生きたまま極楽! 

ワタクシ、naojiiの、巷の旬な話題と情報への個人的意見、日々雑感。

不美人減少現象

2010年06月29日 | 時事社会ログ

「ドブスを守る会」首都大学東京の学生は退学処分に 

 

      「ドブスの写真集を作ってます。写真を撮らせてください」と通行人に声をかけてビデオ撮影した「首都大学東京」4年の2人は退学処分となった。学生は「ドブスを守る会」を名乗り、「ドブスが絶滅の危機に瀕している」との前提で、ドブス写真集を作ると宣言。映像はネット上にアップされ、台湾では再生回数が2日間で30万回を超えたという。

 大学生のイタズラが大ゴトになったわけだが、気になるのはドブス絶滅説。たしかに不美人は減っている。20、30年前は悲鳴を上げたくなるような不美人がいたのに、最近は見かけない。食生活が変わると女性はキレイになるのか。医学博士米山公啓氏に聞いた。

「いくら食生活が変わっても、人の容貌が変わるには何千年もの時間がかかる。因果関係はありません。ルックスが変わったのは女性が他人に見られることを意識し、自分に合った化粧を研究し始めたからでしょう」

 どんな変身メークを使うのか。若い女性の生き方に詳しい作家の三浦天紗子氏が言う。

「たとえば目です。昔は目のまわりに引くアイラインは細かったけど、いまは太めに引く。それだけで目がひと回り大きく見えます。さらに100円ショップで売ってる付けまつげを片目だけで2枚装着。これで目がふた回りパッチリし、顔の陰影が強調されてお人形のように見えるのです」

 最近の若い女は益若つばさや杏のようなモデルをまねて化粧をする。手本があることはキレイになるための早道なのだ。

「こうしたメーク法を使えば5段階で1の人は3に、3の人は5になれます。ただし、そばでじっくり見ると美人でない子もいます」(三浦天紗子氏)

 右も左も化粧美人。社内のOLのスッピンを見たくなります。

 

 

 ああ~、やっぱりみんな、同じように感じている、思っているんだなあ。僕も前々からそう感じていた。子供も、そうなんだよなあ。妙齢の女性たちは化粧法かも知れないけど、子供たちは何だろう?

 女性は、これは先進国の、というか日本の、男女一般に言えることだろうが、昭和時代に比べると格段に若いですよね。平均寿命も伸びてるしなあ。栄養が良くなったこと、医療の発達。生活が豊かになって余裕が出来て、もっと寿命を伸ばそう(長生きしよう)、健康志向、アンチエイジング、おしゃれ。おしゃれ意識は特に高齢化した、ということ。それから衛生、清潔、ということもありますね。

 特に女性だろうが、お金に余裕のある人はアンチエイジングにお金掛けるしなあ。誰もがお化粧するし。美容関係は科学的に発達するし。男性は一般的に中年以降の健康志向。トレーニング関係にサプリメント。昔に比べて安く手に入る衣料で簡易におしゃれが出来る。

 やっぱ、文明だよなあ。

 子供は清潔感が第一だろうなあ。全体的に子供のおしゃれ。ボロ着た子供は見ないしね。

 やっぱ、豊かになったんだよ。特に、戦後から昭和50年くらいまでの時代に比べると、今は、顕著なんだろう。

 現代女性は、何処に居ても、メディアの発達と都市化と流通の発達で、先端、最先端の化粧法やおしゃれが出来る。個性に合わせた、個々人、自分に合った、化粧法やおしゃれが出来るし、自分の欠点を隠す方法も多々ある。多様性もあるんだろうなあ。美の多様性、というとオオゲサだけど、価値観がね、一つじゃなくなくなって来たんだろうね。美人は、イロイロな美人がいっぱい居る。うりざね顔で内容が整った美人、でなくとも、可愛らしさや愛嬌の価値観も大きい。ハーフも増加したし、グローバル化もあるだろうな。アジア系の、丸顔で目のパッチリ大きな口の広い、可愛い顔の美人、とか。

 美の多様性と、化粧品等を含んだ美容科学の発達。

 良いことですね。女性の皆さん、自分の家に、内側に籠もらず、どんどん表に出よう。両方の意味で、表に出よう。自分自身の、自信を持って。男はどうなんだろう?

 これ、写真は勝手に、被写体が知らぬ間に、撮って、公表した、という訳ではなくて、相手の人に「撮っていいか」を訊いて、相手が納得して撮らせてくれたものならば、良いような気がするんだけど。勿論、写真を撮る時に、相手に主旨を説明して「了解」を得てから撮らなきゃ駄目だけどね。無論、ネットにアップする、というトコロまでも説明して、相手が納得をしたならば、だけどね。そこまでOKだったのなら、何も悪いコトはないと思うんだけど。真実の事情は違うんだろうか。

 

 

コメント

大大ダァ~イ大躍進!!!

2010年06月25日 | スポーツログ

 

○<南アW杯>日本2大会ぶり決勝T進出 デンマークに3-1

 

      サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会第14日は24日、1次リーグ4試合があり、E組の日本はデンマークを3-1で降して2勝1敗(勝ち点6)とし、自国開催だった02年日韓大会以来、2大会ぶり2回目の決勝トーナメント進出を決めた。オランダ-カメルーンはオランダが勝ってE組1位となり、2位の日本は、29日午後4時(日本時間午後11時)の決勝トーナメント1回戦で、F組1位のパラグアイと対戦する。

  前半17分、ペナルティーエリア右角前の位置、ゴールまで30メートル超のFKから本田が直接、無回転で不規則に変化したボールをゴール左隅へ突き刺した。前半30分には、ゴール中央20メートルの位置で得たFKから遠藤が直接シュート。右隅に絶妙にコントロールされたボールがゴールに吸い込まれた。後半36分には、トマソンのPKをGK川島が止めるが、こぼれ球を押し込まれ1点を失った。しかし後半42分、本田の突破から、フリーの岡崎が無人のゴールに流し込みダメ押しの3点目を挙げた。

 

 

 おおおォォォ~!!やってくれました、デンマーク相手に3対1の快勝!

