生きたまま極楽! 

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AKB48次世代センター対決を制するのは!?

2013年01月28日 | 芸能ログ

○AKB48:NHKでドキュメンタリー第3弾を放送

 

  人気アイドルグループ「AKB48」の12年に密着したドキュメンタリー「AKB48+1+10」(AKB48プラスワンたすじゅう)がNHK総合で31日に放送されることが明らかになった。番組では昨年のじゃんけん大会で優勝して次世代エース候補に急浮上した“ぱるる”こと島崎遥香さんの素顔や、前田敦子さんがメンバーに向けて贈ったラストメッセージなどを紹介する。

 番組は、「A」から「Z」までのキーワードで同グループのメンバーの素顔に迫るドキュメンタリー第3弾。第2弾は49分番組ということでタイトルが「48+1」だったが、今回は59分番組となり「AKB48+1+10」となっている。同グループのドキュメンタリーとしては映画「DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?」が2月1日に公開予定だが、テレビ版では映画とは別の視点からAKB48に迫る。

 番組では、テレビ番組やイベントに出演した際の「トーク切り上げ」のサインや毎年恒例の「AKBお注射会」について明かされるほか、島崎さんの素顔、成人して初めての選挙に行く横山由依さんの様子、昨年8月に卒業した前田さんがメンバーに向けて贈ったラストメッセージなどを紹介する。

 

AKB48「リクアワ」3日目は高橋みなみ、NMB48が健闘

 

  AKB48が昨日1月26日、東京・TOKYO DOME CITY HALLにて「AKB48 リクエストアワー セットリストベスト100 2013」の3日目の公演を行った。

ファン投票によってAKB48と姉妹グループの楽曲の中からベスト100を決める毎年恒例のこのイベント。その3日目はちょうど折り返し地点となる50位から26位までの25曲の順位が発表された。

本編は50位の「大声ダイヤモンド」からスタート。渡辺麻友、松井珠理奈、島崎遥香を中心にグループ期待の次世代メンバーが若さあふれるパフォーマンスを見せた。そして41位には昨年卒業した前田敦子と高橋みなみのデュエット曲「思い出のほとんど」がランクイン。会場のモニターには東京ドームで披露された同曲の模様が映し出され、そこに映る前田敦子とステージで歌う高橋みなみによるコラボが実現した。さらに高橋はソロ曲の「愛しさのアクセル」「お手上げララバイ」の2曲に加えて、代表的なユニット曲「Bird」を熱唱。貫禄ある歌とダンスを見せて会場を沸かせた。

また姉妹グループではSKE48のチームEオリジナル曲「みつばちガール」が44位に、昨年行われた「SKE48 リクエストアワー セットリストベスト50 2012」で1位を獲得した「羽豆岬」が42位にランクイン。そしてNMB48ではシングル曲の「ナギイチ」に加えて、ファンからの人気も高い「青春のラップタイム」がそれぞれ高順位に入った。さらにNMB48の山本彩と渡辺美優紀はソロ曲でもそれぞれTOP50入り。山本が「ジャングルジム」を自身のアコースティックギター演奏にあわせて歌唱すると、渡辺美優紀も「わるきー」を愛嬌たっぷりに歌い上げて会場の視線を集めた。なおHKT48の「HKT48」も38位に入り、若さと元気さをアピールした。

この日のアンコールでは2月1日から公開されるAKB48のドキュメンタリー映画「DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?」の主題歌「After rain」と、HKT48が3月20日にリリースするデビューシングルのカップリング曲「お願いヴァレンティヌ」、そしてAKB48のニューシングル「So long!」のカップリング曲からチームBの「そこで犬のうんち踏んじゃうかね?」が初披露。さらにこの春にSKE48を卒業する9名からなる「旅立ち卒業組」による「それを青春と呼ぶ日」が歌唱されると、会場からは温かい拍手が起こった。最後は全員で「フライングゲット」を披露し3日目の公演を終えた。

なお公演終盤にはAKB48、SKE48、NMB48、HKT48それぞれ単独での日本武道館公演が4月下旬に行われることも発表された。

 

 

