっと日本の、シブイ玄人好みのロックの舞台で活躍し続けていたんでしょうね。ゴールデンカップスのメンバーだったなんて、日本のロックの草分け的存在でもあるんですね。ミッキー吉野さんは知ってたけど、柳ジョージさんがゴールデンカップスに在籍してたなんて全然知らなかった。日本ロック界ではブルースロックの名手的存在だったのでしょう。

 63歳での逝去というのは若過ぎる。何だか最近は若くして、というか60代で亡くなる有名人が多いという気がしますね。現在の60代というと団塊の世代も含んだ昭和20年代生まれになりますから、特にこの時代生まれの人たちは人数が多いですからね。年代別で行くと断然、昭和20年代生まれが多いでしょう(と思う)。多分、昭和30年代生まれよりも多いと思う。80年代以降の年代出生数に比べると、ヘタすると3倍くらいは居るんじゃないですか。もっとなんじゃないか、という気さえする。だから昭和20年代生まれの現在の60歳代の人たちの死亡が目立つのかも。まあ、どうだか解んないですけど。現在の60代の人たちでもっともっと長生きする方たちも多いでしょうし。80歳90歳まで生きる人たちも。100歳までも生きる人も。まあ、長生きだけが価値じゃないのかも知んないけど。

 本当に天国なんてところがあったら良いですね。そこで亡くなった歴代のミュージシャンたちがセッションとかやってたら楽しいだろうな。新たに柳ジョージさんも参加して。

 音楽は良いですね。「星空のサザンクロス」を何度も何度も聴いていた、その当時の僕の人生の一断面の頃の生活をぼんやりと思い出しました。懐かしい。決して帰って来ないけど。

   

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