 文句無し、言うコト無し。すごいぞ全日本!大活躍!だ。

 いやあ~、ボク、この南アFIFAワールドカップ、日本はどーせ、1次リーグ3敗0勝で終わってとぼとぼ帰って来るんだろう、と踏んで、全く期待してませんでした。

 済みません!失礼しました!
 ダウナーマイナー下げ下げ期待を裏切って、すごいすごい大活躍だ。

 こう言っては大変失礼だが、奇跡!いや、実力だ。日本人のサムライブルーの魂だ!気力だ、精神力だ!!

 めでたいめでたい!

 けっこう言ったが、言うコト無し!

 こうなったら、もう行っちゃって!岡ちゃん、頑張れ!

 全日本全員頑張れ!!

 さあ、行くぞ、次はパラグアイだ。

 渋谷スクランブル交差点の大騒ぎも、迷惑で危ないかも知れないけど、解るよなあ~。おまわりさんたち、早朝から大変ご苦労様です。

 

コメント

ウインクのサッチン

2010年06月21日 | 芸能ログ

 

「言動が混乱招いた」不倫告白の鈴木早智子、活動自粛を発表

 

     元「Wink」メンバーでタレントの鈴木早智子(41)が2010年6月20日にブログを更新し、当面の間芸能活動を自粛すると発表した。

   鈴木は「週刊文春」6月24日号で、津田英佑(39)との不倫関係を告白していたが、対する津川は6月18日更新のブログで、

「記事にあるような事実は一切ございません」

と、関係を全面否定していた。

   鈴木のブログでは、津川に対する再反論は行わず、

「私が軽率に発した言動が混乱を招くきっかけになってしまった事は間違いありません」 

などと反省の弁がつづられている。

 

Wink鈴木早智子、俳優との不倫激白「奥さんが…」

 

      Wink(活動停止中)の鈴木早智子(41)が妻子ある男性と4年間にわたり不倫関係にあったことが分かった。

 

 17日発売の週刊文春によると、相手は既婚の舞台俳優、津田英佑(39)。2006年に舞台共演の後、男女の関係が続いたが破局したという。昨年、芸能人専門レーベル「MUTEKI」から出た鈴木主演のセクシーDVD「September Shock」にも、津田が出演していた。同誌の取材に、鈴木は「彼とお付き合いしていたことは事実です。奥さんがいることも知っていました」と不倫の事実を認めている。

 

 

 これは、事務所の意向だろうなあ。サッチンは、事務所に“芸能界で生き続けて行きたかったら”もうこれ以上騒ぎは大きくするな、と言われたんだろう。まあ、大人の自由恋愛だから、不倫なんだし、どっちも悪いのは五分五分というのはそうだろうが、やはり、泣き寝入るサッチンの方が可哀相に思えるなあ。男の方には、なんて奴だ!な、憎たらし感は持ってしまうなあ。

 Winkの二人は女の幸福度が対照的な感じですね。サッチンの方が薄幸感が強い。キャラクターの雰囲気もそうだし。昨年の薬の過剰摂取も、何となく“自殺!”と思わせるムードがどうしても漂ってしまうし。今回の不倫カミングアウトで、「やっぱりあれは自殺的なもの、だったのだろう」と思わさせるトコが出てしまうよねえ。

 サッチン、可哀相だなあ。
 不幸雰囲気な女は、選ぶ男も、ますます不幸を誘う男だものなあ。
 元相方の選んだ男はセレブだし。

 僕、80年代後半、Wink大好きだったんですけどねえ。「愛が止まらない」は、当時、大好きな曲だったなあ。原曲をカイリー・ミノーグが歌っていて、当時、こちらも大好きだった。「愛が止まらない」は89年なんだ。レコード大賞取った「寂しい熱帯魚」は印象に残る曲だけど、僕はそんなには好きな歌でもないなあ。僕は、その一つ前のシングル、「Boys Don’t Cry-涙を見せないで」が大好きだったなあ。ああ、「愛が止まらない」のリリースは88年晩秋頃で、「涙を見せないで」が89年リリースか。まあ、どっちでもいいけど。

 Wink爆発的人気時代、相田翔子の方が人気があったけど、僕には相田翔子さんの方はまるでタイプでなくて、何も感じなくて、やはり僕はサッチンが大好きでした。何というか、あの顔つきがタイプで。あの顔つきに僕、弱いんですよね。

 勿論、今の僕は、サッチンのソフトAVなんて買いませんけど。興味出ない。

 しかし、同じ事務所に所属する先輩後輩の不倫だが、男優が家庭を壊す気はない、とはっきり言えば、事務所は男優を取り、騙され感強いサッチンの方は、事務所が「どうせおまえは不幸女なんだから、ここでもう一つ不幸を被って泣き寝入りしろ」と言って押さえつけて黙らせたようで、何か嫌ですねえ。しかし不倫だからどっちもどっちだしね。どうせ、男優の方も、たいした人気も出ないで終わるだろうし。 

 

 

 ああ、そうか。後になって気が着いた。サッチンのソフトAVなるアダルトビデオには、同じ事務所の、件のこの二人が共演している。思ったより売れ行きの伸びない、このAV商品をもっと販売数を伸ばすため、あえて共演二人の“不倫”関係を、週刊誌を使ってスキャンダル公開したのだ。つまり商売のための話題作りだ。事務所の商法だろう。そう考えた方が一番納得が行くのでは。えげつない芸能界ならではのやり方。そうにしてもやはりサッチンは可哀相だ。本人は割り切っているか?