○まゆゆAKB48新曲センター

 

  AKB48渡辺麻友(18)が同グループの30枚目シングル「So long!」(2月20日発売)でセンターを務めることが22日、分かった。AKB48はこの日、TBS系「火曜曲!」(火曜午後9時)で同曲のパフォーマンスを初披露した。渡辺がシングル表題曲でセンターを務めるのは初。フロントメンバーは渡辺を含め3人。向かって左側は島崎遥香(18)で右側は松井珠理奈(15)。

 

○<AKB48>次世代センター対決はまゆゆと珠理奈の一騎打ち? ぱるるや大阪、博多からの“刺客”も

 

  昨年は“不動のセンター”と呼ばれた前田敦子さん(21)の卒業が大きなニュースとなったアイドルグループ「AKB48」。前田さん不在で行われた昨年の「第4回AKB48選抜総選挙」では、大方の予想通り、前田さんのライバルだった大島優子さん(24)がセンターの座を勝ち取った一方で、渡辺麻友さん(18)や松井珠理奈さん(15)ら“次世代エース候補”と呼ばれる10代のメンバーの台頭も目立ち、世代交代の兆しが見えた。さらに「29thシングル選抜じゃんけん大会」で優勝した島崎遥香さん(18)や姉妹グループ「NMB48」のチームNのキャプテン・山本彩さん(19)らの活躍にも注目が集まり、次世代エースをめぐる戦いは混沌の様相を呈している。13年は、前田さんに代わる若きエースが誕生するのだろうか。注目の次世代エース候補を紹介する。

 ◇エースの自覚を持つまゆゆと実績十分な珠理奈

 「第4回AKB48選抜総選挙」の1~16位の「選抜メンバー」の中で、10代のメンバー(13年1月1日時点)は渡辺さん(2位)と松井さん(9位)の2人と意外に少なく、17~32位の「アンダーガールズ」を見ても山本さん(18位)や島崎さん(23位)ら5人だけだ。選抜メンバーの平均年齢(13年1月1日時点)は21.125歳と20代のメンバーが多い中で、渡辺さんは前回5位から2位に躍進を遂げたこともあり、次世代エースの最右翼と目されている。

 “まゆゆ”の愛称で知られる渡辺さんは06年に12歳で「第三期AKB48追加メンバーオーディション」に合格。18歳の若さながら芸歴6年で、昨年は「さばドル」(テレビ東京)でドラマ初主演やソロデビューを果たすなど経験は豊富だ。さらに、派生ユニット「渡り廊下走り隊7」でセンターを務めた実績もあり、昨年の総選挙では「来年も総選挙があるなら、私は1位を取りたい。新しい時代を受け継いでいける人になりたい」と発言するなど次世代エースとしての自覚をしっかり持っているようで、エースの座に最も近い存在といえるだろう。

 渡辺さんのライバルになりそうなのが、SKE48とAKB48を兼任する松井さんだ。松井さんは08年に11歳の若さでSKE48に加入し、松井玲奈さん(21)と共に“ダブル松井”としてグループを引っ張ってきた実績がある。さらに、10枚目のシングル「大声ダイヤモンド」(08年)で前田さん、28枚目のシングル「UZA」(12年)で大島さんとダブルセンターを務めたことから、センターの経験は渡辺さんを一歩リードしている。現在15歳とまだまだ若く、今年の活躍次第では渡辺さんを猛追することも考えられる。

 ◇急浮上の“ぱるる” 大阪や博多の若手も台頭

 “ぱるる”の愛称で知られる島崎さんは昨年、最も躍進を遂げたメンバーといえるだろう。総選挙では前回の圏外から23位に大幅に順位を伸ばし、じゃんけん大会で優勝して“次世代エース候補”に急浮上した。テレビの露出も増え、その言動などから愛情を込めて付けられた“ぽんこつ”というもう一つの愛称も浸透しつつある。また、AKB48の初となる東京ドーム(東京都文京区)の公演では、前田さんに「私が言うのも何だけど、MCが下手だよね。いいこと言ってるのに感情が入っていない」と辛口のエールを送られるなど、前エースにとっても気になる存在のようだ。昨年の勢いを持続しながら、スターダムにのし上がることが期待されるのに加え、ぽんこつ脱却を目指すのか、ぽんこつのまま独自路線で飛躍を遂げるのかにも注目が集まる。

