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ホークス・城島

2012年09月28日 | スポーツログ

 

○貫いた捕手のプライド、投手たちに感謝

 

  城島は、最後まで「捕手」としてのプライドを貫き通した。引退決意の最大の要因は、右肘の故障。「小さいときから投げることが人一倍好きで自分の武器だった。プロでもそれが評価され、一番生かせるのも捕手」という彼にとって、投げられないという事実は耐え難い苦しさだった。

 手術の選択もあったが「僕は高給取り。2年続けてまともに活躍できなければユニホームを脱ぐときと自分のルールとして決めていた」。さらに「捕手ができなくなったら僕の野球選手としての商品価値はなくなる」とまで言い切った。

 野球人生の喜びも捕手らしく、投手のタイトル獲得だった。「勝ったときに最初に握手を交わす、すばらしいポジション。自分のサインにうなずいて投げてくれた投手に感謝」と振り返った。

 球団側にはクライマックスシリーズ(CS)出場の可能性がなくなった9月中旬に引退の意向を伝えたが、チームメートには「若い選手に、ベテランも危機を持って一生懸命やる姿を見せないといけない」と最後まで黙っていた。

 29日、鳴尾浜での2軍戦が最後のマスクとなる。今後については「4、5年はメディアの方も絶対にやらない。おやじ、旦那の試験に通ってないですから、家族の評価を上げていきます」。号泣しながらの会見。しかし、周囲を笑わせる城島節は最後まで健在だった。

 

 

 城島健司捕手は、福岡ダイエー・ホークス時代の1999年、2000年、2003年のパ・リーグ優勝とその間二度の日本一の、福岡ホークス最強の黄金時代の、文句無い立役者の一人だった。一時代の最強捕手。大リーグからの帰国後はパッとしなかったけど、出来ればもう一度、ホークスでプレーする姿を見たかった。

 

Victory Again~2003年福岡ダイエーホークス優勝への軌跡~

【オーナーズリーグ】城島健司 阪神タイガース スーパースター 《2010 OWNERS DRAFT 02》

 

FOR THE FLAG 野球日本代表 もうひとつのアテネ

 

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悲しき虐待

2012年09月27日 | 時事社会ログ

 

○貧困層拡大か 相談件数“大阪最多”の理由

 

   厚生労働省が26日に発表した平成23年度の虐待相談件数で、大阪は2年連続最多となった。なぜ、大阪で相談件数が多いのか。専門家からは貧困層の広がりを指摘する声があるほか、相談体制の充実で対応件数が増えたとする見方もある。

 児童虐待に詳しい花園大学の津崎哲郎教授によると、虐待の要因には貧困や社会的孤立、親の未熟性などがあり、「大阪では貧困層が広がっているため、相談件数も増えているのではないか」と指摘する。

 22年7月に大阪市西区のマンションで、母親が3歳女児と1歳男児を放置して死亡させる事件が起きるなど、相次ぐ虐待事件が注目を集めた経緯もあり、大阪府中央子ども家庭センター(児童相談所)の渡辺弘子・企画情報室長は「重大な虐待事件が近隣で発生したことで、住民の意識が高まった。また、対応する職員を増やすなど、相談体制を充実したことも要因ではないか」と話す。

 度重なる事件を受け、行政はためらわずに通報を呼びかけるテレビCMを放映するなどして啓発活動を実施。その結果「子供の泣き声が聞こえるので心配だ」といった内容も含め、府のセンターに寄せられた通報は22年度の4820件から5711件に急増した。

 

 

 「少子化」はより、加速する。核家族化が言われて久しい。完璧核家族化時代。同居してても核家族みたいなコトになっている場合だってある。よく、子供が子供を育てている、と言われるけど、昭和時代の充分責任感を認識して生きる大人と違って、現代の20代30代の大人たちの中には、精神的に、社会的に、大人になっていない人が、昔に比べてかなり多いと感じられる、ということだろうな。そして完璧核家族で、隣は見知らぬ絶対他人、の生活環境。デフレスパイラルは止まらず、えんえんと大不況時代は続いている。不況だから当然のように仕事がない。やっとあった仕事はブラック。低賃金長時間重労働。「少子化時代」に対応して国民の皆さん、いっぱい子供を作って増やしてください、なんて言われても‥。

 実際、先ず、生活しなきゃいけないし。食べて行かなくてはいけない。基本人権的にこんなことは言ってはいけないのだが、キツイキツイ毎日の生活の中で、小学生以下の子供は足手まといになる‥、というのも解らないこともない気もしますね。戦後の昭和20年代、30年代とは、確かに同じように貧しい時代だった(あるいはもっとずっとひどく)のかも知れないが、やっぱりいろいろな意味で現代と昭和時代の貧困は違うんでしょうね。一度覚えてしまったある程度の裕福。整備された環境。昭和の時代は登るだけだから、何か漠然と「未来という希望」があったんですね。現代は「未来の希望」なんてまるっきり見えない時代なんでしょう。ただ不安があるだけ‥。景気、政治、社会のシステム‥。

 

子どもの虐待―子どもと家族への治療的アプローチ

子どもを虐待する私を誰か止めて!

子ども虐待という第四の発達障害 (学研のヒューマンケアブックス) 

 

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