 あ、でも、続報で、“男”の方のこれからの舞台仕事が、この騒ぎで降板になりそう‥、ということだから、そういうことだと、事務所関係が宣伝のためにワザとスキャンダルカミングアウト、ということはないな。まあ、いずれにしろ、サッチン、早く立ち直ってシアワセになってください。

コメント

芸能美人局

2010年06月10日 | 時事社会ログ

 

○こんなに巧妙化している芸能プロの「美人局」

 

    ●よくあるのは「ニセ母子」の手口

 芸能事務所に所属している女子高生にわいせつ行為をして書類送検された引っ越し大手「アートコーポレーション」の寺田寿男前会長(64=4日付で会長を辞任)。大手企業のトップのくせに……と言いたくなるが、最近、この手の事件が増えているのも事実だ。

 つまり芸能事務所が絡んだタレントの美人局(つつもたせ)。寺田氏も女子高生の事務所の前社長に2134万円を取られていて、恐喝で訴える騒ぎになっている。フリーライターの神村雪雄氏が言う。

「不景気のせいで二流の芸能事務所はえげつないことをやってます。よく聞くのが“ニセ母子”という手口。事務所のマネジャーが中小企業社長に宴席で母子を紹介し、“お2人は母子家庭。娘さんが有名タレントになれるよう応援してください”と頼む。酒で気が大きくなった社長は“まかせなさい”とすっかりパトロン気分。さらに宴席が終わると母親は“娘も20代の大人ですから、飲みに連れていってやってください”と言って先に帰るのです。ところが少女は未成年。しかも母親はニセモノ。社長が手を出すと、待ってましたで脅されます」

 マネジャーが「ギャラはタダでいいから」とタレントを相手の会社のポスターやチラシに起用させ、ついでに社長とセックスさせることもある。後日、マネジャーが抗議し、「タレント降板」を申し入れる。いまさらポスターを変更するとカネがかかるので、社長はカネで解決しようとする。恐喝にならないようにカネを払わせる巧妙な手口だ。

 あくどいマネジャーは女の子が「ピルを飲んでいる」と言って相手に中出しさせるようもっていく。「妊娠してテレビに出られなくなった」とウソをついたほうが大金を得られるからだ。

「女の子は本物の無名タレントを使うこともありますが、提携している風俗店から貸してもらうことも多い。この方法を“貸し出し”と呼びます」(神村雪雄氏)

 タレントというブランドに目がくらむと、地獄行きだ。

 

 

 何か嫌だなあ、こういうのは。汚らしくて。犯罪の臭いプンプン。というか昔ながらの闇組織介在の泥臭い汚物の臭い。汚いな。人間の欲と、欲に浸け込む欲。醜いな。

 

 

 

コメント

総選挙結果発表!

2010年06月10日 | 芸能ログ

 

○「AKB48総選挙」で大波乱 大島優子が初戴冠で前田のV2阻止!

 

      人気アイドルグループ・AKB48の17thシングル(8月18日発売)を歌う選抜メンバー“上位21人”をファン投票によって決める、「第2回選抜総選挙」の本投票イベント『母さんに誓って、ガチです』が9日、東京・水道橋のJCBホールで開催され、昨年及び今年の初日速報と中間発表で1位をキープしていた前田敦子が敗れる大波乱。昨年、初日、中間と2位につけていた大島優子が597票差で大逆転、初の首位に躍り出た。前田は2位、篠田麻里子が3位に続いた。

 このまま順調に行けば自分が1位だった…。まさかの「2位」という結果を聞いた前田は呆然。「わたしは負けず嫌いなので正直悔しい」と感情をあらわにし、「今年はこの順位で頑張りますが、リベンジできるのであればもっと多くの方に選ばれるように頑張りたい」とセンター返り咲きを誓った。一方、初の首位となった大島は「嘘のよう」と号泣。「今年は順位が下がると思っていました。こんな嬉しいことはありません」と喜びをかみしめていた。

 

■AKB48第2回選抜総選挙 投票結果
1位 大島優子 31448票(初日2位→中間2位)
2位 前田敦子 30851票(初日1位→中間1位)
3位 篠田麻里子 23139票(初日5位→中間4位)
4位 板野友美 20513票(初日4位→中間3位)
5位 渡辺麻友 20088票(初日3位→中間5位)
6位 高橋みなみ 17787票(初日6位→中間6位)
7位 小嶋陽菜 16231票(初日10位→中間7位)
8位 柏木由紀 15466票(初日7位→中間8位)
9位 宮澤佐江 12560票(初日9位→中間9位)
10位 松井珠理奈 12168票(初日18位→中間15位)
11位 松井玲奈 12082票(初日8位→中間10位)
12位 河西智美 11080票(初日13位→中間13位)
13位 高城亜樹 11062票(初日11位→中間11位)
14位 峯岸みなみ 9692票(初日15位→中間15位)
15位 小野恵令奈 9468票(初日12位→中間12位)
16位 北原里英 8836票(初日14位→中間14位)
17位 秋元才加 8049票(初日21位→中間21位)
18位 佐藤亜美菜 6921票(初日16位→中間19位)
19位 指原莉乃 6704票(初日17位→中間18位)
20位 仲川遥香 6567票(初日19位→中間20位)
21位 宮崎美穂 6371票(初日20位→中間17位)

