【厳密には書籍化された16作品になる】
本来なら、作品発表順でコメントしたいのだけど、同氏の作品のいくつかはシリーズ化されているものもあるので、「シリーズもの→単発もの(発表順)」として講評したい。
なお、作品名の後に続く数字が評価点(おすすめ度)になっていることを申し添えたい。
(評価点とは言いながら、個人的な趣味と感想なのであしからずです)
【佐方貞人シリーズ】
検事が主人公の痛快解決もの。
最初の作品「最後の証人」以外は、過去の検事時代を綴った短編集となっているテイだ。
なお、「最後の証人」という作品だけは、個人的にリアルとかけ離れた法定討議が展開された表現がなされていたため、チョット萎えたので評価点は低くしてある。
しかし、全作ともきわどい表現も少なくて非常に読みやすいから、柚月裕子作品を知る上ではおススメのシリーズ。
今後も短編集として作品がupされる期待があるので、それだったらそれも待ち遠しいところ。
「最後の証人」70
「検事の本懐」80
「検事の死命」80
「検事の信義」80
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【孤狼の血シリーズ】
このシリーズはもしかしたら一番初めに読まないほうがいいかもしれない。
なぜなら、柚月裕子作品を知るうえでのベースとなる作品と一線を画しているからだ。
だけど、このシリーズは名作中の名作。
三作目のラストは、どう理解していいか何度も読み返したほどだし。
なお、一,二作目の主観対象は、広島県警に配属された若手以上中堅以下で本庁所属だった男。
一作目が過去ログでも紹介した通り、強烈かつ読者を裏切る展開で度肝を抜くこと必至。
(映画化もされているくらいの転調と展開が読み手を一切飽きさせない。)
あの「仁義なき戦い」のオマージュ作品ではないかと揶揄されることもあるようだが、背景のリアルなところの描写が全く異なるものだと個人的に考えている。
また、三作目に関してだけは、これまでの主人公となっていた刑事が脇役としてだが、しっかり登場するので一作目から順読みで大筋を把握しておかないと面白みが欠けるので注意。
同様に、二作目の「凶犬の眼」が1作目を踏まえて読み進めると主人公の行動を含め、裏社会との関係性が面白く引き出されていて、シリーズ中、最も面白かったと思う。
「孤狼の血」99
「凶犬の眼」100
「暴虎の牙」75
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【その他書籍化されたもの】
「臨床真理」60
臨床心理士の若手女史が主人公かつ縦軸で主観となっている作品。
途中、主人公にまつわる行動を含め、読んでいながら胃液が上がってくるほどのリアルな描写と緊迫感がもの凄い。
とにかく途中でも読みながら思わず本を閉じたくなるくらい臨場感が伝わるところがすごいので読むほうもマジで注意だ。
個人的にR50くらいの制限があっていいほどリアルな表現になっていると思っている。
ただし肝心のストーリーは、とても背景がしっかり組み立ててありながら、冒頭で話の系統がバレてしまう。
しかも、中盤で犯人がミステリー好きならすぐ分かってしまうという粗削りなところが残念な作品になっている。
そのため評価点は下げたが、こんな緊迫感とこんな世界にこんな展開かと常にドキドキしてしまう構成は、ある意味”名作”なのかも。
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「蟻の菜園〜アントガーデン〜」79
主観はフリーの女性ライターだが、ストーリーの縦軸および主人公は生活弱者の姉妹となっている。
その姉妹の幼年期から現在に至るまでが綴られている長編推理小説となっている。
警察とともに主観者らが事件を追う展開と姉妹側の視点の2画面でストーリーが進む。
柚月裕子氏が最も得意とするジャンルや系統でこの作品を作り上げている、名作の一つだと思う。
「パレートの誤算」90
自分が一番最初に柚月裕子氏の作品に触れた作品。
後に分かったことだが柚月作品全般そうであって、タイトル名が作品のラストになってその意味が分かるという手法になっている。
ゆえに、この作品に触れてこの作家さんは「こんなタイトル名を付けるんだぁ」と感心。
自分なら、もっとわかりやすくしてしまう?とも思ったもの。
さて、肝心の本筋について。
役所で働く若き女性職員が主人公のもので、生活保護受給者にまつわるストーリー。
展開が終盤一気に進むので、そのゾーンに入ったら本を閉じることなく読み切ることになるだろう。