 大阪・難波を拠点に活動するNMB48のエースである山本さんとそのライバルの渡辺美優紀さん(19)も見逃せない存在だ。昨年の総選挙では山本さんが18位、渡辺さんが19位と山本さんに軍配が上がったが、CM出演をかけて話題となった2人のファースト写真集の売り上げ対決では、渡辺さんが勝利。ライバル同士がしのぎを削りながらレベルアップしていけば、ほかの次世代エース候補を脅かす存在になるかもしれない。

 ほかにも、福岡・博多を拠点に活動する「HKT48」に目を向けると、26枚目のシングル「真夏のSounds good !」で選抜入りした兒玉遥さん(16)のほか、昨年の総選挙で47位に入った宮脇咲良さん(14)、“大型新人”とも呼ばれる田島芽瑠さん(12)ら将来が有望視される若手が多数、名を連ねている。AKB48には総選挙という“下克上”を実現するシステムが用意されていることもあり、今年、急浮上するメンバーがいてもおかしくない。

 次世代センターをめぐる戦いは実績を考えると、渡辺さんと松井さんの一騎打ちとなりそうだが、勢いに乗る島崎さんや姉妹グループの若手が台頭してくれば、勢力図が大きく変わるかもしれない。今年も白熱する少女たちの戦いから目が離せない。

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 やっぱりまだまだ、“国民的アイドル”、AKB48の人気と活躍はすごいですね。やっぱり今んところは日本で一番忙しい芸能人じゃないですか。グループでだけど。個人個人ではひょっとしたら他にもっと忙しい芸能人が居るかも知れない。でも、どうかなあ‥。人気度、活躍度、多忙、何よりも売れ行き・稼ぎで、現在のAKB48グループと互角に張り合ってる芸能人は居ないでしょう。多分。まあ、注目されている芸能人は各分野、次から次と入れ替わるんでしょうけど‥。AKB不動の絶対センターと言われた前田敦子さんも卒業したら、AKB所属時よりも人気も活躍も激減したし。確かに、イベント出たり話題にはなってますけど、AKB出ちゃったらちょっとパッとしない感じ。大島優子もまゆゆもサシハラも、AKBのメンバーというバックボーンが大きいんでしょうね。AKBグループに属している、という価値。出ちゃったら、多分、みんなもう個人タレント扱いで、ファンもそう見るんでしょう。でも、TV番組に出てて前列に居てせめて人気投票15位くらいに入ってないと、人気20位以下だとAKBの中で一生懸命やっててもアイドルとしてはたいした成功は見れない。しょせんはバックメンバー、控えメンバー。TV番組やイベントで陽に当たらない。人気投票20位以下のメンバーって、考えるんだろうなあ。このままここでやってても良いんだろうか?とかって。AKBグループでも全国区で名前知られてるメンバーにならないと、少なくともTV画面に映ってるメンバーにならないと、多分、給料は毎月かなりの薄給なんだろうし、先の望みもあんまり見えそうに無い。思い切って、AKBから出て独立に賭けて見ようか、って気持ちも湧いて来ますよね。

 話は変わるんだけど、前田敦子さんのベロベロ泥酔で佐藤健に抱っこで尻丸出しスクープ写真、って去年のいつ頃だっけ? あれは、あの後のネットでのアイコラ投稿がメチャメチャ多くて、傑作アイコラがいっぱい出てて笑わしてもらったけど、特に最高!爆笑したのは、重機がゴミ処理している広大な産廃広場みたいの、昔の夢の島みたいな、途上国の広大なゴミ捨て場みたいな場所に、佐藤健がケツ出しアッちゃんを棄てに行ってるトコロ。あれはウケた。で、あの写真が週刊誌に載ってニュースになったけど、結局あんまり尾を引かなかったですね。アイドルとしてはそれ程はイメージダウンにならなかった。あれは要するに何人かで一緒に飲んで泥酔したアッちゃんを佐藤が送ってった、だけで済んだからでしょうね。佐藤健のマンションにお泊まり愛、とかっていうことじゃなかったから。二人でラブホから出てきたトコ撮られたとかいうよーな、決定的な写真じゃなかったから。だからアイドルのイメージダウンに繋がらなかったんでしょうね。AKB時代のアッちゃん押しから引き続いてのファンたちの、重大な裏切り行為とはならなかった。マイナスイメージとしてはそうたいしたものじゃなかったんですね。芸能人も大変ですね。息抜きに遊びもしたいだろうし、あの年頃だし恋愛もしたいだろうけど。