22位 多田愛佳 6145票
23位 倉持明日香 5355票
24位 大矢真那 4634票
25位 増田有華 4137票
26位 平嶋夏海 4106票
27位 石田晴香 3235票
28位 島崎遥香 3076票
29位 仁藤萌乃 2693票
30位 小森美果 2613票
31位 佐藤すみれ 2591票
32位 梅田彩佳 2499票
33位 藤江れいな 2460票
34位 米沢瑠美 2171票
35位 高柳明音 2030票
36位 山内鈴蘭 1945票
37位 片山陽加 1935票
38位 矢神久美 1909票
39位 松原夏海 1854票
40位 石黒貴己 1603票

 

  ‥ 発売初週に51.3万枚を売り上げ、オリコン初登場1位を獲得した16thシングル「ポニーテールとシュシュ」(5月26日発売)に封入されたシリアルナンバーカードなどによる投票が5月25日より開票前日まで行われ、開票イベントは全国29か所の映画館で生中継される盛り上がりをみせた。

 

 

 7月に行われるという参議院議員国政選挙よりも、こっちの方が数倍も関心があった、という方々も相当数居られたのではないでしょうか。いや、参議院選挙?関係無いね、とか、何じゃそれ?、とかいう思いで、こっちの総選挙には身も心も、ハラハラドキドキ、結果を知るのが怖い、でも結果が出るのが待ち遠しくて死にそう!という方々が大勢居られたんだろうな、とか想像しますが、ついについに結果発表の日がやって来たんですな。

 じゃじゃじゃじゃーん!キャア~ッ。って感じで発表、結果は何と前田敦子の連覇はならず。今回も出だしと中間で、前田敦子が圧倒的強さを見せていたようなんですけど、最終的にはひっくり返されて、前田さんは2位で終わりました。女王1位に輝いたのは大島優子。

 正直、僕がAKB48に関心持ったのはこの5月からですね。“選抜総選挙”なるものを知ってからです。それとやはり、今度出た新曲「ポニーテールとシュシュ」のオリコン1位の快挙報、からですね。“選挙権”を得るにはこのCDを購入しなければならない、という投票システム、から関心を持ちました。まあ、秋元康他の商売方法、と言ってもいいと思うんですけど。

 前田敦子さんは解ります。大島優子‥誰?という感じかな。大島優子さん、ごめんなさい。ヒルオビじゃなくてポンッ!の方だっけか、お天気お姉さんみたいな仕事やってる人、柏木由紀さんも解るなあ。篠田麻里子さんはスキャンダルが出た人でしょ。事務所かAKB上層部かのお偉いさん、会社支配層のトップみたいなトコに居る爺さんにオモチャにされてるとかいう、そういうふうなスキャンダルじゃなかったか?よく知りもしないのにいい加減なコト書いてると、篠田麻里子ファンにぶっ殺されるゾ。篠田麻里子さん、顔が解りません。

 僕、はっきり言って、これまでにAKB48の歌なんて聴いたコト、ないんですけど、3、4年前くらいだっけか、「スカートひらり」という歌には若干興味を持ちましたが、運転する自動車の中で、ラジオで流れて来たのを聴いていた程度です。05年くらいからAKB48の存在は知っていましたけど、興味や関心はなかったなあ。無論、特にお気に入りの少女が居た訳でもないし。

 でも、今回のオリコン初登場1位、週間でも見事に1位に輝いた今度の曲、「ポニーテールとシュシュ」はネットで何度も聴きました。YouTubeでPV動画を見ることが出来、「ああ~、良いなあ~」という思いを持ってうっとりと見てました。良いですねえ、南洋の島の砂浜でビキニ姿で踊る少女たち。南洋の島(?)って、ハワイ?グアム?リゾート地で遊ぶ少女たち各々。いやあ~、良かったですなあ、映像が。女子高生制服っぽいユニフォームも良いなあ。

 ワシは完璧なロリコンじゃあ。

 で、AKB48はみんな良いんですが、正直、ワシには誰が誰か解りません。その、今回女王1位に輝いた、大島優子さんも、以前からTVバラエティーでよく見てた大島麻衣さんのコトかな‥違うのかな(?)。とか、思ってました。大島麻衣さんの顔もよく覚えてないし。別人ですね。当たり前でしょうが。

 5人でお金を出し合って100万円揃えたので、それ全額、今回の総選挙に突っ込む、という雄姿のファンが居ることを知った、その投票対象のアイドルが確か、松井珠理奈さんだったように思うんだけど(?)、この人も誰か、顔が解りません。“雄姿”のファン、と書きましたが、そういうコアなというか熱烈ファンはけっこういっぱい居るみたいですね。平気でポン!と20万くらい出して同じCD十枚も二十枚も(100~200枚か)買う人。中には100万単位の金を出す、熱狂的ファンも存在するみたいですけど。

 AKB48だとこの間、元AKBだという美少女、のぞフィス、川崎希ちゃんを知りまして画像集めしましたが、途中で馬鹿馬鹿しくなってやめました。いや、川崎希ちゃんはメチャ色っぽくて可愛いですけど。現メンバーでは、ほとんど知らない人ばかりなんだけど、高橋みなみちゃんが好きです。ルックスが可愛い。良いなあ、高橋みなみちゃん、好きだなあ。TVでは2度くらいバラエティーで見たくらいだけで、あんまりよくは知らないけどね。総選挙、前回6位で今回も6位でしたね。

 前田敦子さんは顔はよく知ってます。露出が一番多いですからね。TVでもよく見る。「マジスカ学園」だっけ(?)。テレ東系深夜ドラマの主演だったでしょ。ちゃんとは一度も見てないけど。

