生きたまま極楽! 

ワタクシ、naojiiの、巷の旬な話題と情報への個人的意見、日々雑感。

アヤパン後

2010年08月31日 | 芸能ログ

「大塚範一切りの布石?」"アヤパンの後継者"に生野陽子起用の裏事情

 

     退社の意思を表明した高島彩アナウンサーがメインキャスターを務める、人気のフジテレビ朝の情報番組『めざましテレビ』。その高島の席にショーパンこと生野陽子アナが座ることになった。だが、この決定にはフジの思惑とある計算があるという。

「生野を起用したのは大塚メインキャスターを切るためですよ」と証言するのはフジの関係スタッフだ。

 熟練のアナウンス技術と経験、安定感から地味ながら支持を得ていた大塚キャスターだが、最近、年齢のせいか、スタジオでの出演者らとのやりとりに切れがなくなってきた。

「単純に衰えですよ。そろそろ限界かなってみんな言っていますけど、あれだけの実績がある方ですから、なかなか切れないんですよ」(前出スタッフ)

 局内では「生野アナでは大塚アナをフォローしきれない。機転の利くカトパンこと加藤綾子ならば大塚アナの衰えを"隠す"ことができる」(前出スタッフ)と言われていた。にもかかわらず生野アナを起用したのは「大塚アナの衰えぶりをはっきりさせるため。一時的に視聴率が下がっても構わない」(制作スタッフ)とフジ上層部も覚悟を決めているというのだ。

 表向きは、経験を買って3年目の加藤アナよりも5年目の生野アナを起用したとなっているが、実力社会のアナウンス界にあってこんな年功序列の考え方がまかり通るはずがない。現にフジは入社1年目の加藤アナを主要番組に続々と出演させるなど、大抜擢した実績がある。

「もちろんフジ一流のエクスキューズですよ。生野アナより加藤アナの方が実力的に上というのは、局内では一致した見方ですからね。あれは大塚アナをフォローしきれない生野アナをわざと起用して、大塚アナを次の番組改変で外す計画に違いありません」(フジに出入りする業者)。

 にわかに信じられない計画だが、こんな話が出てきてしまうほど、フジにとって大塚アナは"鬼っ子"になっているようだ。

 

 

 でもホント、あやぱんは実力も持ってたな。容姿と人気だけでなく、サバケてて仕事も出来たよ。すごいよね。大塚さんはもう目覚まし17年だっけか(?)。それくらいはいってるんだよね。年齢は還暦過ぎてるし。ニュース読んでてけっこう引っ掛かる。根は、ヒトミシリがあり構えるタイプのようだね。けっこう神経質で意外と社交的でない‥。大塚さんの本性は好感は持てるけどなあ。TV局も情け無用の冷たく厳しい世界だしなあ。自由業者も生き残って行くのは大変だよなあ。

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山本小鉄さん逝く

2010年08月30日 | スポーツログ

  

「鬼軍曹」元プロレスラーの山本小鉄さん死去

 

     元プロレスラーの山本小鉄(やまもと・こてつ、本名山本勝=まさる=)さんが28日、低酸素性脳症のため死去した。 

 68歳だった。告別式は近親者で行う。

 日本プロレスに入門後、1972年、新日本プロレスの旗揚げに参加。後輩を厳しく指導した「鬼軍曹」として知られ、引退後は解説者や、タレントとしてテレビで活躍した。

 

 

 山本小鉄さんはものすごく真面目な人だったらしいですね。多分、昔気質の頑固一徹、根性の人だったんでしょう。

 力道山、最後の弟子。日本のプロレスの父、力道山が亡くなったのは63年ですよね。ちょっとはっきり憶えていないけど、63年暮れだっけか。64年正月?やっぱ63年暮れ頃だっけかな。山本小鉄さんのプロレス入門は63年。直接、力道山先生から教えを受けたかどうかは解らないけれど、力道山プロレス道門下、最後の弟子ですよね。

 この時代になると力道山はもう実業家の顔もあったから忙しくて、新弟子に直接指導したりはしていなかったかも知れない。この時分の力道山は毎日の試合でエキサイトするために試合前に薬を打っていた、というウワサがある。この時代って38歳くらいかな、力道山。調べもせず、うろ覚えの記憶だけで書いていて、申し訳ないんですが、この当時はリキパレスという総合レジャー施設を作ったり、スチュワーデスさんと結婚もしたし、古巣の大相撲の重鎮と接触を図ったりと、次のステップアップを考えていた時期だから、ましてや大人気TV放送プロレスの唯一絶対エースだし、超多忙、力道山は直接、新弟子の稽古を着けることはしてなかっただろうなあ。

 ヘビー級の山本小鉄さんは身長は170センチくらいしかなくて、入門当時は小さ過ぎて、常に門前払いで、最後まで諦めずに力道山に直談判、そのしつこさの鋼鉄の意志で入門が出来たんだそうだ。