 モーニング娘。が未だグループが存続していることが驚きですね。メンバーは次々と世代交代はして行ってるんでしょうが。しかもモーニング娘。の新曲、1月23日リリースの「Help Me!!」はベスト10上位ランクでヒットしてますよね。すごいね。モーニング娘。は十数年経ってまだ解散してないんだもの。モーニング娘。のブレイクは99年くらいでしょ。ピーク期はそれから3年間くらいか。2005年にはもう下り坂でしたよね。でもまだ、しぶとく売れてるんだもの。ホントにすごい。AKBグループ旋風も今がピークだし、来年はどうなってるんだろう? 来年AKBグループが終わってるってコトはないだろうけど、ちょっと落ち着いては来てるだろうな。二年後はどうかなあ? 例えば、二、三年後にAKB人気がガタ落ちした時って、海外の姉妹グループってどうするんだろう? この先、HKTがメジャーになることはあるのか? 天才仕掛け人、秋元康さんも先を読んで考えてるんでしょうからね。80年代一世を風靡した、昔のおにゃんこクラブもやがては落ち目から解散になったように、AKBだってやがてはしぼんで行く時が、いつかは必ず来る訳だから。AKBグループのこの先に注目ですね。来年、それ以降。秋元康の手腕。

 

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原哲男さん死去報

2013年01月25日 | 芸能ログ

○原哲男さん死去に間寛平「すごいかわいがってもらってました」

 

  11日に肝がんのため死去していた吉本新喜劇の往年の人気役者・原哲男さんについて、生前に共演した間寛平は「非常に残念です。兄さんの座で出させてもらうことが多く、すごいかわいがってもらってました。ここ数年はお会いできていなかったので、一度お会いしたかったです」とコメント。

 また、チャーリー浜は「吉本新喜劇の黎明期における偉大な方だった。惜しい人を亡くした」。池乃めだかも「非常にさびしい。もう一度一緒に新喜劇の舞台に立ちたかった」とコメントした。

 原さんは1953年に大阪のストリップ劇場などに出演し、その後、コメディアンに転身。63年に吉本興業に入社、西川きよし、坂田利夫、桑原和男らとともに吉本新喜劇のドタバタの礎をつくった。69年には座長となり、花紀京、船場太郎らと関西のお笑い界を盛り上げた。

 62年に始まった国民的番組「てなもんや三度笠」には64年ごろから出演し、故藤田まことさん演じるあんかけの時次郎の敵役で登場。2人の掛け合いで「誰がカバやねん」というギャグを生みだした。

 

○ 吉本新喜劇座長で活躍、原哲男さんが死去…78歳・肝がん

 

  吉本新喜劇の座長として長く活躍した俳優の原哲男(はら・てつお、本名柳原哲也=やなぎはら・てつや)さんが11日午後3時6分、肝がんのため堺市の病院で死去した。78歳。熊本市出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。

 1962年に吉本興業入社。創成期の新喜劇で故岡八朗さんや花紀京さんらと座長を務め、「お笑いの吉本」を大きく発展させた。外見をからかわれた後に繰り出す「誰がカバやねん!」のギャグで人気を集めた。

 テレビの主な出演作は「てなもんや三度笠」「スチャラカ社員」「花の駐在さん」「新・部長刑事」など。

 新喜劇の舞台を離れてからは、映画やテレビドラマなどに活動の場を広げていた。

 

 