 でも、秋元康って、儲けたい儲けたいだけのアコギな商人、というだけじゃなくて、AKBの統括プロデューサー、秋元康当人もロリコンですよね。オニャンコクラブのときからの根っからのロリコンですね。

 この投票結果を受けた選抜メンバーに寄る、AKB17枚目シングルCDのリリースは8月18日なんだそうな。今回の総選挙結果発表イベントの名称が、「母さんに誓ってガチです」というらしいが、AKBメンバー少女たちの母さんや父さんよりも歳が上の、イイトシしたオヤジのファンがいっぱい居るんだそうな。まあ、ワシもこういう記事を書き込んでいたら、ヒトのコトは言えんのじゃがのう‥。

  

 

コメント

ポール・マッカートニー

2010年06月08日 | ミュージックログ

 

○「曲を作りすぎて歌詞を思い出せない」ポール・マッカートニーが激白

 

      6月2日(現地時間)、米のホワイトハウスで、オバマ大統領から直々にガーシュウィン賞を受け取ったポール・マッカートニー。ホワイトハウスという特別なステージでライブパフォーマンスも披露した。ポールはスピーチで、40年以上の音楽活動を通じて、あまりにもたくさんの曲を作りすぎていて、古い曲の歌詞を思い出せないと激白した。

 オバマ大統領からポール氏に贈られたのは、ガーシュウィン賞。同賞は、ポピュラー音楽に影響を与えたミュージシャンや作曲家に贈られるものだ。米国議会図書館が選定し、授与する。2007年より設けられた賞は、第1回ポール・サイモン、第2回スティービー・ワンダーに贈られた。そして今回、元ビートルズメンバーで、現在のポップシーンに多大な貢献をしたポールに贈られたのだ。

ポールは、「ツアーに出かけるために、たくさんの曲を頭に入れて演奏に臨むのだが、全てを記憶に保持しておくのは難しい」と語り、40年以上の音楽活動の苦労について打ち明けている。

また、ポールは音楽活動をしている場面以外でも、リクエストに応じなければならないことが多々あるそうだ。例えばパーティに出席し、会場にピアノがあると、ビートルズの往年の名曲『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』や『レディ・マドンナ』『ブラックバード』などをリクエストされる。その他、自身の楽曲についてもリクエストされ、応えるのに必死のようだ。もはやスムーズに思い出すことは非常に難しいとのこと。

ポール・マッカートニーは今年67歳。還暦を過ぎ、70歳の呼び声も聞こえて来るほどの高齢だ。それでも果敢にアルバムを制作し、ツアーも行っている。やはり、彼が歌詞を思い出せないのは、高齢のためだけでなく、彼が言うようにたくさんの曲を作りすぎたでいなのかも知れない。

ポール・マッカートニー・・・ザ・ビートルズの中心メンバー。ギネス・ワールド・レコードに『ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家』として認定されている。

 

 

 やっぱり僕の中でのナンバー1は、ポール・マッカートニーだよなあ。確かにこの半生、小学・中学生時代の歌謡曲、フォークソング、ニューミュージック、Jポップ、大好きになった曲はいっぱいあるけど、カラオケの十八番は日本の歌だけど、僕に、「一番て何?」とか「誰?」とか訊かれれば、文句なく、1番はポール・マッカートニーなんだなあ。

 中二頃から欧米のポピュラーやロック・フォークに目覚め始めて、中三でビートルズに熱狂する。その前にモンキーズに憧れたが、音楽的に初めて熱中したのはビートルズだ。

 中三で映画「Let It Be」を見た。完璧にノックアウトされた。もうビートルズの虜、状態。程なくビートルズの解散を知る。

 中三というか、15歳は僕の人生の初めての大転換期だった。僕は子供の頃は地方の町で、周囲に比べると比較的裕福に育った方だ。商店街の中で、自分で言うのも何だが、まあ、坊ちゃん坊ちゃん育った。5歳までは山と田んぼの中のド田舎に住んでいたが、周囲に比べてかなり裕福だったと言える。

 15歳の時に、僕はいきなり大貧乏になった。というか、僕の家庭だけど、見るも無残に貧乏に陥った。僕の住む家庭は、それまでの暮らしが嘘のように、食べるのがやっとの生活になってしまった。悲惨だった。

 僕が15歳の時、ジョン・レノンが「マザー」を、ジョージ・ハリスンが「マイ・スウィート・ロード」を、そしてポール・マッカートニーが「アナザー・ディ」をと、ビートルズの面々がソロ曲のシングルレコードを出した。まだ裕福な家庭の残滓があったのか、15歳の僕は、ジョージの「マイ・スウィート・ロード」とポールの「アナザー・ディ」を、商店街のレコード屋さんから買って来て、AB面4曲、貪るように毎日聴いていた。

 しかし、その内、母親が食べて行く生活費がないと、僕の聴いていたステレオセットを当時の質屋に入れてしまった。僕は小学生の頃から買って来ていたレコード盤をいっぱい持っていたが、その時点で、レコードの音楽は聴けなくなった。まだ15歳だ。当然だが、そこからしばらくは新しいレコード盤も買っていない。

 ああーっ、話がものすごく辛気くさくなった。

 だからね、僕は周囲がみんなまだ貧しかった時代は、比較的裕福に暮らしていて、高度経済成長下で、総体的に国民が豊かになって行っている時の、周囲の家庭の所得が増えて、まあま、みんな豊かになった時に、がくんっ!と落ちぶれてしまって大貧乏になった。要するに、僕の家の生活度は、世間と逆の現象になったんだよね。いやあ~、それからは貧乏そのもの。そうか、これが貧乏か!というものだった。まあ、僕自身、落ちぶれたのはかなりショックで悲しかったよ。