 ヤマハブラザース、山本小鉄さんは、僕の記憶に残る印象は、プロレスラーとしてよりも、古館伊知郎アナウンスのワールドプロレスリング新日本の実況中継で、名解説者として時折エキサイトしながらも実況していた山本小鉄さんだよなあ。

 というのも僕が子供時代育った地方では、ローカル局でプロレスの放送はTBS系列の国際プロレスだけだったからだ。僕が中二か中三くらいの時に、NET(現在のテレ朝)系列のワールドプロレスリングの放送が始まって、猪木他の試合が見れるようになった。多分、この時初めてヤマハブラザースを見たのだろうけど。ヤマハブラザースのプロレスはあんまり印象に残っていないなあ。当時の少年漫画誌のプロレス漫画で読んで、ヤマハブラザースは知ってはいたんだけど。

 旧日本プロレスを追放されたアントニオ猪木を助けて、1972年だっけか、猪木の新日本プロレス立ち上げに甚大な加勢をする。いわば猪木の縁の下からのつっかえ棒的存在、だったのかな。猪木の支え役、ですね。当時の新日、営業本部長、新間寿氏といい、猪木という人間には人望があったんですね。もう一人の全日のジャイアント馬場さんも違うタイプの人望を持ったリーダーだったけど。

 馬場、猪木という、日本のプロレスの、カリスマリーダーのキャラクター比較をすると面白いかも知れないな。両雄の往時をよく知る人たちの話を詳しく聞いて。力道山というリーダーも居るが、時代が時代だし出自もあるだろうし、後年ムチャクチャな面があったからなあ。単純に比較するのはどうかなあ‥。馬場・猪木リーダー比較論、は面白そうだな。誰か、知識人、発表してくれないかなあ。三沢や長州を入れても面白いけど。前田日明も。

 山本小鉄さんだったなあ。鬼軍曹、山本小鉄。ストロングスタイルのプロレスに誇りを持った、頑固一徹、曲がったことの大嫌いな根性の人、山本小鉄。

 昭和の時代から平成、21世紀へ。小鉄さんのような不器用だが真っ直ぐな昔気質な人間は絶滅種になりつつあるんだろうな。寂しいですね。

 御冥福をお祈りいたします。

 

 

 

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アヤパン引退

2010年08月23日 | 芸能ログ

○<高島彩アナ>9月で「めざましテレビ」卒業 年内で退社「朝日を浴びて目を覚ます生活を」と

 

     フジテレビの高島彩アナウンサー(31)が23日、キャスターを務める「めざましテレビ」を9月いっぱいで卒業し、年内で退社することを明らかにした。高島アナは「少しゆっくりと、朝日を浴びて目を覚ます生活を送りながら、自分自身を見つめなおしたい」とコメントしている。

【写真特集】高島アナのコメント全文

 高島アナは01年、フジテレビに入社。03年4月から、「めざましテレビ」のキャスターを務め、女性キャスターとしては歴代最長となる。

 高島アナは「7年半全力を挙げて取り組んできた『めざましテレビ』を卒業することを決意いたしました。心に決めた今はすがすがしい思いでいっぱいです。そして私にとって『めざましテレビ』=フジテレビだったため、番組を辞めてフジテレビに残るという選択肢はありませんでした」とコメントしている。

 

 

 「めざましTV」は、アヤパンは7年半もやってたのか。すごい年数だね。驚いた。アヤパンがフジ局を退職すると聞くと、どーしても“ゆず”に思いが行っちゃうね。“ゆず”の北川悠仁さんとの結婚。やっぱまだ、続いてるんだろうね。最近、この話題に関するニュース、あんまり聞かないし。まあ、僕自身がこの件に関して忘れてた、というのもあって、最近のアヤパン周辺のゴシップなんかを調べてもないからだけど。調べるって、ワイドショー見るかネットでだけど。

 高島彩アナの人気は抜群のもので、一人抜きん出て人気がある、殿堂入り人気アナだ。高島アナは“格別”感。フジも痛いんだろうが、アヤパンの年齢も年齢だしね。アイドルアナというには、ちょっとトウが立ってきたし。一つ下だが同僚同域のナカミーが結婚しちゃったし。

 高島彩アナはアイドル系ルックスで報道読みもバラエティーもこなして卒がなく、容姿と実力を兼ね備えた、フジの第一看板アナだよね。落ち着いていて咄嗟の対応力もあるしね。やっぱ、フジ、痛いよなあ。実力的にはだいぶ劣るけどアイドルアナだったナカミーだって、辞めるのは時間の問題だろう。

 残ったフジの女子アナにこれといった人が居ないよねえ。アヤパン、ナカミー級の看板背負える女子アナ。ショーパンはその器でないし、カトパンはまだまだだろうし。まあ、イイけどなあ、別に。

 “ゆず”の北川悠仁の人気ってどうなんだろう?音楽人気が大勢を占めるのか。それとも、男性的人気の方もあるのか。独身女性たちの人気はあるのかどうか? 
 さてこの先、近いうちに、アヤパンの結婚発表があるのかどうか?ワイドショーが騒がしくなるかな。