 小中学校の頃はよく見てたなあ、吉本新喜劇。僕の育った地方では土曜日午後からだった。日曜日午後にあることもあったんだろうか。高校生の頃から見なくなったし、18歳から30歳まで基本的に僕はTV持ってなかったから、日常ではほとんどTV番組は見ていない。30歳を過ぎて故郷に帰って来てからも、吉本新喜劇は滅多に見てないなあ。だから、僕が原哲男さんを見て爆笑していたのは子供の頃で、原哲男さんがまだ若い頃だろう。「スチャラカ社員」や「てなもんや三度傘」に出ていたのなら、相当前からTVコメディ劇に出演していたんだなあ。僕の「スチャラカ社員」の記憶なんてもう、僕が小学校低学年の頃までだ。ミヤコ蝶々と中田ダイマル・ラケットと多分、夢路いとし・喜味こいしが出てたくらいしか記憶に無い。藤田まことが「スチャラカ社員」に出てたなんて全然記憶に無かった。「てなもんや三度傘」の記憶も、主役の藤田まこと、それからサブの白木みのる、財津一郎、そして名前忘れたけど、美空ひばりの実弟だという人。それから女スリとその子分の役で、京唄子と鳳啓助。それくらいしか憶えてないなあ。ああ、後半部にはやすし・きよしとか出てたか。楽しかったなあ、あの時代のTV番組は。1960年代の番組。まあ、多分、僕自身の黄金時代が小学校六年間だったからかも知れない。家では毎日毎日漫画浸けの毎日、学校行けば悪ガキの友達。家では僕の空想の友達が四、五人居て飽きずにずーっと独り言言ってるし。漫画は毎日必ず貸本屋から二冊借りて来てたし、毎日自分で鉛筆書き殴りの漫画描いてたし。そしてTVはとっても面白かったし。当時は悪ガキの過ぎたことやって大人に捕まっても当時の親父に力があったからだろう、何となく許されてた。中学生になったあたりからジワジワと様子が変わって行ったケド。今は体罰、体罰って言うけど、僕は小学生時代毎日頭に拳骨喰らわされてて、時には廊下の正座からバケツ持ち廊下立ち、授業中の一人グランド走り。今となっては懐かしい。不思議と何だか楽しい思い出になってる。中学生以降は体罰はほとんど受けたことなかった。

  吉本新喜劇とかでの原哲男さんのギャグもよく覚えています。78歳。死んじゃったんだなあ。人は誰も必ず死んで行く。何にせよ、世代交代。地球の宇宙の世の定め。21世紀に入ってから、それも2005年くらいから加速的に、昭和の時代を作った賑わした有名人たちが次から次へと死んで行く。あの世へ旅立つ。寂しいですねえ。何だか自分の子供時代、青年時代、30歳代がどんどん遠くへ去ってしまってるみたいで。特に僕の子供時代という黄金時代が、遠くへさらに遠くへと離れ去って、飛んで行ってしまってるような。

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巨人・大鵬・卵焼き

2013年01月20日 | スポーツログ

○大相撲の元横綱大鵬、納谷幸喜さんが死去

 

  大相撲の第48代横綱で同じく名横綱の柏戸と「柏鵬時代」と呼ばれる黄金期を築いた元横綱大鵬の納谷幸喜さんが19日午後3時15分、東京都内の病院で死去した。72歳だった。

 サハリン(旧樺太)で生まれ、16歳のときに二所ノ関部屋に入門。昭和31年秋場所で初土俵を踏んだ。早くから将来を嘱望され、同35年初場所では、19歳の若さで新入幕を果たした。

 20歳5カ月で幕内優勝など数々の最年少記録を塗り替えて、昭和36年秋場所後に、柏戸とそろって横綱に推挙。このとき、21歳3カ月で、当時の最年少昇進の記録だった。

 「剛の柏戸」に対し、「柔の大鵬」といわれ、得意の左四つになってからジワジワと相手を追い詰める安定した取り口で、多くの記録を作った。幕内優勝32回、2度の6連覇、45連勝など相撲史に残る大記録を次々に打ち立て、双葉山とともに「昭和の大横綱」と評された。