 話が、ポール・マッカートニーとは関係無い。ポール・マッカートニーは大富豪です。僕は少年時代、若い頃、ムチャクチャ、ポール・マッカートニーに憧れましたが、ギターやベースをばんばん弾いて、シンガーソングライターになってバンドやってロックスターになりたかったが、僕は小学校からずうーっと、音楽は“2”ばかりの成績で、ハーモニカもリコーダーも全く吹けないし、音符は全然読めない。音楽の先生がオルガン弾いて、「今の音は何か?」と訊くヤツで当たったタメシがない。

 で、まあ、その、その先、僕も金銭的に余裕が出来るようになって、堰を切るようにバンバンと、ビートルズ、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニーのソロとウイングスのアルバムを買って行って揃えて、毎日訊いてました。やっぱ、ポールでしたねえ。ポールは最高だった。

 ポール・マッカートニーが70年代に出した全アルバムの中の曲には、もう“珠玉!”と賞賛する名曲があり余って溢れるくらいです。今でも僕の中では、70年代ポールの名曲の数々を越える楽曲は一つとしてありませんね。

 それだけだけど、つい、貧乏くさい、辛気くさい話をしてしまった。ポールは大富豪なのに。

 でも考えて見ると、ポール・マッカートニーって、そんなに、貧乏した不遇時代ってないよなあ。子供の頃から。強いていえば、クオリーメン時代か。62年に爆発的デビューをする前の何年間か。まだ青年時代だし貧乏って程でもないよなあ。80年代に入ってちょっとだけパッとしなくなるが、90年代になってまたまた大ヒットして盛り返すしなあ。あ、ウイングスの時代も最初の方で、パッとしないか。でも「バンドオンザラン」は世界的大ヒットだもんなあ。ウイングスはパッとしないのは最初だけで、後はもう破竹の黄金時代だったし。もう、ずうーっと第一線のロックの神様、生きる伝説。音楽史上最大最高のメロディーメイカー。人類史上、偉大なロックミュージシャン。後は言うことなし。  

 

 

コメント (2)

NINJA

2010年06月07日 | 時事社会ログ

 

○忍者の武器クナイ所持で書類送検 銃刀法違反容疑

 

      主に忍者が使ったとされる武器で「クナイ(苦無)」と呼ばれる刃渡り5・5センチ以上の両刃の刃物を所持したとして、警視庁生活環境課は7日、銃刀法違反の疑いで、メーカーの兵庫県三木市の刃物製造販売会社と、同社社長の男(40)を書類送検した。

 生活環境課によると、クナイは忍者が使ったくさび形の刃物。マンガなどに登場しマニアの間で人気があるという。

 2008年6月の東京・秋葉原の無差別殺傷事件を受けた銃刀法改正により、刃渡り5・5センチ以上の両刃の刃物は所持が禁止されているが、クナイの摘発は珍しいという。

 生活環境課は、同社が08年3月ごろからクナイを製造し、インターネットを通じて1本約1万1千円~1万4千円で販売したとみている。09年1月以降、109本を卸などで販売し、約51万円を売り上げていたという。

 送検容疑は5月17日、同社事務所でクナイ8本(刃渡り9・8センチ)を所持した疑い。家宅捜索で58本を押収した。

 

 

 これ、少年時代とか、空手を習い始めて武道オタクだった30代前半とかだったら、欲しいだろうなあ。30歳になった頃、特殊警棒は通販で買ったし、琉球サイは車を飛ばして一時間、武道具専門店まで行って買った。深夜の公園グランドに忘れて翌朝行ったら無かったから、二度買った。あの頃、出来れば手裏剣も欲しかった。空手と合気道を習いに行って、深夜は琉球サイと六尺棒を振っていた。あの当時は出来れば飛び道具も何か練習したかったので、手裏剣は欲しかったなあ。若い頃剣道はやっていたので、特殊警棒は時々振って練習していた。

 毎日のように腕立て、腹筋、ナワトビを行い、古タイヤ叩きのパンチと蹴りをやる。もう万全だった。しかし、根が臆病で小心者なので、怖そうな場所には行かなかった。君子は危うきには近寄らないのだ。

 公園で真夏の暑い夜、独りでイロイロ3時間近くも練習しているので、夜、涼みに公園に散歩に来ていた老夫婦が、「何か大きな大会で優勝を目指しているに違いない」と思って見ていたらしいのだが、何度か目に老夫婦が話し掛けて来たとき、「いいえ、ただ、好きでやってるだけです」と応えたら驚いていた。呆れた様子でもあった。

 暇を見つけては都市部や大きな街の大型書店へ行って、古武術や中国拳法の本を捜す。TVは初期K-1の大ファン、ビデオは空手と格闘技のを借りて来る。愛読漫画は、藤原芳秀の「拳児」。

 もろ武道・格闘技オタク。30代後半に入って来てじわじわだんだん熱が醒めて行った。40歳近い頃は健康の為の運動だった。40歳過ぎたら突然、下半身が動かなくなった。首と腰の脊髄をやった。もう出来なくなって、やめる。

 三十幾つかの頃、巷で、ボウガンで犬猫や人を無差別で狙い撃ち、重症を負わせる事件が相継いだ。この頃読んだ、真樹日佐夫の空手小説「新宿魔拳街」の中で、主人公、南風原譲が暴力団の拳銃に対抗する飛び道具として五百円硬貨を使っていた、のを知って、真面目にボウガンに対抗する飛び道具を練習しなけりゃな、とか考えていた。でもさすがに手裏剣は練習しなかった。