 

アヤパンの結婚
アヤパンの結婚2

  

 

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男のみだしなみ‥みたいな。

2010年08月22日 | Weblog

 

女性が引く夏の男のファッションにネットで討論

 

     今年の夏は猛暑。汗ですぐにビショビショになることを考えると、もはや着るものなんてどうでもよくなってしまいがちだが、自分のファッションが、異性にどう見られているのか考えたことがあるだろうか? 今、ネットで話題となっているのは、女性を対象にしたアンケート「夏に引いてしまう男性のファッション」の調査結果(gooランキング)。1位から10位までは以下のとおり。

1位 ポロシャツをパンツにインしている
2位 サンダルに靴下を履いている
3位 冬ものブーツ
4位 首がよれよれのTシャツ
5位 お腹の肉が強調されるTシャツ
6位 肌が透けそうな薄手のランニングシャツ
7位 オフィシャルな場所でのビーチサンダル
8位 汗が目立つ色のシャツ
9位 筋肉質の人がぴちぴちのシャツを着る
10位 派手過ぎるアロハシャツ

この結果が複数のネットニュースで紹介されるや、様々な掲示板でも話題に。
「引いているのは男のファッションじゃなくてそいつの容姿だろ 結局は全て『但しイケメンに限る』ってことだろうが」と、憤るネットユーザーがいたかと思えば、2ちゃんねるのまとめサイト「ガクブル速報((((;゜Д゜))))」では、16位にランクインした「全身“黒”でコーディネート」は是か非かという討論の様子が総括されている。

「オタクの黒好きは異常。カッコイイと思ってんのか?」

と、「全身黒」否定派の意見があるかと思えば、

「黒は闇に溶け込める便利アイテム」
「というか面倒だからクロでいいや的な選び方」

というのが「全身黒」肯定派の意見。ほかにも「バイク乗りは一年中全身黒」「全身黒って単純に熱いだろ」「上が黒の場合下はベージュにすりゃいい」などと激しい討論のあげく、「何着ても似合う奴が羨ましい」「ほんともう何着りゃいいんだよ」というぼやきも聞かれたのだった。
(R25編集部)

女性が引く夏の男のファッションにネットで討論は
コチラ

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、web R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

 

 

 私は昔から本当に、ファッションには根っからの無頓着の人で、まあ、本音は「着てればいい」という人なんですが、性質・性格的に引っ込み思案、恥ずかしがり屋で人目を気にする‥、という非常にシャイでヒトミシリな、世の中で人にまみれて生きて行くにはネガティブ過ぎる負の部分ばかりみたいな人ですから、若い頃は一応、ファッションは気にしていました。「田舎者に見られてないか‥」とか「俺は恥ずかしい恰好で歩いてないか‥」だとか。

 でも基本、ファッションには無頓着で、正直、昔からファッションには全くと言っていい程、興味が無い。これも人間生活、特に社会生活をしていく上で大変よろしくないんですが。まあ、だから若い頃は親しい友人とか勤め先の同僚とかの真似、かな。私の友達だから、そんなにファッションに敏感というか、ファッションにメチャ気を使っている人は居なかったけど、一応、流行とかを考慮しているヤツは居たから、そういう人の真似して無難、というスタイルでしたね。そこまで考えてもなかったかな。

 この当時はディスコにばかり通っている同僚も居て、当時はまだクラブでなくてディスコだけど、この男はけっこうファッションに気を使っていた。ナンパにも励んでいたようだし。「何だい、おまえ、そりゃよ。ロペだのジュンだの、オカマみたいな恰好ばかりしてよ!」と、青森出身のSさんが仙台出身のK君のお洒落に文句着けてたのを、思い出した。VANとかは僕らより少し上の世代か。僕らはアイビーファッションの最末期頃かなあ。

 でも若い頃の普段着は着てりゃ良い感基本で、上は何か色物のシャツで下はいつでもジーパン。「ジーンズ」なんて洒落た呼び方はしてなかった。ジーパン。仕事は基本スーツで通勤、そうでなければ何か普通のスラックスにワイシャツにネクタイ、何か上着を引っ掛けてるって形かな。ジャケットのときもあればカーディガンもセーターも。ブルゾンもあり、みたいな。勤め先会社のユニフォームジャンパーとか多かったな。仕事のときだけど。その下にワイシャツ、ネクタイ。冬は必ずネクタイ締めてて、何故かというと、ネクタイで首周り覆っているとけっこう温いんだよね。冬の寒さ対策の、まあ、必需ファッションみたいな。ネクタイが。

 印刷センターの企画室というところで働いていたときは、印刷広告の版下作りが主な仕事で、ある種デザイナー気取り気分もあったから、服装は自由にしていた。ボタン留めのカラーのシャツにジーパン姿。いつもそうだった。通勤途中も仕事中も退社後も。印刷センターのユニフォームをたまにシャツの上から引っ掛けてたかな。後は社会福祉の仕事してたときは、主に白のポロシャツにジャージのズボン。普段着は下だけいわゆるチノパンに替えてた。