 また、当時の子供たちに人気のある代名詞として「巨人、大鵬、玉子焼き」という言葉もあったほど、広く国民に親しまれた。

 柏戸とのライバル対決に多くのファンが手に汗を握ったが、昭和46年夏場所で引退。優勝30回を記念して、現役の昭和44年9月に贈られた一代年寄「大鵬」を襲名した。親方としては元関脇巨砲らを育てた。また、昭和55年から8期16年にわたり、日本相撲協会の理事を務め、名古屋場所部長などの要職に就いた。

 脳梗塞(こうそく)の後遺症などで、平成8年2月に理事を辞任。以降は相撲教習所所長として新弟子の教育などにあたっていた。

 

 

 横綱大鵬。僕は子供の頃、大相撲は全く興味が無く、TV中継なんて見たことなかったし、大人が相撲の話をしていても全然、関心が無かった。でも、この言葉は有名で、いつでも聞いていたような気がする。巨人・大鵬・卵焼き。当時の子供の好きなもの三つ、ですね。子供だけではない、一般的にも、人気のもの、か。ミーハー人気に通じるのかな。週間少年マガジン連載の「巨人の星」の中でも、プロ野球11球団が飛雄馬をスカウトに、長屋に来た時、星の親父が「巨人しか入れん!」と11球団を拒絶すると、一人のスカウトマンがセリフとして、この言葉を言う。「巨人・大鵬・卵焼きですか」みたいな。飛雄馬のプロ入団時期って、僕はもう中一くらいなってたろうか?まだ小六か?やっぱ中一くらいか。長屋シーン、ちょっと違うかも知んないけど、何かそういうシーンだった。

 子供の頃の僕は野球の球団というと、西鉄ライオンズと巨人軍しか知らなかった。子供の僕は野球もあんまり興味がなく、巨人は漫画の主人公がみんな巨人軍所属で魔球を投げるので、巨人だけは覚えていたが、読売ジャイアンツだけどうして巨人軍と別の呼び名があるんだろう?とか不思議に思っていた。また、漫画の魔球を投げる少年エースが全員、巨人軍所属であり、特に、強敵のライバル・バッターが阪神所属なのもよく解らなかった。さすがに小学校も高学年時は、いろいろと事情を呑み込んで来たけど。西鉄ライオンズは住み家の前に接続する、親父が仕事する事務所に毎日やって来る若い社員たち、まあ、親父の部下になる人たちだけど、この若い人たちが西鉄ライオンズのファンで、遅番で事務所に残ってる人がよく、TVで西鉄ライオンズの試合の中継見てたから。遅番の人は夜九時近くまで残って、電話が来たら仕事に出向いてた。後の深夜は電話があれば、親父が夜中に仕事に出てた。親父はあの当時、野球に興味はあったんだろうか?あんまり、熱心に野球や相撲を、TV観戦していた様子は記憶にはないなあ。

 大鵬だったなあ。僕は子供の頃は力士といえば、横綱大鵬の名前しか知らなかった。後に柏戸関という名前も憶えるけど。子供の頃からプロレスは大好きだったけど、相撲はとうとう関心なくて終わったなあ。大人になってからの若貴ブームのときも。朝青龍の騒動のときはワイドショー気分でヤジウマ関心が強かったけど、相撲中継は見なかった。漫画もねえ、僕が漫画読み始める以前には大相撲漫画って、けっこう少年誌に掲載されてたんですよ。1950年代後半から60年代初めまでは。でも僕が漫画を精力的に読み始めた、1963年以降は相撲題材の漫画はほとんど見なかったなあ。有名な相撲コミックって、ちばてつや氏の「のたり松太郎」までは無かったんじゃないかなあ。あれも青年誌だし。

 卵焼き、というのは、やはり昭和40年代初め頃までの、国内一般庶民の家庭の貧しさ、でしょうね。卵焼きは砂糖入れて焼くから甘くて、子供が大好きだったんですよね。まあ、戦後から当時の一般庶民の食糧事情ですよね。卵焼きは、栄養価が高くて、それなりにご馳走だったんですよ。当時の家庭では。子供の好きなもの。巨人・大鵬・卵焼き。大人になると「通」になるからね。