 30歳から37、38歳頃までの僕の乗用車の中には、琉球サイと特殊警棒、短棒、刃渡り30センチ近いダイバーナイフが、いつでも積まれていた。警察に停められればいつでも連行される状態だった。研いで油を塗ったダイバーナイフは必要ないのだが、どうしてかダッシュボードの一番下に積んでいた。

 あの当時の僕の友人には、ワゴン車にもっと多くの種類の武器を積んで回っている者も居た。あと、ヌンチャクだのトンファだの何だの、とか。もう一人は、僕よりも幾つも年上で、手製の鎌ヌンチャクか何かと六尺棒を積んでいた。

 あの当時の僕の仲間たちは、喫茶店に集まって1杯のコーヒーで、それこそ4、5時間も話し込んでいた。みんな、琉球空手の歴史的達人、中国拳法や日本の昔の剣豪、力道山に至るまで、各自、いっぱい本を読んで研究していて、コアな知識をイロイロと貯えていた。宮本武蔵の人の斬り方、などの話をえんえんとしていた。それぞれ、中国拳法、昔の剣豪の剣法、古流柔術などなど、得意分野があって、自分の勉強して来た知識を披露し合っていた。そこに居る全員が、完璧なオタクだった。

 「こうですか?」喫茶店で、仲間内の一人が立ち上がって、身体を回転しながら足を上げると、隣のテーブルが音を立てて倒れる。血相を変えて3人くらいのウエイターやウエイトレスがやって来る。怖がられてもいるようだった。コーヒー1杯づつで、店には、きっと迷惑な客だったろう。

 僕が29歳か30歳で入門した空手道場には、50歳近い大先輩の高段者が時折来ていて、怖かったが話すと気さくにいろいろと教えてくれた。ワザを教える、というよりも話好きで、面白い武道関連の話が聞けた。ある時、この高段者の大先輩が、他県まで何時間も掛けて月に1回、手裏剣を習いに行っていると話してくれた。教えを請うているのは、歴史ある忍術総本家の第十何代目かの跡取りらしく、この忍者先生に手裏剣だけを習いに行っているらしいのだった。この当時もう年配の年齢のこの人は、空手だけでも二流派で六段と四段、琉球棒術でも有段者で、多分、柔道等も心得ているようで、恐ろしいほどメチャクチャ強いのに、あと、忍者道場にも通っていた。

 僕も忍者道場には憧れたが、手裏剣も会得したかったが、何せ他県で車で何時間も掛かる。それに空手道場に通い、合気道や中国拳法は行ったり行かなかったりしてる。無論毎日、仕事があるし、僕は本当のところは根性無しだ。

 忍術は諦めた。

 手裏剣を教える古武道の道場はいっぱいあるし、居合いの道場はもろ、真剣を使いますよね。届出していれば大丈夫なんでしょうか。銃器と同じ扱いなのかな?

 僕が車にイロイロ積んで走っていた頃、研いだダイバーナイフは凶器になって取り締まり対象なんでしょうが、琉球サイは先が丸いまんまだから大丈夫なのかな(?)。サイは本来突き刺す武器だから、本当は先を研いで鋭利にするんだけど、当然、武道具店で売ってるものは先が丸い。あの頃の僕の友人の一人が鉄工場で作った、鎖分銅と繋げた鎌ヌンチャクは、絶対に、凶器としての取り締まり対象だったろうなあ。思い返せば、あの当時の仲間連中はみんな、危ないヤツラだったなあ。そういえば確か、若いので一人、手裏剣作ってたヤツも居たぞ。アブナイアブナイ。

 現在のワタシはほとんど興味ありません。武道、格闘技、武器、得物などの危険なものものに。でも今の犯罪って、強盗が多いし、強盗に入ってそのまんま家の人たちを殺してしまっている凶悪犯人も多いじゃないですか。出来れば、たんすの底に、多分一生使わないけど、もし万が一の時のためにも、拳銃が欲しいかな。こんなコト書いてて、警察が家宅捜索とかに来たらどうしよう!?

 でも言われてみればそうだが、忍者アイテムの“手裏剣”を持ってちゃいけないんだなあ。忍者マニアがクナイを持つことは犯罪なんだな。

 でも30歳からの7、8年は、何をやってたんだろうと思う年月ですが、思い返せば、馬鹿みたいだけど懐かしい日々ですね。大会出場とか賞が欲しいとかそういうリアルなことは全く考えずに、イイトシして、映画の中のブルース・リーに憧れるような、格闘漫画のスーパーヒーローに憧れるようなそんな幼稚なレベルの妄想で、毎日ふうふう言って汗をかいて身体を鍛え続けていた。アホじゃな。

 

 

コメント (2)

イージーライダー

2010年06月01日 | シネマログ

 

○「イージー・ライダー」デニス・ホッパーさんが74歳で死去

 

      映画「イージー・ライダー」の監督・主演として知られる米俳優デニス・ホッパーさんが5月29日、前立腺ガンの合併症により、米ロサンゼルスの自宅で死去した。74歳だった。

ホッパーさんは、1936年5月17日、米カンザス州ドッジシティ生まれ。1950年代にジェームズ・ディーン主演作「理由なき反抗」「ジャイアンツ」に出演。ディーンは親友だったと言われる。69年には、監督・脚本・主演を兼ねた「イージー・ライダー」が大ヒットを記録。同作はアメリカン・ニューシネマの代表作、カウンターカルチャーの象徴的作品として映画史にその名を刻んだ。

ハリウッドの反逆児の異名を持ち、アルコールやドラッグにおぼれた時期もあったが、その後も「アメリカの友人」「地獄の黙示録」等の作品で存在感を示し、86年のデビッド・リンチ監督作「ブルーベルベット」の怪演で復活を遂げた。