  記事の中のダサイ着こなしの第1位に挙がっている、“ポロシャツの裾のズボンにイン”、だけど、これについては厭な気分の思い出がある。社会福祉の職場で働いていたときのことだ。マイクロバスで大勢で出張仕事だったのだが、出発寸前、とにかくいつも細かくうるさい嫌われ者の上司が、バスの運転席に座る僕に降りて来るように命じた。何か?と思ってエンジン掛かったままのバスから降りて件の上司の前に行くと、「出したポロシャツのすそをズボンのベルトの中に入れろ」と言う。上司の命令だから仕方なくそうしたが、バスに乗り込んでいるほとんどの職員はポロシャツのすそを出して着ている。僕はポロシャツのすそをインして、運転席に戻ってバスを出発させた。だが、勿論、僕は仕事先ではみんなと同じようにポロシャツの裾を出して、職務を遂行していた。それから数日後、職場でこの上司が一日、ポロシャツの裾を出したままで居た。この時は、人には押し付けといて自分は何だ!とこの上司に腹が立ったね。マイクロバスで行った先の仕事が工場勤務とかなら上着の裾を出すのは危険だから解るが、あの時、出発間際にどうして俺だけワザワザ降ろしてポロシャツの裾を入れさせたのか?さっぱり解らんし、そういう自分は後で職場玄関付近や事務所内の来客のある場所で、ポロの裾をズボンから出して着ている。何て一貫性の無いヤツだ、ポリシーの無い男だ、自分の言動に責任感の欠片も無いヤツだ、とこの上司を腹の中で軽蔑した。

 まあ、昔の話はイイんだけどね。

 昔の話といえば僕は若い頃、ファッションセンスの欠片もまた服装の興味もなかったけれど、少年期・青年期・若い頃、ものすごくアタマの良い人に憧れていた。教養も知性も発想力も、各ジャンル先端情報の理解も含めて、いろいろな意味でアタマの良さにメチャ憧れていた。僕は自分が馬鹿だと解っていたから。絶対無理と解っていても憧れていた。だから、外側がどう見えようとも構わないから、中身が本当に充実した人間にはなりたくてたまらなかったなあ。当然、なれなかった訳だが。でも、社会人だったから、まあ、人目を気にする程度のファッションというのか、服装は、まあ、考えていたのかも。

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天才・宇多田ヒカル

2010年08月11日 | 芸能ログ

 

宇多田ヒカル無期限活動休止のナゼ「人間活動に専念」も「ネタ枯れ」

 

      歌手の宇多田ヒカル(27)は9日、自身のブログで来年から期限を定めず音楽活動を休止すると発表した。「しばらくの間は派手な『アーティスト活動』を止めて、『人間活動』に専念しようと思います」とし、年内で新曲発表などをいったん終えるという。母親・藤圭子(59)ゆずりの異才を発揮して15歳で鮮烈なデビューを飾った“歌姫”に何があったのか。

 

 所属レコード会社によると、宇多田は現在、海外で秋に発表予定の新曲のレコーディング中という。関係者は、「休業は体調面などが理由ではない」とも否定している。

 

 音楽評論家の富澤一誠氏はズバリ、「ネタ枯れでしょう」と指摘。こう続ける。

 「デビューして12年間、第一線で頑張って曲を出すたびに売れた。でも、シンガー・ソングライターは一般にアルバム3枚でネタが尽きる、といわれる。自分の青春時代を根掘り葉掘り書いても、3枚分にしかならない。さらに友達や親、周りのことで1枚、2~3年の充電期間で1枚…。尾崎豊がそうだった。彼女の場合、15歳でデビューしているから、青春時代がなかったと言ってもいい」

 宇多田自身、ブログの中で15歳から「成長が止まっている部分が私の中にあります」と吐露している。この間に、卵巣腫瘍摘出手術を受け、映画監督の紀里谷和明氏(42)との結婚、離婚を経験するなど波瀾万丈だった。2年前のブログでは、「悪夢にうなされて」自分で作った腕のアザの話を綴り、ファンからは“激やせ”ぶりを心配する声も上がっていた。

 「心身共にマイナスのスパイラルを断ち切るにはどうしたらいいのか、と考えた末の行動だと思う」と富澤氏。

 一方で、音楽業界では厳しい背景も。宇多田の後を追うR&B系の女性シンガー・ソングライターが毎年、現れては消えてゆく。「今は1曲当たって配信で元が取れればいい時代。これではアーティストが育たない。レコード会社各社では大物アーティストの容赦ないリストラ話も進んでいる」(大手レコード会社スタッフ)

 宇多田はファンに向けて「2年になるか、5年になるか、わからないけど、一回り大きくなって帰ってくるから。少し時間をください」と述べている。潮時を読む能力も天才肌ということか。

