寺山修司3

2005-02-26 20:41:01 | 

 歌人としての彼の代表作は
      
       マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

ですが、これのバージョン違い(?)を発見しました。
 私の持っている彼のエッセイ集「悲しき口笛」(ハルキ文庫、巻末には2000年4月18日第一刷発行とある)に収録されている「消しゴムー自伝抄」の中の一篇、「センチメンタル・ジャニー」でこの歌が引用されているのですが、そこではこうなっています。
      
       マッチ擦るつかのま海に霧ふかし見捨つるほどの祖国はありや
 
 違い、わかりますか?「身捨つる」が「見捨つる」になってるでしょう。これだと、歌の意味が全然別なものになってしまう。若い頃、カード賭博のディーラーをやっていた寺山が、仲間の中国人と二人で横浜の海を見ている。そこで「見捨つる」が出てくるのですが、望郷の歌という風に読める。
 でも、日本図書センターの「作家の自伝40 寺山修司」に入っている「センチメンタル・ジャニー」では、オリジナル通りの「身捨つる」なんですよね。ハルキ文庫のは、単なるミスプリントなのでしょうか?だとしたら、ずいぶん大きなミスをしてしまったものです。

 「身捨つる」に対しては、「祖国を軽んずるな」という声もあるようですが、1935年生まれで、玉音放送を生で聞き、おそらく自分の手で教科書に墨を塗った寺山がこのように詠んだのは、ごく自然なことではないでしょうか。ちなみに私が一番好きな寺山修司の歌は、
      
       吸ひさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず

です。ほんと、ニクいことを言うなあ。   
コメント
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