また俳優・監督業以外にも、画家や写真家などさまざまな顔を持ち、現代美術コレクターとしても知られていた。私生活では、5度の結婚を通して4人の子どもをもうけたが、最晩年は、5番目の夫人との泥沼の離婚劇にメディアの注目が集まった。

「イージー・ライダー」で共演したピーター・フォンダは、訃報を受けて「僕にポップアートと“失われた”映画の世界を教えてくれたのはデニスだった。僕たちはアメリカのハイウェイをともにバイクで走り、そしてハリウッドの映画作りのやり方を変えた。彼の情熱と友情に恵まれたことに感謝したい」とのコメントを発表した。

 

 

 映画「イージーライダー」というと有名な楽曲は、「ワイルドで行こう-Born To Be Wild-」だけど、無論、この曲も終生耳に残り続けるような曲だけど、僕は「イージーライダー」というと挿入歌の「Wasn't Born To Follow」が大好きだった。「イージーライダー」のサントラ盤を買って来て、毎日何度も「Wasn't Born To Follow」を聞いていた。「ワイルドで行こう」は忘れられない曲だが、それ程好きな曲という訳でもない。映画挿入歌で、映画ではラストシーンに流れる、何だかもの悲しさを誘う「イージーライダーのバラード」もよく憶えているが、このサントラ盤では僕は「Wasn't Born To Follow」ばかりを聴いていた。

 「イージーライダーのバラード」はロジャー・マッギンだったのか。今頃気付いた。ボブ・ディランの30周年記念コンサートアルバムでよく憶えているロックミュージシャンだ。映画「イージーライダー」のラストには結局、虚しさが漂う。自由を求めて流浪して、最後にあったのは悲劇で、結末にあった答えは“虚しさ”だった。映画の捉え方は各人個々に違うものだろうが、僕が初めて映画を見たときは、そう言っているように聞こえた。その虚しさに、スローバラードのやるせない曲、「イージーライダーのバラード」が流れ、漂う。サントラ盤ではこの曲もあんまり聞いてない、と思う。

 どでかい大型バイクをフリーウエイでぶっ飛ばす、自由を象徴するヒッピー風の白人の大男の衝撃的なカッコ良さ。このイメージには正しく、ビートの効いたロック、「ワイルドで行こう」が似合った。そして自由を求める若者の希望を象徴する、メチャ明るい曲が「Wasn't Born To Follow」だ。

 僕は昔、本当にこのバーズの「Wasn't Born To Follow」が好きだったなあ。

 映画「イージーライダー」は当時の世界中の若者に衝撃を与え、日本でも大ヒットした。当時の日本の若者にもメチャ受けた。アメリカの自由。本当はアメリカの自由、というものとは違うんだろうが、そのカッコ良さから、単純にアメリカの自由、と捉えた。カウンターカルチャー。古い大人が作ったガチガチの規制とそれを守ろうとする大人たちの良識。そういう既存の古い価値をぶち破ろうとする、新しい若者の新しい力。当時の若者たちは憧れた。アメリカンニューシネマ。新しい若者の文化の到来を賞賛した。しかし映画のラストシーンと同じく、結局、最後には虚しさが横たわった。それはみんな、少し歳を取ってけっこう大人になってから解ったんだろうか。

 この映画を見て、大型バイクをぶっ飛ばして、田舎の広い道路を突っ走ることに憧れた若者は多かったろう。多分、その当時の日本人の若者もこの映画に影響されて大型バイクを手に入れたのではないか。

 僕は要するに今でいう“草食男子”みたいな若者だったから、バイクとかスポーツカーには憧れなかった。ただ、アパートの狭い部屋の中でレコードの曲を何度も何度も聴いて、自由の雰囲気を一人味わってた。時代が違うから、今の“草食男子”なるものとはちょっと違うけど。しょっちゅう、大酒をバカ飲みして回ってたし。ただ、生まれつき僕は、おしゃれとか高級車とかに興味がなかっただけだ。

 正直言って、僕はデニス・ホッパーさんにはそれ程、思い入れはない。映画「イージーライダー」以外でもよく映画で脇役で見掛けたし、一時は麻薬に溺れたことも知っていた。でも、「イージーライダー」というと僕にはピーター・フォンダだったし。けれどアメリカ映画界の大俳優の一人だとは知っていた。

 映画「イージーライダー」の日本公開は僕がまだ中学生になった頃で、僕が初めて見たのは名画座の銀幕で、75年か76年頃だろうか。名画座とはいえ映画館の大画面で見る大型バイクの爆走シーンは圧倒的迫力があり、ラストの悲劇的結末も含めてカッコ良かった。何か、感動した。それから何度かTVの名画劇場でも見た。

 「イージーライダー」は懐かしい映画だ。僕の記憶に残り続ける映画の一つだ。 

 

 

※(6/2)92年のアルバム、ボブ・ディラン30周年記念コンサートライブの冒頭、「ロジャー・マッギン!」と呼ばれて、ザ・バーズの最大ヒット曲、「ミスター・タンブリンマン」が始まるが、何と、このワシとしたことが、60年代ロックファンに馬鹿にされる、ロジャー・マッギンはザ・バーズの主力メンバーではないか。「Wasn’t Born To Follow」は確かキャロル・キングの曲だが、「イージーライダー」サウンドトラックの「イージーライダーのバラード」はロジャー・マッギン個人のアーティスト名義になっている。映画「イージーライダー」公開の時点でザ・バーズは既に解散していたのかな?僕は知りませんが。フォーク調の原曲「ミスター・タンブリンマン」よりも、ザ・バーズの「ミスター・タンブリンマン」の方がポピュラーロック風で良いですね。

コメント