 

 

 海外進出も結局は失敗に終わった、ということみたいですね。日本での活動も、ネタ切れ?詩の方か?昔は、加山雄三とか矢沢永吉とか、作曲は自分でやるが、詩は他の人に書いてもらう、というスタイルの元祖的というか昭和のシンガーソングライターは多かったですけどね。吉田拓郎も、岡本おさみとか安井かずみとか他が詩を書いてる曲多いし。

 現代は、各アーティストの持つ世界観、というのが重要視されるのかな。詩も曲もオリジナルで、アーティストそのものを表現しないとダメ、だとか。

 でも今の時代はものすごく多いですよねえ、出て来るシンガーソングライター。知られていないシンガーソングライター、山ほど居るでしょう。出ては消える、か、居るんだけど、鳴かず飛ばず‥、みたいな。どうやって食べているのか。ヒットして世に出た感、があると思ったらそれで終わっちゃうし。CDは売れないし、20世紀時代みたいに大ヒットや国民的歌手が無い時代だし、なかなかメジャーになれないし。ある程度メジャー位置に存在し続ける、というのが無いんだよね。それがものすごく難しい時代。

 90年代末に出て来た宇多田ヒカルは国民的歌手だった、ですよね。最後の国民的歌手、みたいな。同時代に浜崎あゆみが居るけど、「あゆはカリスマ」なんだけど、レコ大2度取ってるけど、国民的歌手とは言わないような。

 宇多田ヒカルが、他の人の書いた詩で歌を出したら、ファンに「それは違う」と言われちゃうのかな?やはり、全部ウタダで表現しないと駄目なのか?ウタダの世界観をバンッと出してこそ、宇多田ヒカルが売れるのか?

 今まで、メジャーにまでなった歌手で、充電期間というか休息というか何というか、「一時休業宣言」を出してしばらく間空けて再度、戻って来て歌い始めた時、パッとしないアーティストさん、いっぱい居ましたよねえ。以前ほど売れない、というか以前に比べると驚くほど売れない、という歌手の人たち。そういうヒトはけっこう多かったよーな、気がするんですけど。この間の、福岡出身の女性シンガーソングライター、YUIさんは見事、戻って来るの、成功したように見えるけど。休んで戻って来て1発2発目くらいは売れたみたいで、休息前の位置はキープ出来た感、だけど。

 宇多田ヒカルさんはどのくらい休むんだろうなあ。メディアから完全に姿を消しとくのかなあ。今の時代、忘れられる心配もあるよね。何年かして戻って来て姿を現し、また同じようにシンガーソングライターで歌出しても、この次は売れないような悪い予感がしちゃうけどなあ。同じように歌手で出て来ても。何かさ、出戻るときは、世間が「あっ」と驚くようなコトがないと、カムバックは失敗するような気がする。

 すぐに辞めちゃったプリンストン戻って(コロンビア大でした。復学とか出来ないのかな?)学位取って、さらにその上くらいまで行って、出来れば現在の音楽以外の職能を身に着けて、それで帰って来て、メディアに再登場して「また歌もやります」とカムバックするなら成功するよーな。これはちょっと難し過ぎるか。世間は彼女を天才と思ってるし、天才を期待してるからなあ‥。

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ム所内リンチ

2010年08月07日 | 時事社会ログ

「もっと飲め」水15リットル強要容疑

 

      15リットルの水を4時間にわたって同室の受刑者に飲ませたとして、川越少年刑務所(埼玉県川越市)は6日、20歳代の受刑者の男4人を強要容疑でさいたま地検川越支部に書類送検した。

 発表によると、4人は1月16日正午から午後4時頃までの間、刑務所内の共同居室(7人部屋)で20歳代の男性受刑者に対し、「やかん10杯分の水を飲め」などと強要し、水道水計約15リットルを飲ませた疑い。4人は容疑を認めているという。

 男性は自分で蛇口からやかんにくんだ水をコップに注いで飲み続け、翌日、多量摂取による意識障害を起こし、同25日まで入院した。「暴力を振るわれるのが怖くて飲んだ」と話しているという。同刑務所は4人の日常的な暴力がエスカレートしたとみている。

 

 

 やっぱりこういうリンチは行われているんだ。これは少年刑務所内ですね。鑑別所とか少年院に比べると、少年犯でも、かなりの重犯罪者が服役してるんでしょうね。少年犯罪で、そういった施設に収容されることを「服役」と呼んではいけないのかも知れませんが。少年犯は例え重犯罪者でも、あくまで「更生」なのかも知れないし。

 いや、僕が子供の頃の少年漫画の熱血ものジャンルでは、よく、エネルギーあふれる主人公が少年院系の施設に入所するストーリーが多くて、あの頃のワイルドな熱血漢ヒーローは、逆に“ワル”的な要素も含み、あの時代の少年たちに、そこがまたウケて、大人気で話題になっていました。まあ、「漫画」という子供向けの物語の世界ですけどね。