だからと言って、序盤の前振りが後々しっかり効いてくる展開なので前半を整理しておく必要がある王道のミステリー小説だ。
「朽ちないサクラ」76
警察事務に携わる女性職員が主人公。
彼女の身の回りで巻き起こる不可解な出来事をきっかけに、独自に捜査を進めていくという作品。
ある程度進むと途中で犯人像をつかみながら読み進めることになるので・・・。
終盤に進むにつれて、ちょっとずつアレアレ?って感じになって「そんな結末??」ってね。
「ウツボカズラの甘い息」95
話の中盤までの主観は精神病を患っている30代中盤の女性。
その後、警察側へ主観が移るストーリーであり、種明かしの最終ラストだけ真犯人がこれまでを振り返る構成だ。
この作品は、ミステリー好きでも予想できない展開だったんではないかと思う。
とても丁寧に背景が整理されているので長編ではあるが読みやすい。
だからと言って前半、特に冒頭からのしばらくが本当にキモとなっている。
中盤から終盤の前半までは、ここのフリがラストに効くんだよね、これも名作だ。
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「あしたの君へ」82.5
家裁調査官の若手男性職員が主人公。
若手が抱く悩みや葛藤を織り交ぜながら進む短編連作集。
痛快とまでいかないながら、それぞれの短編作品においてスパッと解決されているところは読みやすい。
なおドギツイ演出はないので老若男女読める作品となっている。
展開は、推理小説というよりはライトな小説となっており、柚月作品の入口として良いかもしれない。
「慈雨」97.5
退官間もなくの元敏腕刑事が主人公の物語。
主人公がお遍路旅をしながら今昔に起こった事件と接することになるもの。
ミステリー小説とは一線を画している独特な時間が流れるこの作品。
とにかく、遅々として進んでいないのにお遍路旅が独特の味となり、読み止めることを許さない作品だ。
個人的に、これぞTHE柚月作品と評価してもいい。
世の刑事が、こんな正義感溢れるデカたちばかりだったらな、ここで描かれている事件もそう根深くなかっただろうし。
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「合理的にあり得ない 上水流涼子の解明」80
短編連作集。
主人公は元やり手弁護士の年頃女性で現探偵。
様々巻き起こる依頼や事件について、優秀な部下1名とともに元弁護士という知識を持って私立探偵らしく解決していく作品だ。
全作品中で最も柚月作品らしからぬ変化球の痛快ものになっているから、個人的にはかなり拍子抜け。
タイトルの付け方も”らしくない”から、今までの作風を考えるとかなり意外な作品といえよう。
「盤上の向日葵」85
超高価な将棋の駒が織りなすミステリー小説。
縦軸は、「天才棋士の生い立ち」及び「犯人を追う刑事たちの行動」と2画面構成となっている。
ただし、その原則は事件を追う刑事たちが主観だが、その天才棋士が主観となる場面の半々で構成されている。
長編作品だが、冒頭の伏線を最後にしっかり回収する推理小説の王道の流れになっている。
なお棋譜がところどころ登場するものの、将棋が分からない人でも、そのあたりをすっ飛ばして読んでもストーリーが掴めるところが親切設計だ。
最後に真相がわかるのだけど、きっと誰しもが想像出来なかった結末が待っていることかと思う。
最初と最後が、細長いパズルのようにつながる展開が読み手をワクワクさせる名作だ。
【まとめ】
読破した際に“柚月ワールド”という意味がきっと分かると思う。
それだけ圧倒的な取材力とエピソードの描写力で登場人物たちを明確化する物語の作り方は、とても引き込まれやすい。
なお、「臨床心理」と「蟻の菜園〜アントガーデン〜」はとにかくきつい描写が描かれているので、脳に刷り込みやすい体質の方は気を付けた方がいい。
自分も「臨床心理」のある場面については、長い間、頭から離れなくてモヤモヤしていた記憶が今でも残るほど。
これは主人公に置き換わった立場で映像化されるため、猛烈な吐き気が襲ってくるためだ。
男の自分でさえそう思うのだから、たぶん女性にしてみればもっと厳しい感情が沸き起こるかもしれない。
でも柚月裕子作品を理解し読破するには、避けて通れない道なのかもしれないな。
なお、明らかに系統(毛色)が異なる「合理的にあり得ない 上水流涼子の解明」については、そうした作品を読んだ直後か最初の最初に読むのがいいかもしれない。