 映画の世界も、若松孝二さんに続いて大島渚さんも死んじゃったしねえ。子供から少年期、映画を娯楽としてしか見て来なかった僕が、青年になり、60年代末から70年代の大島渚監督や若松孝二監督の映画を見て、僕は「あれ?何だ?」と思い、映画を単純に娯楽として面白く見るだけでなく、この映画で「何が言いたいんだろう?」と考え、ま、言ってみれば、そこに「芸術性」みたいなものを見出していた。そこに「娯楽」の面白さ、ではなく、何か別の、もっと高度なものが表現されてるんだ、と一生懸命それを捜そうと、見出そうとして鑑賞した、みたいなものか。70年代はよく、劇場決めて、ATG系の映画の特集公開とかやってたしね。大島渚さんも死んじゃって、昭和は終わり、昭和は遠く遠くなっちゃったなあ。昭和は遠くへ行った。横綱大鵬も死んじゃったし。

 横綱大鵬の納谷幸喜さん、72歳か。意外と若かったな。けど、プロレスラーとか相撲取りはあんまり長生き出来ない、って昔からよく聞いてた。だいたい長年、肉体を酷使するプロスポーツの選手は、そうは長生き出来ないような気もする。一概には言えないけど。特にレスラーや関取は巨漢で、引退後は肥満体形のままの人が多いしね。大鵬って、子供の頃か、白系ロシア人の血が混ざってる、とかって噂聞いたけど、サハリン生まれか、どうだったんだろう。まあ、出自に関してはあんまり滅多なことは言えないけど、まあ、国籍日本人だし、戦後大活躍したプロスポーツの選手って、力道山や王貞治、金田正一張本勲大山倍達もだけど、そういう意味では純血的に日本人でなかった人って多いよね。戦後スポーツシーンで有名な人。中韓てイメージ的に嫌らしいけど、向こうが反日イズムのパフォーマンスを盛大にやるからだけど、20万年前のアフリカのイヴから考えて(アフリカのイヴ以降の新たな考察もあるのかも知れませんが)、アジア人はそうは変わりはしないよなあ。特に東アジア人は。何万年か昔は日本も大陸とくっついてたし。ま、人間は基本、みんな人間だけど。

 まあ、昭和がどんどん遠くなって行ってしまっているのは、本当に寂しい限りです。

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子連れ無理心中

2013年01月18日 | 時事社会ログ

○孫娘殺し自殺未遂 祖父逮捕「生活苦から、死ぬつもりだった」

 

    警視庁町田署は15日、同居する孫の首を絞めて殺害したとして、殺人容疑で東京都町田市木曽東、無職太田嘉行容疑者(66)を逮捕した。

 逮捕容疑は14日午前7時ごろ、自宅で寝ていた小学3年の孫優花さん(9)の首を布団の上から絞め殺害した疑い。「生活苦が原因。自分も死ぬつもりだった」と供述しており、町田署が詳しい動機を調べている。

 町田署によると、太田容疑者は優花さんの父親である次男と優花さんの3人暮らし。15日朝、仕事から帰宅した次男が、布団の上にパジャマ姿で倒れている優花さんに気付き110番した。

 駆けつけた署員が、階段付近で首をつろうとしていた太田容疑者を取り押さえた。太田容疑者の首や手首には切り傷があり、病院に搬送されたが、命に別条はない。

 近所の無職の男性(72)は「13日にも町内会のイベントに2人で来ていて楽しそうだったのに」と話した。

 

東京・町田市9歳女児殺害 逮捕の祖父「自分も死ぬつもりだった」

 

  東京・町田市で、9歳の孫の首を絞めて殺害したとして、66歳の祖父が警視庁に逮捕された。
殺人の疑いで逮捕された町田市の無職・太田嘉行容疑者(66)は、14日午前7時ごろ、自宅2階の寝室で寝ていた、孫で小学校3年生の優花さん(9)の首を絞めて殺害した疑いが持たれている。
太田容疑者は優花さんを殺害したあと、手首などを切り、首をつって自殺を図ろうとしたところを発見され、病院で治療を受けていた。
太田容疑者は、調べに対して「生活が苦しく、寝ている孫の首を両手で絞めて殺しました。孫を殺したあと、自分も死ぬつもりでした」などと、容疑を認めているという。
太田容疑者と優花さんは、日ごろから一緒に遊ぶ姿などが目撃されていて、警視庁はくわしい動機を追及する方針。