 「あしたのジョー」「男一匹ガキ大将」「ワル」「のら犬の丘」‥。みんな、主人公の熱血少年が一度は少年院系に入っている。また、正統派の熱血少年の敵役が少年院出身で現れるが、激闘の末、友情が芽生えて、ワルの方の少年が真に更生する、というストーリーもよく、ありました。

 やっぱり実際に、今の少年院系の施設では、刑務官や教官の目を盗んで、リンチ暴力行為が行われているんですね。

 子供の頃は、漫画を読んで、ああいうトコロに入るのは怖いなあ、と恐れていました。いや、僕は別に、犯罪行為に手を出していた訳ではありませんけど。小学校当時、せいぜい授業をさぼっていたか毎日宿題をして行かなかったくらいですけど。毎日毎時間授業を聞いていなかった、というのはあるけど、あれは毎回先生にゲンコツされるか立たされてたし。運動場も走らされたし。中学生からは僕はおとなしかったしね。

 独特の作風の怪奇漫画、と呼んでいいのか、ダークファンタジー系の、とにかく独特の作風・画風の漫画家、花輪和一氏が描いた「刑務所の中」という作品を、以前読みまして、刑務所服役の毎日の生活が、僕が想像していたよりも「ユルイ」ので驚いた、というか何故か安心したんですけど、あの作品の中では「リンチ行為」は描かれていませんでした。そりゃあ、シャバのカタギ生活に比べたら、勿論辛いですよ。檻の中に収容されて、厳しい規律の中で、完全に自由が制限されている訳ですから。でも、昔から想像していた程の「怖い世界」でもなさそうだった。あれ、読む限りは。

 足利事件の冤罪で無期懲役囚とされて、20年近くもの長きに渡って収監され続けていた、この度晴れて無罪が確定した、冤罪被害者の菅谷利和さん、あの方が服役中に、リンチ被害に合っていた、という記事をネットの書き込み情報で、以前読んで知ったのですが、少年犯罪者収容施設でなく、成人の犯罪者の刑務所でもやはり、見えないところでリンチは行われてはいるんでしょうね。何年か前に、刑務官が寄ってたかって受刑者にリンチ行為をした、という事件が発覚して報道されてましたけど、やはりああいう閉ざされた場所ではあるんですね。

 やっぱ、ああいう刑務所関係には、入らないに越したコトはないですね。

 多人数に寄るリンチは怖いですよ。しかも受け出したら、ああいうのは毎日になるでしょ。恐ろしいなあ。

 ちなみに花輪和一さんの漫画作品著書、「刑務所の中」は実録漫画です。花輪さんは、銃刀法違反で懲役3年の実刑を受けています。「持ってただけ」でしょうが、けっこう重いんですね。

 

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SFパワードスーツ・リアル

2010年08月05日 | 時事社会ログ

○だれでも一瞬でマッチョな兵士になれるパワードスーツ、いよいよ実戦配備へ!

 

  草食男子が一瞬で超マッチョな肉食系に!

 自分の力だけでは到底出せないパワーを与え、脚部の身体能力を大幅に強化サポートするHULC(Human Universal Load Carrier)外骨格パワードスーツが、数年以内に前線で活躍する米軍の兵士に支給される夢も現実味を帯びてきましたよ

 米国カリフォルニア大学バークレー校から誕生し、ロッキード・マーティンが実用化を目指しているHULCは、脚に装着していることを忘れるほど自然な動きで各兵士にフィットしつつ、200ポンド(約90kg)の重量の荷物でも軽々と持ち運べる驚異的な脚力を生み出せるようになっています。すでに米国陸軍兵士システムセンターで実戦を想定した装着テストの実施が正式決定しており、本当にだれでもスムーズに使えることが確認されれば、いよいよフィールドテストを経て実戦配備されていきますよ。

ロボットカートのGUSS4脚ロボットのBigDogともタッグを組みつつ、今後は兵士の前線での移動負担が軽減されていきそうな見込みです。そのうち民間にも技術フィードバックがあって、たとえばロボットレッグスーツなんかも、より自然で軽快な動きになっていくといいですね~

 

 

 人間の悲しいところは、科学も文明もほとんどが戦争から発達・発展して行くところだ。こういうのは、技術は先ず、障害者や老人の福祉や医療に活用すれば良い、と思うのだが、愚かな人間は、絶対に譲らず、先ず戦争利用だ。

 先ごろ、映画「GIジョー」をDVDで見たが、正にこの世界だね。

 例えば、人間を蹴散らし踏み潰す戦車が出来れば、戦車をひっくり返すパワードスーツが現れる。もう“核”という最終兵器が、数十年も昔に作ってあるのにね。

 殺戮能力を等級で分けて、特1級がいくつもあるのに、第2級第3級の兵器も次から次へと作り続ける。

 何か、やんちゃな男の子の遊びみたいだ。

 で、その遊びで、開発の度、毎回、数十万人が死ぬ。いや、数百万人か。もっとか。

 劇画「ゴルゴ13」のお話の中で、もうだいぶ前の作品になりますが、02年の初出発表ですね、この軍事用パワードスーツを題材にした物語があります。「装甲兵SDR2」の巻、です。こういう類の兵器も、もう20世紀から考案されていたんでしょう。

 こういう、使い方によっては素晴らしい科学技術は、車椅子生活や寝たきり状態に近いような、老人や障害者の方たちの医療福祉等に使えれば、どんなに画期的で文字通り素晴らしいことになるか。勿論、この技術の善用には、また、それに対応した研究や改良、考え方が必要ですけど。

 パワードスーツ。また人間どおしの殺し合いの道具だ。もう、TVや会場でのプロレスや格闘技、見てりゃ良いじゃねえか。

 これを試すためにまた、何処かで戦争起こすか。納まりそうな戦地でも無理やり投入したりするんだろうな。試すため、だけに。 

 

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愛内里菜さん

2010年08月02日 | 芸能ログ

 

甲状腺の病からめまいなど…愛内里菜引退

 

      歌手愛内里菜(30)が31日、甲状腺の病などを理由に今年限りで芸能界を引退することを発表した。9月26日の兵庫・尼崎アルカイックホールのライブを最後に表舞台から姿を消す。

 この日、30歳の誕生日を迎えた愛内は大阪市内でバースデーライブを行った。2曲目を歌い終え「10年をもちまして愛内里菜、アーティスト活動を引退することを決断しました」とファンに語りかけた。決断した理由を「10年間走り続けてきて、自分自身と向き合う時間が必要だと思った。甲状腺の病気を持っていて度重なるめまい、のどの不調と内出血、過呼吸を重ねていた。いろんな所にガタがきた」などと明かした。約1900人の観客は一言一句を無言で聞き入った。

 愛内は03年にNHK紅白歌合戦に初出場。アルバム総出荷枚数が160万枚、シングルの総出荷枚数200万枚を突破している。

 

 

 僕、愛内里菜さん、好きだったんですよねえ。あの、ギャップ、良かったですねえ。歌の歌唱力は実力派。喋らせればアニメ声の関西弁。何によりも僕はルックスが好きでした。可愛い綺麗なルックスは何だか見た目フニャフニャ~ンとしてて、あのフニャフニャした声でしょう。たまらなかったですね。可愛い、魅力。

 あの歌は大好きだったなあ。TVアニメ、名探偵コナンのOPテーマ曲にもなっていた、アイキャンストップマイラブフォユー(I Can't Stop My Love For You)。この歌はホント、好きでこの頃好んでいつでも聴いていた。コナンは見てなかったけど。あれは02年のヒット曲なんですねえ。良い歌でした。

 あの当時、よく一緒に居た女の娘が、愛内里菜さんを、僕が好きな理由と同じ理由で「大嫌い」なのだと言っていたのをよく覚えています。格闘技ブームだった時代ですよねえ。格闘技番組で、大晦日に民放各局で4時間とかの特番やってた時代。愛内里菜さんはNHK紅白出場は03年で、1回だけなんですね。

 最近は済みません、とんとその存在を忘れていました。僕は、長いことTV画面で見てないよーな。何年か前の夏に、フジのミュージックフェアで織田哲郎、亜蘭知子らと一緒の大人数バンド「渚のオールスターズ」で、メンバーの一人として見たことありますけど。僕自身は愛内さん見掛けたの、あれが最後だったよーな。

 月日の経つのは早いなあ。もう30歳かあ。現在は奈良県在住なんだとか。早く元気になって、素敵な旦那さんと幸せになって、日本の未来のために元気なお子さんをバンバン作って育ててくださいね。

 

 

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増加する育児放棄現象

2010年08月01日 | 時事社会ログ

ホスト直撃、関係は…消えた同僚人気風俗嬢 2児殺害鬼母

 

      ホストクラブにハマったあげく、大阪市のマンションで実の幼子2人を死に追いやった下村早苗容疑者(23)が、お気に入りだったホストに対し、子供たちを放置していることを打ち明けていたことが、関係者への取材で分かった。ホストクラブへは、勤務先のマットヘルス店の同僚女性と通い続け、この女性のマンションに寝泊まりすることもあったという。

 

 大阪・ミナミのマットヘルス店に勤務していた下村容疑者が育児放棄を始めたきっかけはホストクラブ。複数のクラブに入り浸っていたが、中でも一番熱をあげていたのが、ミナミの人気店に所属する俳優の速水もこみち似のイケメンホスト、A(22)。今年春以降、心斎橋付近で2人が「同伴」や「アフター」する姿を、別のホストクラブ関係者が目撃していた。