 

 

 こういう事件でいつも思うのは、子供は子供で、生まれた時からもう既に一個の人格であり、無論、人権も持っていれば未来も、自分のものとして、確実に持っているというコトなのである。だから、それを他の大人が奪う権利などないのだ。例え、親でも祖父母でも保護者でも一緒に暮らす大人でも。子供の命は奪っては、絶対にいけない。そして、やはり社会の不備。親が祖父母が保護者が、人生で失敗して、例えば多額の借金を抱えて絶望して、もう自分が死のう、と思った時に、「この子が一人で生きて行くのは、この先あまりにも苦難が多いから‥」「この社会に、幼いのに、この子一人だけ残すのは、あまりにも可哀相だから‥」と、子供を道連れしなければいけないような社会では駄目なのだ。絶望者が自分が扶養している子供を安心してこの世に残して、自分だけが死ねる‥、という、そういう社会でないといけないのだ。変な言い方だけど、大人がもうある程度生きて来て、これから先、人生の修復困難過ぎて、この先生きて行くの無理、と絶望して、大人が自分で勝手に死んで行くのは、まあ、良くはないけど、分別と社会性と常識感持った『大人』の決断だろう。だが、子供は未熟だし、子供には未来があり、無限の可能性だってある。それを僅か数年から十年ちょっと生きたくらいで奪われてたまるものか。冗談じゃない。子供には固有の人生がある。絶望した大人が死を選択した時、子供は残して子供固有の人生を歩ませてあげないといけない。いったい誰が、その子の将来が「不幸」だって解るのだ。人間が持つ幸福感なんてみんな、各々違うものだろう。金があってたらふく美味しい物が食べれるから、それだけで絶対幸福とは限らないだろう。ひょっとしたら僻地で難民をサポートすることや、あるいは戦場の情報をレポートや撮影することに、使命感のようなものを持ち、そういう生き方がある種、幸福だと思っている人だって、少数派かも知れないが居るだろうし。今から死のうと思う大人が、この子がこの先一人で人生を行きぬくのは不幸だ、と決め付けるのはあまりにも勝手過ぎる。人生には挑戦の面白さもあるし、何かを目指して努力する高揚感もある。それらは幸福と類似している。この先の人生で出会う人間たち。どんな恋人や伴侶と巡り合うか、何も恋愛だけとは限らない、尊敬する師や、かけがえのない友情。仕事や社会的義務だってそうだ。何も、親の庇護のもと何不自由なく何の心配もせずに、ぬくぬく生きることだけが幸せとは限らない。孤児から偉人が生まれた例だって、世界の歴史の中にはいっぱいある筈。だから、要は社会のシステムです。絶望者が我が子を安心して残して、自分だけ勝手に死んで行ける社会環境。つまり孤児の手厚いケア。要するに、そこで格差が生まれては駄目なんです。孤児になった時点で、その先の人生がある程度決まってしまう社会じゃ駄目だということです。チャンスは誰にでもある社会。そして例え途中で転んでも、また再起が可能な社会。これは親が失敗して例えば破産とかしても、例え孤児になっても、その先は、チャンスは平等にある社会。孤児になったからお金がないから勉強したくても何かの能力・技術を着けたくても、その先の学校に行けない、これでは駄目なんです。子供は未熟で、決して一人では生きてはいけません。あたりまえです。だから子供が自分自身で生きて行けるまで、大人になるまでの、社会のサポートです。これの充実が絶対に必要です。絶望した大人が安心して我が子を残して、一人で勝手に死んで行ける社会。これを切に望みます。どの子供にも、平等にチャンスを与える社会システム。子供には、出来る限りスタートラインは平等な社会システム。

 

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