 「Aは先月中旬ごろ、常連客だった下村容疑者から『もう子どもは死んでいるかもしれない』と打ち明けられ、それを周囲にも話しています。当然、一緒にホスト遊びをしていた下村容疑者の同僚女性も、子供が放置状態にあることを知っていたはずです。しかし2人は、下村容疑者に帰宅を促したり、警察に通報するなどの措置を一切とらなかった。同僚女性は事件発覚後も、しばらくAの店に通っていました」(前出の関係者)

 下村容疑者が勤務するマットヘルス店は、給料の一部が日払いで、残りは週末にまとめて支払われていたことから、Aは週1回、ツケの回収を兼ねて必ず下村容疑者を食事に誘っていたとみられる。

 「下村容疑者は、店のホームページで素顔を公開していましたが、同僚女性は非公開でした。ルックスとスタイルで下村容疑者よりもリピート率は高かったといい、事件発覚後も仕事を続けながら複数のホストクラブにも通っていましたが、現在は音信不通です。一方、Aは現在も出勤していますが、個人のブログは、ホストクラブ関係者の間でウワサが広まり始めた今月4日に、削除してしまいました」(同)

 第三者とはいえ、虐待の事実を知りながら何の手立ても取らなかったなら、Aと同僚女性に非難が集まるのは当然。大阪府警は、下村容疑者を殺人容疑で再逮捕する方針を固めており、2人が任意の事情聴取を受ける可能性もある。

 渦中のAは5日午後、本紙の取材に応じたが、下村容疑者の名をあげた途端、「まったく分からない。仕事柄、お客の素性なんて聞かないから、偽名を使われたら分からないし、ニュースで(下村容疑者の)顔を見ても思い出せない。(下村容疑者の)店の名前や源氏名を言われても何も分からない」と、一切の関わりを否定した。

 

「ホスト遊びで育児面倒に」2児遺棄容疑の母

 

     大阪市のマンションで幼児2人の遺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で逮捕された母親の風俗店従業員・下村早苗容疑者(23)が大阪府警の調べに「ホストクラブで遊ぶのが楽しくて育児が面倒になった。もっと遊びたくて家を出た」と供述していることが31日わかった。  

 府警は、ホストクラブ通いにはまったことが、ネグレクト(育児放棄)の直接動機になったとみて裏付けを進める。

 捜査関係者によると、下村容疑者は今年1月、大阪・ミナミの風俗店で働き始めた前後から周辺のホストクラブに通い始めた。4月頃には、複数の店をはしごするなどし、長女の桜子ちゃん(3)と長男の楓ちゃん(1)を部屋に残したまま、2~3日間、外泊することもあったという。

 複数のホストと交際していたといい、6月下旬に2人を置き去りにして部屋を出た後は、友人宅などを転々とし、妹宅を訪ねたり、地元の三重県に戻ったりもしていた。2人のことは「実家に預けた」と答えていたという。

 一方、府警は31日、この部屋を現場検証した。居住部分と玄関に続く廊下を仕切るドアの縁に、粘着テープが張られた跡があった。府警は、下村容疑者が外出している間、ドアを固定して子供たちが室外に出ないようにしていたとみている。

 下村容疑者は三重県四日市市生まれで、2006年12月に結婚。昨年5月に離婚した。子供2人を引き取り、その後、大阪に転居。昨年末までは大阪市内の飲食店で働いていた。市内の風俗店で働くようになってからは、同店が従業員用に借り上げたワンルームマンションで暮らしていた。店には子供がいることを伝え、以前は2人を店に連れて来ることもあったという。

 ◆容疑者の父「なぜ」◆

 下村容疑者の父親(49)(三重県四日市市)は31日、読売新聞の電話取材に応じ、「4月に電話で話した時は、『子供も元気。ちゃんとやっている』と言っていたのに。なぜ、という気持ちでいっぱい」と語った。

 父親によると、下村容疑者は中学時代はいじめに遭うなどして荒れた時期もあったが、結婚後は、本当に幸せそうだったという。

 最後に会ったのは、離婚した昨年5月。「子供を中心に生活し、頑張るから大丈夫」と話し、地元の四日市市を離れた後も、時折、孫たちの写真付きメールが携帯電話に送られてきていた。

 下村容疑者は仕事や転居先を教えようとはせず、「ちゃんとしてるから心配せんといて」と言うばかりだったという。父親は「こんなことになるまで、サインに全く気づかなかった。相談に乗ってやることができていたら……」と悔やんだ。

 

 

 赤ちゃんポスト大賛成。せっかくこの世に生まれ出でた命なんだから、国で育てましょうよ。もう時代は変わったんですよ。親に殺されるより親や継父継母に虐待を受けて心に決して取り除けない深い深い傷を掘り込まれるよりも、国の社会施設で育った方がどのくらい良いか。トラウマは一生、その人の人生で足を引っ張り続ける。もっともっと社会施設を充実させて、親が放棄した子供は国で育てて充分過ぎるくらい(というか以上のくらい)の教育をしましょうよ。その代わり、国が育てた、という因果は含める‥。

 

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